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『データエコノミー入門』 激変するマネー、銀行、企業 :全文公開 第5章の5

『データエコノミー入門 』激変するマネー、銀行、企業(PHP新書)が10月15日に刊行されました。
これは、第5章の5全文公開です。

5 BaaSの取り組みが進む

AIを用いた新しい金融サービスの提供
 以上のような新しい動きを既存金融機関の側から見た場合に、BaaS(Banking as a Service)という表現が用いられる。これは、既存の金融機関による新しい金融サービスの提供だ。
 BaaSはオープンバンキングの重要な構成要素になっている。チャレンジャーバンクのような新興銀行ではなく、BaaSは既存の大銀行が提供するサービスというイメージだ。
 銀行APIは、BaaSの基幹的技術だ。企業は、APIを利用して銀行のシステムに接続し、決済や送金、融資などの金融サービスを、自社のサービスに組み込んで提供する。
 これに積極的に取り組んでいるのが、アメリカ最強の投資銀行Goldman Sachsだ。2019年にAppleによるクレジットカードApple Cardが発行された。ところが、Apple自身はカードの発行や決済に関する許認可やライセンスを取得していない。これはGoldman SachsのMarcusというブランドのBaaSを用いて実現されている。カードとそれに伴う口座業務のすべてはGoldman Sachsが担当し、必要なデータはAPI経由でリアルタイムに連携する。
 つまり、Goldman Sachsという銀行がユーザーにサービスを直接提供するのではなく、ユーザーがいつも利用しているAppleサービスの中に、金融サービスを組み込んだのだ。このような形で、金融サービスを間接的に提供している。
 Goldman Sachsは投資銀行なので、一般消費者との接点を持っていない。それに対して、Appleはアメリカのスマートフォン利用者の大部分に通知を送ることができる。このチャネルを通じてGoldman Sachsは新たな顧客を得られる。他方でAppleは、銀行免許を取得することなく自社サービスに金融機能を組み込むことができる。Apple Cardは大成功を収め、アメリカのクレジットカード史上で最速の拡大を記録したと言われる。

Apple PayやUberなどの試み
 実は、大手IT企業と銀行の提携は、これ以外にも多数ある。
 Appleは、Apple Cardに先立つ2014年に、Green Dot Bankと提携してApple Payを開始した。Green Dot Bankは、カリフォルニア州パサデナ市に拠点をおく地方銀行。BaaSをアメリカで最も古くから採用している銀行の一つだ。
 Apple Payとは、簡単に言えば様々なクレジットカードを使える仕組みだ。日本では、Suicaも使える。利用者としては、クレジットカードやSuicaを持ち歩く必要がないので、便利だ。
 Facebookも、2019年11月に、クレジットカード情報が登録された単一のシステムを通じてユーザーがFacebookのすべてのアプリで決済できるようにするFacebook Payの開始を発表した(これはDiemとは別のプロジェクトだ)。
 Amazonは、2020年6月に、Goldman Sachsとの提携により、Amazonに出店するアメリカの販売事業者に融資枠(クレジット・ライン)を設定する新たなプログラムを開始した。
 ライドシェアサービスのUberは、ドライバーが報酬を受け取る電子マネー口座や、消費者向けの電子マネー(Uber Cash)、さらにクレジットカードなどの金融サービスも提供している。クレジットカードはイギリスBarclaysのアメリカ法人が担当、Uber Walletのデビットカードと電子マネーは、Green Dot Bankがサービス基盤を提供している。
 なお、IT企業ではないが、世界最大の小売業であるWalmartも金融に進出し、デビットカードを発行している。Walmartのオンラインストアや店舗での支払いで1~3%のキャッシュバックを提供する。過去1年間の平均口座残高に対して、一般の銀行より高い利息を提供している。さらに、通常の2日前に給与を振り込む「給与の前貸し」機能もある。
 BaaSのもう一つの例は、中小企業の経営支援アプリだ。2019年に設立されたボストンのスタートアップ企業であるMonitは、AIを使った中小企業向けのキャッシュフロー予測分析を、銀行に提供している。
 APIで得られたデータを用いて中小企業などに経営コンサルティングを行なうことは、日本でも地銀の新しいビジネスとして考えられるべきだろう。

日本でも始まるBaaS
 かつて、事業者が金融に参入するのは大変だった。セブン&アイ・ホールディングスは、金融サービスを提供するために、自らセブン銀行を設立せざるをえなかった。それには、時間と費用がかかった。これは、「垂直型」と呼ばれる方式だ。しかし、API技術やフィンテックの発展によって、事業者と金融機関がつながる「水平型」が可能になったのだ。事業者はAPIを通じてフィンテック企業が開発したシステムと接続し、自社開発するよりも迅速に低コストでサービスを導入できるようになった。
 日本でもこうしたサービスが提供され始めている。住信SBIネット銀行は、2020年11月「NEOBANK」をブランド名として採用し、ロゴやブランドサイトを刷新した。2021年4月には日本航空のグループ会社と組み、JALマイレージバンク会員専用のネット銀行口座「JAL NEOBANK」を提供。また、ヤマダ電機への銀行サービスの提供も開始している。
 新生銀行とアプラスは、2020年3月に「BANKIT」の提供を開始した。
「みんなの銀行」は、ふくおかフィナンシャルグループの子会社。国内初のデジタルバンクを目指す。2021年1月4日に銀行システムの稼働を開始し、5月下旬からサービスを開始。口座開設からATM入出金、振込など、すべてのサービスがスマートフォン上で完結できる。
 問題は、GAFAのように、きわめて広い顧客基盤を持っている企業が日本にあるかどうかだ。そして、具体的にどのようなサービスを提供するかだ。




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