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年金崩壊後を生き抜く「超」現役論  第1章の4

『年金崩壊後を生き抜く「超」現役論』(NHK出版新書)が12月10日に刊行されます。これは、その第1章の4の全文公開です。

4 老後資金の評価をアンケートで探る

人々は金融庁報告書を冷静に受け取っている
 では、人々は老後資金問題をどのように考え、政治家たちの議論をどのように評価しているでしょうか?
 これを探るために、noteにおける私のページでアンケートを行ないました(noteは、文章などを投稿して多くの人に閲覧可能にするウェブサービスです)。
 7日間で188件の回答が得られました。その結果を以下に紹介することとします。
 第1問では、金融庁の報告書に対する評価を問いました。これに対しては、81.5%の回答が、「老後資金に対する適切な注意」であるとしました。
 人々のこうした受け止め方は、本章の1で見た政治家たちの議論からは、大きくへだたっています。
「年金だけで老後を送れると政府が約束した」と受け取っている人は、少ないのです。他方で、政府がいうように「この報告書が乱暴で不適切」とも考えていません。これは、報告書に対する冷静な受け取り方だということができるでしょう。
 すでに述べたように、老後生活に必要とされる資金額は、個々のさまざまな条件によって大きく変わります。報告書もその旨を断っています。
 このアンケートでも、多くの人がそのように受け取っています。この設問に対する「その他の回答」では、「年金にすべてを期待するのは間違いだ」との考えを述べている人が多くなっています。
 このようなアンケート回答の結果を見ると、政治の場で行なわれている論争は、そもそも争点の設定を誤った空虚なものだったとしか評価のしようがありません。

老後資金は十分でないが、金融庁の報告は適切
 アンケートでは、第2問で、「あなた自身の老後資金は十分か?」と問いました。これに対しては、69.5%の回答が「不十分」としています。「十分」という回答は、19.7%しかありません。
 アンケートの回答で多くの人が「不十分」と答えているのは、本章の2で見た貯蓄に関する統計データを考えれば、当然の結果です。
 アンケート調査で注目されるのは、多くの人が、自分自身の積み立ては不足だと認識しているにもかかわらず、「だから年金で面倒を見て欲しい」と考えているわけではないことです。つまり、自助努力が必要であると認識しているのです。
 そのために、報告書の指摘は適切なものだと認めているのです。この点で、国民は、政治家が考えているよりずっと冷静で合理的な判断をしています。
「いつまで働き続けるか?」という第3問に対しては、69.7%の回答が「健康が許すかぎりいつまでも」としています。「定年まで」は、12.0%でしかありません。
 これは、多くの人々が、年金だけに頼って老後を送ろうとは考えていないこと、そして、働くことに生きがいを見出そうと考えていることの表れと解釈することができます。
 ただし、どのような形で働くか、それは実現できるか、といった点は、このアンケートでは聞いていません(この問題についてのアンケート調査の結果を、第6章の2で紹介します)。

その他の意見
 公的年金に頼ること、すなわち国に頼ることについて、つぎのような意見がありました。
「年金にすべてを頼るべきでない。国に頼るのは最低限であるべきだ」、「老後資金が足りないのは、自己責任の部分が大きく、年金にそれを任せるのは不公平だ」、「国が国民の生活を守る存在だとは思えない」、「自分の人生は自分で守るしかない」、「20代なので、年金は最初から当てになるものではない」
 このように、年金の役割を限定的に捉えている回答が多くありました。
 ただし、つぎのような指摘もありました。
「長く生きるのは良いことだが、健康な場合のみ」、「生活費よりも住居(メインテナンス)、医療、身体が動かなくなってからのことが心配」、「経済的には心配していないが、認知症で思考力や判断能力が低下することを怖れる」
 また、「社会保障を手厚くしておくことは、若い世代にとっても安心なこと。そのほうが日本社会が活気づく」との意見もありました。
 さらに、「できるだけ長く会社に勤め副業をするか、フリーランスとして得意な領域で稼ぐということを考えるべし。時代変化についていけない人が多くなると、ポピュリズムを加速させかねない」との指摘もありました。
 さらに、「今後議論すべきこと」として、つぎのような意見がありました。
「与野党ともに、公的年金制度のあり方、老後の生活保障のあり方を真正面から議論していない。強い危機感を持っている」、「つぎの議論を推進すべきだ。与野党協議による抜本的社会保障制度改革、賦課方式から積立方式への移行、家を重視した三世代間による相互扶助、相続・贈与税の減税、金融知識の義務教育化」、「多くの人の安心と長期計画に資するため、楽観から悲観まで、公正、正確で、分かりやすいデータを示して欲しい」、「孤立しないためのコミュニティ作りによる対応も必要」、「公の支援ではなく、自助と共助で老後の生活を支えていきたい」

人々の考えを踏まえ、本当に議論すべきこと
 以上で紹介したアンケート結果は、noteにおける私のページの読者の回答です。回答数も、大新聞が行なう世論調査に比べれば、10分の1程度でしかありません。ですから、「標本選択バイアス」(sample selection bias:標本がランダムに選択されていないことから生じる偏り)の可能性は、十分にあります。
 そのような制約があるとはいえ、人々の考えについて貴重な情報が得られたとは評価できるでしょう。
 アンケート調査の結果を踏まえれば、つぎのように言うことができるでしょう。
 老後生活をいかに支えるかは、現在の日本での最重要の課題の一つであり、政治の場で主要な論点の一つとすべきものです。
 ただし、その際に議論すべきは、「金融庁の報告が適切か否か?」ではありません。あるいは、「年金だけで100年間安心して生きられるか?」でもありません。つまり、現在政治の場で議論されていることではありません。議論すべきは、つぎの諸点です。

(1)老後生活を年金だけで支えることはできないことを認める。ただし、どの程度のことを自助努力でできるかは、さまざまな制度や経済政策に依存するので、それらについての議論が必要。
(2)老後生活のために十分な資金を蓄積できるようにするには、いまの経済政策では不十分で、経済政策を転換する必要がある。金融緩和政策は見直す必要がある。
(3)働く意欲と能力がある限り、いつまでも働くことができるような社会を実現するには、何が必要か? そのために取り除くべき障害は何か? 現在の社会保障制度は、高齢者の就労に不利になっているのではないか? それらをどのように改革すべきか? また、就労確保を定年延長に求めてよいのか? 組織に頼らずに働ける条件を整備する必要があるのではないか?
(4)本来の意味での「100年安心年金」、つまり、100年間継続できる年金制度は、本当に確立されているのか?

 こうした点について、これまで政治の場で十分に詳細な議論は行なわれていません。野党は政府の失点を狙い、政府は重要な論点をできるだけ隠そうとしているように見えます。
 もちろん、誰もが満足できるような答えが、簡単に得られるわけではありません。しかし、多くの人々が、以上で述べたような問題についての議論が深められることを望んでいます。そうした期待に正面から応えることのできる政治勢力が登場してほしいものです。


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