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『経験なき経済危機』:第5章の2

経験なき経済危機』が、ダイヤモンド社から刊行されます。

10月28日から全国の書店で発売されます。

これは、第5章の2全文公開です。

2 いまはマネーが必要

いま必要なのは「利益」ではなく「マネー」
 財源調達法の是非を評価するには、経済全体の観点から考える必要がある。
 そこでとくに重要なのは、いまマネーが必要とされているという事実だ。
 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業自粛が要請された。つまり、現在の経済の基本的状況は、経済活動のかなりを半強制的に止めたということだ。すると、売り上げが急減するので、支払いができない場合が発生する。支払いに必要なのは、「マネー」だ。
「マネー」とは、誰もが受け入れる支払手段のことだ。日本でいえば、日銀券と銀行預金がそれになる。正確にいうと、この他に政府貨幣(コイン)があるが、以下の議論では無視する。これらが手元にあれば、債務を支払うことができる。しかし、手元にマネーがなければ、利益がある優良企業であっても支払うことができない。債務不履行に陥り、倒産する危険がある。
 右の意味での「マネー」は、「マネーストック」とも呼ばれる。どの範囲の預金までを含めるかにより、M1、M2、M3などの概念がある。
 これと似た概念として、「マネタリーベース」がある。これは、日銀券と日銀当座預金とからなる。
「マネー」は、金融部門(日銀と民間銀行を合わせたもの)の負債であり、「マネタリーベース」は日本銀行の負債だ。
「マネタリーベース」のうち日銀券は支払い手段として用いることができるが、日銀当座預金は民間経済主体が支払いの手段として用いることはできない。マネタリーベースのうちこの部分は、マネーではない。
 日銀当座預金が引き出されて貸し出しに用いられたとき、マネーになる(なぜなら、貸し出しと同額の預金が発生するから)。この意味で、「マネタリーベース」とは「マネーのモト」なのである。
 ところで、「マネタリーベース」と「マネー」はしばしば混同される。
 図表5‐1では、政府が財政支出を増加させる場合を考えたので、マネーが増加する。しかし、日銀が民間銀行の保有する国債を買い上げるだけでは、日銀当座預金が増えるだけだ。この場合には「マネタリーベース」が増えるだけであって、「マネー」は増えない。
 本章の5で述べるように、異次元金融緩和で巨額の国債を買い入れたことによって、「マネタリーベース」である日銀当座預金は増えたが、「マネー」である預金は目立って増えなかった。この意味で、異次元金融緩和は「空回り」したのである。

緊急融資や社債の購入などでマネーを増やせる
   では、事業主体がマネーを増やすには、どうしたらよいか?
 第1の方法は、事業主体が銀行から借り入れを行なうことだ。コロナ下では、公的金融機関などから緊急融資が行なわれている。
 ただし、この方法は、手間と時間がかかる。なぜなら、銀行としては融資した額を回収できないと、不良債権になってしまうからだ。そこで、貸付先の財務状況などを調べて、確実に返済する能力があることを確かめる必要がある。また、不履行になる場合に備えて、担保を求める。
 マネーを供給する第2の方法は、企業が発行する社債やCP(コマーシャルペーパー)を金融機関が購入することだ。
 場合によっては、中央銀行が直接購入することもある。FRBは、2020年3月17日、コマーシャルペーパー・ファンディング・ファシリティー(CPFF)を再び導入すると発表した。ムニューシン財務長官は声明で、財務省の為替安定化基金(ESF)からCPFFに100億ドルの資金を提供するとした。これは、08年の金融危機時に導入したもので、計7380億ドルのCPを購入した。
 CPFFの下では、FRBが発行体から直接CPを購入する。これによって、CPの発行体に流動性が提供される。CP市場は企業にとって短期資金の調達源となっているが、流動性が枯渇していたのだ。
 4月9日には、FRBは、2兆3000億ドル(約250兆円)の一般企業への緊急資金供給策を決めた。このうち、一般企業向けは民間銀行を通じて6000億ドルを提供し、1年間は無利子とする。7500億ドルの資金枠を設けて、大企業などから社債の買い取りを行なう。これは、緊急融資に比べて、事業主体がより大量の金額をより迅速に調達することを可能にする。ただし、社債やCPを発行できるのは、大企業に限られる。
 第3の方法は、納税を猶予することだ。納税債権は国が民間主体に対して持っている債権だから、その執行を猶予するのは、貸し付けを行なうのと同じことだ。
 猶予されても、一定期間のあとには納税する必要がある。これは融資を返済しなければならないのと同じことだ。納税債権は極めて強い債権だから、審査なしに認めてもよい。また、条件を付す必要もない。
 このように、納税猶予は現在のような緊急時にはマネーを増やす方法として極めて強力なものだ。実際、米英では、大規模で無条件、無申告の納税猶予が認められている。
 マネーを供給する第4の方法は、中央銀行が市中から資産を買い上げることだ。しかし、それが直接に増やすのは、銀行の流動性だ。いま流動性が必要なのは、金融機関というよりは企業だ。
 マネーを増やすための第5の方法は、政府が給付金を配ることだ。日本では、緊急対策として、すべての世帯に対して1人当たり10万円を給付することを決めた。東京都は、一定範囲の事業に対して休業自粛を要請し、それに対して、50万~100万円の協力金を支給することを決めた。一方、政府は「持続化給付金」を作った。売り上げが急減した企業や個人事業者に対して、100万円または200万円までを給付する。

株価支援や需要喚起は危険
 経済活動を抑制している中で、どのような政策が必要なのかを判断するには、いま何が問題なのかを知る必要がある。
 現在、世界経済が直面しているのは、売り上げ急減により手元の流動性が枯渇し、資金繰りがつかなくなって倒産することだ。そして、それが連鎖倒産を引き起こすことだ。
 だから、緊急経済対策の目的は、経済をストップさせないことに置かれなければならない。そして、そのために流動性を供給することが必要だ。
 あるいは、マネーが不足しており、人々はマネーを求めているから、マネーを供給し続けることが必要なのだといってもよい。
 株価支援や需要喚起は、必要ないだけでなく、危険である面もある。例えば、日本銀行が株価を支えようとETF(上場投資信託)の購入拡大を続けると、損失が膨らみ、円の信認問題にまで発展する危険がある。そうなったら大問題だ。



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