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年金崩壊後を生き抜く「超」現役論  第1章の5

『年金崩壊後を生き抜く「超」現役論』(NHK出版新書)が12月10日に刊行されます。これは、その第1章の5の全文公開です。

5 時限爆弾を抱えるのは、就職氷河期世代だけではない

就職氷河期世代は、不況の犠牲になった 老後生活資金問題について、「就職氷河期に学校を卒業した世代が特別に困難な状況にある」と指摘されることがあります。 この世代の人々は、「団塊ジュニア世代」と呼ばれることもあります。これは、1970年から1982年頃までの間に生まれた2300万人強の人々です。現在では、37歳から49歳です。大雑把に言えば、「現在、40歳前後の人々」のことです。 これらの人々が学校を卒業したのは、1990年代末の「就職氷河期」といわれた時代でした。1993年から2005年までの期間における有効求人倍率は、1を下回りました。新規求人倍率も、1990年代後半には1を下回りました。つまり、就職難だったのです。 当時の日本経済が不況に陥ったために、企業が採用を絞ったのです。このため、多くの人が正社員に雇われる機会を逸しました。そのため、屈折した人生を送ることを余儀なくされてきたと指摘されています。

日本が抱える時限爆弾?
 2019年になって日本で起きた異常な殺人事件に、ある種の共通性があることが、人々の関心を集めました。川崎で起きた無差別殺人事件で犯人とみられた人や、練馬の事件で父親に殺された人は、社会から疎外されていました。京都のアニメ制作会社で起きた放火事件も、同じような範疇のものです。
 彼らは中年になっています。しかし、学校を卒業して以来、継続的な職についていませんでした。結婚して子供を持ったのでもありません。その意味で「引きこもり」的な状態に陥っていました。そして、「自分がこうなったのは社会のためだ」という強い被害者意識に囚われていたと考えられます。
 これらの人々は、「団塊ジュニア世代」、または「就職氷河期世代」に属する人たちであり、彼らが抱える問題が、いくつかの殺人事件として最近の日本社会に顕在化しつつあると指摘されるのです。
 就職氷河期の世代の人々は、2040年頃に高齢化します。
 「この世代の人々には、社会保障制度で守られていない非正規雇用者が多く、しかも、所得水準が低いので資産も蓄積していないため、貧しい高齢者になる」と指摘されます。
 この世代は、日本社会の時限爆弾のようなものであり、「今年になって発生した殺人事件で人々がその存在に気づき始めた。そして、2040年頃に爆発する」というわけです。

就職氷河期世代の非正規比率が格別高いわけではない
 以下では、本当にこのような問題があるのかどうかを検討します。 
 この世代の人々は、本当に職がなく、所得も低いのでしょうか?
 もしそうであれば、それは統計の数字にも表れるはずです。そこで、統計をチェックしてみましょう。まず、総務省「労働力調査」による年齢階層別の労働力率を見ましょう。
 2018年の数字をみると、35~39歳階層で若干の落ち込みが見られますが、40~44歳は88.1%、45~49歳は87.7%です。このように、就職氷河期世代の労働力率は、他の世代(ただし、25~29歳を除く)のそれより、むしろ高くなっています。
 35~39歳階層の落ち込みは、この年齢階層の女性が、出産や子育てのために職を離れる場合が多いためです。そこで男性だけを見ると、35~39歳は96.2%、40~44歳は96.3%であり、他の年齢階層より1%ポイント以上高くなっています。つまり、就職氷河期世代の労働力率が他の世代のそれより有意に低いとは認められません。
 年齢別の就業率や完全失業率を見ても、この世代が他の世代より就業上で恵まれない状況にあるとは認められません。
 つぎに、非正規雇用の状況を見ましょう。2018年における非正規職員・従業員の比率を男女計で見ると、23~34歳以上は年齢が上がるほど高まります。
 ただし、ここには、女性の非正規率が出産・育児期に高まることの影響があります。そこで、男性だけをみると、非正規職員・従業員の比率は、45~54歳までは年齢が上がるほど低下します。そして55~64歳になって急に高くなります。ここで高くなるのは、それまで勤めていた会社を退職し、そこで再雇用されるか、他の企業に雇用されるかするからでしょう。このように、就職氷河期世代の非正規比率が他の世代より高いという傾向は見られません。
 非正規雇用が問題であることは、間違いありません。しかし、それは、就職氷河期世代だけの問題ではなく、すべての世代に共通した問題なのです。男女計の総数で見ると、2018年において全就業者の実に37.9%が非正規雇用なのです。実数で言えば2120万人です。

就職氷河期世代の所得や出生率が格別低いわけではない
 つぎに、世代別の所得を見ましょう。
 年齢別年間収入は年齢別に差があります。ただし、ここに見られる傾向は、日本の年功序列賃金体制がもたらす結果であり、就職氷河期世代の人たちの所得が他の世代のそれより格別に低いとは認められません。現時点においては、年功序列賃金の影響で、他の世代よりむしろ高くなっています。年齢別賃金でも、これと同じ傾向が見られます。
 就職氷河期世代についてもう一つ言われるのは、「正規の職を得られなかったために結婚できない人が多かった。その結果、この世代の子供の数が少なくなった。このため、高齢化したときに、彼らを支える若年層人口が少なくなる」ということです。
 これが正しいかどうかを確かめるために出生率の推移を見ますと、顕著な変化は、1980年代に生じた急激な低下です。1990年、95年、2005年の出生率は他の年より低くなっていますが、それほど大きな差ではありません。
 出生率の低下による人口構造の変化は、将来の日本社会に大きな問題をもたらします。しかし、それは、いま見た出生率の推移から分かるように、就職氷河期世代に限定された問題ではないのです。
 以上のように、この世代が他の世代と異なる特別の問題を抱えているという証拠は、統計には表れていません。就職氷河期世代で格別に非正規雇用が多いとか、所得が低いとか、あるいは出生率が格別に低下したというような現象は見られないのです。少なくとも、統計の数字に表れるほどの大きなものにはなっていません。

あらゆる世代が時限爆弾を抱える
 以上で述べたことは、2040年頃に、日本が大きな困難に直面することを否定するものではありません。
 ただし、その問題は、人口高齢化と日本経済の衰退という長期的傾向によって引き起こされるものです。
 若年層人口に対する高齢者の人口の比率が上昇し、その結果、労働供給や社会保障制度において深刻な問題が生じます。このように、人口構造の変化が引き起こす問題を、私は「2040年問題」と名づけました(第3章の1参照)。
 それは就職氷河期世代だけが直面する問題ではなく、将来の日本社会において、あらゆる年齢や世代が等しく直面する問題なのです。
 ですから、就職氷河期世代だけを対象として特別の政策を行なっても、それで2040年問題が解決するわけではありません。
 新卒者一括採用という日本の雇用慣行が問題であったことは疑いありません。そして、就職氷河期世代の人々が、この慣行の犠牲になったのも事実です。
 しかし、1990年代後半に採用が絞られたのは、日本経済が全体として落ち込んだためであって、企業だけの責任ではありません。これは日本経済全体の問題なのです。
 非正規が多く、賃金が上がらないので、老後への蓄えが十分でない。負担者が少なくなるので社会保障制度を維持できなくなる。日本社会は、このような時限爆弾を抱えています。ただし、こうした問題も、若年層人口が減少するために起こることです。また、日本経済が長期的に衰退してきたことの結果として起こるものです。


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