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「超」英語独学法 全文公開:第4章の3

『「超」英語独学法』が、NHK出版から刊行されました。
3月10日から全国の書店で発売されています。
これは、第4章の3全文公開です。

3 「分解法」vs.「丸暗記法」

分解法と丸暗記法の違い

 以上で述べた方法は、学校の英語教育の方法とは、かなり違う。
 そこで、もう一度、これら二つの勉強法を比較対照してみたい。学校の授業を思い出してみよう。それは、つぎのようになされたはずだ。
 例えば、This is a book.という文章があるとしよう。
 まず、この文章を四つの単語に分解する。「This=これ」「is=である」「a =一つの」「book=本」と1対1に対応づける。そして、個々の単語の意味を覚える。
 つぎに、英語では、主語(S)、述語(V)、補語(C)の順に並ぶという「文法の規則」を習う。さらに、疑問形では、be動詞の場合にはVSCの順になることなどを習う。
 応用は、book をpenに変えればよい、などと習う。さらに、他の文型を習う。そして、分詞構文、復文節、仮定法など、もっと複雑な構文を習う。これが「分解法」だ。本書が提唱する丸暗記法は、これとは本質的に異なる。This is a book. をひとかたまりのメッセージとして、そのまま受け入れるのである。日本語に置き換えることは一切しない。その代わりに、人が本を指さしている姿を想像することにする。
 つまり、英語のメッセージに対応させるのは、行為のイメージ(あるいは、概念、主張、感情など)である。また、文章を孤立的に覚えるのではなく、長い文脈の中で位置づける。そのほうが覚えやすいし、思い出しやすい。

分解法の問題点① ―― 単語は1対1対応しない

 分解法は、あくまでも日本語から離れず、それと英語を対応させようとしている。しかし、英語と日本語は別の体系を持っている。このため、1対1対応が成立しない。
 とくに、単語のレベルにおいて、そうである。英単語が日本語の単語に1対1に対応するわけではない。
 例えば、makeには、「作る」という以外に、いろいろの意味がある。「引き起こす」という意味もあるし、「行なう」という意味もある。また、目的補語を伴って「……にする」という意味になるし、to のない不定詞を伴って「……させる」という意味にもなる。
 逆に、「作る」に対応する英語は、create, originate, form, produce, manufacture, fabricate, build, construct, composeなど、いろいろある。
 「make=作る」というのは、これら多様な対応関係の中のごく一部に過ぎない。だから、「make=作る」と覚えている限り、英語を使うことはできない。
 微妙に意味が違う用語から適切なものを選択するのも、難しい。決して機械的にはできない。論理的、分析的に判断できないこともある。多くの場合、多数の用例から帰納的に導くしかない(この点は、日本語でも同じだ)。

分解法の問題点② ―― 発音やリズムを把握できない

 日本人は、英語を聞くのが苦手だ。その原因は、英語のリズムを把握していないからである。
 そうなる原因は、分解法にある。分解法では、すべての単語を同じような比重で把握し、すべての単語を同じ強さで発音し、平板に読む。
 しかし、実際の英語は、そうではない。強調したい部分を強く発音する。そうでない部分は、弱く発音し、多くの場合にいくつかの単語をまとめて発音する。これが英語のリズムである。
 これが分からないと、いくらゆっくり話されても聞き取れない。例えば、There are some books on the table.という場合、強くはっきりと発音するのは、some, books, tableいずれかのうち、強調したいものだけである。
 There areは、せいぜい「ザラ」としか聞こえない。普通は、何を言っているか分からない。「ゼア・アー」と発音されたら、馬鹿にされたような気分になる。この点で、英語と日本語はかなり違う。

分解法の問題点③ ―― 退屈で面白くない

 分解法のもう一つの問題点は、面白くないことだ。無味乾燥で、少しも興味が湧かない。単語の暗記が退屈なことは、すでに述べた。文法もつまらないし、そのうえ覚えにくい。
 言葉を覚えるなら、内容に興味を引かれるもののほうがずっと楽しい。言葉の響きに生理的な快感を覚えるときもある。
 私は、高校生のとき、第2外国語としてドイツ語を勉強していた。それは、何とかしてヘッセを原文で読みたいと思ったからである。
 学び始めてからは、その音楽的な響きに魅せられた。副読本で読んだ短編小説『詩人』(Der Dichter)は、いまでもほぼ全文を暗唱できる。東大大学院の学生だったドイツ語の先生が、レコードでヘッセ本人の朗読を聞かせてくれた。sが清音となる南ドイツ特有の発音を、ゾクゾクする思いで聞いた。
 外国語の学習というのは、このように素晴らしいものだと思う。それをなぜ、分解法でつまらなくしてしまうのだろう。

ドイツ語の名詞の性別は、文章でしか覚えられない

 ドイツ語の名詞には、男性、女性、中性がある(ヨーロッパの言語の多くで、同様の区別がある)。
 この区別を覚えるのは大変だ。単語ごとに覚えようとしても、まず不可能だろう。しかし、文章を覚えていれば、自然に覚えられる。
 例えば、ゲーテの『ファウスト』の中で、ファウストがマルガレーテに最初に出会う有名な場面がある。ここで、ファウストはMein schönes Fräulein.と呼びかけている。
 この文章を覚えていれば、形容詞の語尾がesになっているので、Fräuleinは中性だということが分かる(「お嬢さん」は女性であるにもかかわらず)。この場合はleinという接尾語があり、「この接尾語がある名詞は、普通は中性になる」という規則を知っていれば分かるが、この規則には例外もある。
 多くの名詞は、理屈なしに覚えない限り、分からない。文章ごと覚えるしか方法はないだろう。
分解法が役立つ場合もある
 誤解のないように、注記しておこう。私は、分解法がまったく役に立たないと言っているのではない。
 あるいは、文法を勉強しなくてよいと言っているのでもない。文法は、ある程度英語を勉強したあとなら、系統的に理解し整理するために、非常に有効だ。
 単語の意味も、分解することでより詳細に分かるときがある。例えば、preposterous(馬鹿げた)という単語は、pre(前)+ post(後ろ)+ ous(形容詞を作るための接尾辞、「……が豊かにある」の意)と分解すれば、「前にあるものがうしろに来てしまう=馬鹿馬鹿しい」と分かる。
 英語には、ラテン語やギリシャ語から来ている接頭辞、接尾辞が多いので、難しい単語の多くは、分解すれば意味がよく分かる。
 さらに、発音が規則的に分かるときもある。とくに、「母音+子音+eと続く場合、母音はアルファベットの発音通りになる」というルールは、非常に規則的だから、覚えておくと便利だ。例えば、rate, gene, kite, note, tuneのように。
このように、分析的なアプローチでさまざまなことが分かる。
実際、外国語を学ぶプロセスは自国語を学ぶそれとは本質的に違うのだから、文法のルールは最大限に活用すべきだ。とりわけ、英語はかなり論理的だから、ある程度勉強したあとなら、構文を解析して読むのは、効率的だ。
それだけではない。英語に慣れてからルールを勉強すれば、「発見の喜び」もある。それまでバラバラに覚えていたことが統一的な法則で説明されると、快感を覚える。
私が主張したいのは、分解法「だけ」では駄目だということである。外国語を勉強することを、日本では、語「学」という。外国語を学ぶのは、学問であり、難しいものだという先入観がある。それを取り払うことが必要だ。
図表4― 1は、以上で述べた分解法と丸暗記法の比較をまとめたものである。

図表4-1

「丸暗記法」は試験にも役立つ

 丸暗記法はルール違反か?
 本書が対象としている読者は社会人の方々だが、「はじめに」でも述べたように、本書が提案している勉強法は、受験生にとっても有効だ。そこで、本章の最後に、丸暗記法と受験の関係について触れておこう。
 学校での英語は、教科書を全部丸暗記するだけでよい。それを他の学科の勉強の合間に、息抜きでやればよいのだ。
 丸暗記法で勉強していると、試験は簡単だ。例えば、文章中で前置詞だけが隠されていて、「ここに入るべき前置詞は何か?」といった問題がよくあるのだが、こうした問題は、完璧にできる。とにかく、全文を暗記しているのだから、強いものだ。ルール違反をしているような後ろめたさを覚えるときすらあった。
 ただし、丸暗記には、問題点が二つある。第1は、つぎに述べるように、時間がかかることである。だから「一夜漬け」は不可能だ。
 第2の問題は、教師が不要になることである。教科書を何度も音読するだけだから、一人でできる。この方法が広がると、英語学習塾の講師はおろか、学校の英語教師も失業してしまうだろう。
 英語の学習参考書も売れなくなる。だから、教師たちは、この方法の有効性を内心で認めたとしても、大々的には宣伝しないはずである。この方法が広まらない最大の理由は、ここにあるのかもしれない。

誰にでもできるが、時間がかかる
 丸暗記法は時間がかかる。付け焼刃ではできない。
 「明日が試験」という場合の一夜漬けには、多分使えないだろう。1ページを読むには、1分強必要だろう。教科書全体で150ページあれば、4時間くらいかかる。20回読むには80時間必要だ。仮に毎日1時間を(休みなく)この練習にあてるとしても、3ヶ月はかかる(逆に言うと、この勉強法を日常的に行なえば、1日15分くらいずつをあてれば十分ということになる)。
 大学受験の場合だと、この方法を高校3年生になってから始めたのでは、遅いかもしれない。もっと早くから始めていることが望ましい。
 なぜ時間がかかるかと言えば、必要最低限のものだけでなく、すでに知っていることも暗記の対象とするからだ。すでに述べたように、記憶を確実にするためには、覚える対象を長くしたほうがよいからである。
 それに、言葉の学習に時間がかかるのは、止むをえない。簡単な方法はない。ないものを探しても、無駄である。重要なことは、時間がかかってもよいから、確実に効果があがる方法を見いだすことなのだ(単語帳で覚えるのは、時間がかかって効果もあがらない方法である)。
 ここでも、生まれつきの能力が関係しないわけではない。物覚えのよい人なら、短時間のうちに勉強をすますことができるだろう。しかし、重要なのは、勉強時間を増やせば、この差を克服できることだ。「丸暗記法」は、誰にでもできる英語の勉強法である。

入学試験も丸暗記法でよい
 これまで述べてきたように、丸暗記法で勉強すると、教科書を対象とした期末試験では非常によい点がとれる。また、英語をコミュニケーションの手段として実際に使う際にも役立つ。これは、多くの人が納得するだろう。
 では、大学入試は大丈夫か? 教科書がそのまま出題されるわけではない。だから、「教科書を丸暗記するだけでは不十分ではないか」と不安を持つ受験生がいるかもしれない。 私は、これに対して、「大丈夫だ」と答えたい。まず、大学入試で必要な単語は5000語程度と言われている。教科書をすべて覚えていれば、これらをカバーできる。熟語や構文についても、教科書にないようなものは、まず出題されない。もちろん、教科書にない単語や熟語が出ることは、皆無とは言えない。しかし、それは例外である。
 第2章で述べた「8割原則」で言えば、8割の単語について、意味や用法をしっかりと習得することが重要だ。それによって、試験の成績は、8割どころか、99%は確保できると考えてよい。
 出題者は、教科書の範囲を逸脱した問題を出すと批判されるので、慎重になっている。代表的な国立大学はこのような批判にさらされやすいので、「範囲を逸脱した」という意味での難しすぎる問題は、絶対と言ってよいほど出さない。あまり一般的でない単語は、意味が注記してあることが多い。
 試験が難しいのは、文章が長くて読むのに時間がかかるためか、あるいは、構文が複雑で意味を取りにくいためだ。では、文法の知識は必要だろうか? 「分詞構文」や「不定詞」といった文法用語を知らないと解けない問題があるか?
 少なくとも主要大学については、そうしたものもない。内容が文法的に正しければ大丈夫である。だから、高校3年間の教科書をすべて丸暗記すればよい。サイドリーダー(副読本)を用いている場合には、これも暗記する。教科書より内容が豊かな場合が多い。できれば、興味がある本を自分で探して読もう。
 なお、受験勉強のためには、「知的水準の高い」文章を読むのがよい。これは、第2章で述べたように受験の英語はバイアスがかかっているからである。もし時間に余裕がなくて急ぐ場合には、短い文例集でもよいだろう。多少無味乾燥なのは、止むを得まい。
 なお、日本の私立大学では、英語の成績が非常によければ、それだけで入学できるところがある。だから、ここで述べた方法で勉強すれば、受験競争を勝ち抜くのは、それほど難しいことではない。


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