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『ブロックチェーン革命[新版]    分散自律型社会の出現』終章(その1)

ブロックチェーン革命[新版] 分散自律型社会の出現』が、日経ビジネス人文庫から刊行されました。

・8月5日(水)から全国の書店で発売されています。

これは、終章全文公開(その1)です。

終章(その1)
われわれは、どのような社会を実現できるか

 われわれは、ブロックチェーン技術の活用によってどのような世界を実現できるだろうか?
 まず、金融の世界が効率化し、コストが低下するだろう。ただし、期待できるのは、それだけではない。社会の基本的な仕組みが変わるだろう。企業の形態が変わり、働き方が変わり、労働の成果が評価される仕組みが変わる。
 われわれは、大組織が、大きいというだけの理由で支配力を行使する世界から抜け出せるだろう。それに代わって、人々が組織に頼らず、対等の立場で直接に情報を交換し、取引を行なう社会を実現できる。

1 ITはフラット化を実現できたか

なぜ組織や階層構造があるか
 ノーベル経済学賞の受賞者であるロナルド・コースは、なぜ企業組織が必要なのか?という問題を考えた。そして、直接取引せずに組織を作るのは、取引にコストがかかるからだとした。人間が協同するためには、コストがかかる。ところが、市場を通じるのではなく、取引を企業内で行なえば、こうしたコストを節減することができる。だから、企業という組織が必要になるというのだ。
 原理的に考えると、各個人が独立し、市場を通じて他の個人との間で直接に取引を行なうことも可能である。ただし、そうするには、さまざまな費用が発生する。取引の相手方を探し、条件を交渉し、財やサービスの品質を確認することが必要だ。さらに、契約の履行を相手に強制したり、紛争を調整したりすることも必要だ。これらのために、コストが発生する。こうしたコストを「取引コスト」という。
 ところで、取引を一つの企業の内部で(あるいは、系列企業などの固定的な取引相手との間で)行なえば、取引コストは節約できる。したがって、すべての取引が市場を通じて行なわれるわけでなく、ある種の取引は企業の内部で行なわれる。
 経済の発展に伴って、企業は組織を大規模化し、機能を中央に集中させた。これによって、情報交換や交渉に高いコストをかけることなく、効率性を向上させることができる。
 産業革命以降、製造業においては、設計、部品の製造、組立、販売にいたるさまざまな業務を一つの企業内に統合し、これによって生産プロセスを統一的にコントロールする動きが進んだ。これは、「垂直統合化」と呼ばれるものだ。垂直統合すれば、取引コストを引き下げられるだけでなく、原材料や部品を安定的に確保できるため、製品の品質を高く維持できるとされる。また、大規模化によって市場を独占または寡占することが可能になり、高い利益を上げられる。
 垂直統合を進めた最初の例として挙げられるのが、製鉄会社のカーネギー社だ。製鉄工場のみならず、鉄鉱石の鉱山、炭鉱、そして鉄鉱石や石炭を輸送する鉄道にいたるすべてを、一つの企業の中に取り込んだ。
 石油会社も垂直統合を進めた。油田の調査から始まり、掘削、採油、原油の輸送、精製などが、巨大企業の中で行なわれるようになった。さらに、ガソリンスタンドも石油会社の系列になった。
 電話会社AT&Tも、高度に垂直統合を進めた企業だ。基礎研究所であるベル研究所、製造部門であるウェスタン・エレクトリック、そして、長距離電話事業と地域電話事業のすべてが、一つの企業の中で行なわれた。その従業員数は、一時100万人にも及んだ。
 1920年代のアメリカでは、自動車会社の垂直統合が進んだ。部品の生産のみならず、タイヤや窓ガラスの生産も会社の中に取り込んだ。フォード社は、タイヤのゴムを生産するために、ゴム園を経営したことさえある。

ITでフラット化ができると期待した
 IT(情報技術)が登場したとき、多くの人が、それまでの巨大化の方向は逆転し、世界はフラット化するだろうと予想した。なぜなら、情報処理コストが低下するため、コースが指摘した取引コストは低下するはずだからだ。ITによって、大組織と零細組織や個人の差はなくなると期待された。
 まずPC(パソコン)が登場し、それまで大組織しか使うことができなかったコンピューターを、個人でも使うことが可能になった。計算力の点で、個人と大組織が同一の立場に立ったのだ。
 さらにインターネットが登場した。それまで、データ回線を使えるのは大企業だけだったし、国際電話は著しく高価なものだった。ところが、インターネットという安価な通信手段が利用できるようになった。
 ジャーナリストのトーマス・フリードマンは、『フラット化する世界』において、世界はITによってフラット化したと述べた。ITの発展がインドや中国にグローバルな競争力を与える。それまでアメリカで行なわれていた仕事がインドで行なわれるようになり、インドとアメリカの所得格差が縮小するとした。知識やアイデアが共有されることによって、イノベーションが起きると指摘した。
 コマンド・アンド・コントロールの時代は終わり、協調で仕事が進められる。組織の中で、下位の者が大きな仕事ができるとともに、上位のものが小さな仕事をできる。かくして、組織巨大化の方向は逆転するだろうとた。 
 ダニエル・ピンクは、『フリーエージェント社会の到来:「雇われない生き方」は何を変えるか』の中で、組織から独立して、インターネットを使って自宅で働き、自分の知恵だけを頼りにしてビジネスを築き上げる人々が増えるとした。
 多くのアメリカ人が、企業に雇用される形態を捨て、自宅に作ったベンチャービジネス、フリーランス、人材派遣会社からの派遣職員などの形態で仕事をするようになる。つまり、「巨大企業から小企業へ」というだけではなく、「組織から個人へ」の移行が始まるというのだ。
 ピンクは、これを「産業革命で人々が農場を離れて工場で働くようになって以来の根本的な変化」であるとし、アメリカ社会は、「産業革命以前の社会に、つまり肉屋やパン屋や燭台職人の時代に戻りつつある」と表現した。
 第5章の2で、「アダム・スミス的世界」について述べた。フリードマンもピンクも、アダム・スミス的世界が実現すると言ったのだ。







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