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『円安が日本を滅ぼす』:全文公開   第3章の2

『円安が日本を滅ぼす』-米韓台に学ぶ日本再生の道 (中央公論新社)が 5月23日に刊行されます。
これは、第3章の2全文公開です。

2 日本は円安を進めたが、韓国、台湾は通貨安に頼らず

 市場為替レートの推移を見ると、1990年代中頃までの期間においては、円は1ドル=360円の為替レートから1ドル=100円程度にまで増価した。他方でウォンは、1ドル=63ウォンから1ドル=800ウォン程度にまで減価した。
 ところが、90年代後半以降は、それまでの傾向が逆転する。日本は、2000年頃以降、円安政策をとった。その結果、円の傾向的な増価は進行しなくなった。そして、09年から12年にかけて円高になったことを除くと、1ドルあたり100円から120円程度の範囲で推移した。
 これと対照的に、ウォンについてそれまでの傾向的な減価はなくなった。そして、2000年以降は1ドルあたり1100ウォン程度の値になった。
 図表3‐1は、2000年以降の日本円、韓国ウォン、台湾ドルの市場為替レートの推移を示す。

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 どの場合も、時系列的に見て傾向的な変化はなく、一定の範囲内で変動している。
 韓国ウォンは、03年には、1ドル=1190ウォン程度であった。その後、09年に1275ウォン程度となるウォン安があったが、一時的なものに終わり、その後はほぼ一定で、2020年には1145ウォン程度だ。

円の実質実効為替レートは2000年以降顕著に低下
 右に見たのは市場為替レートだが、経済活動に与える影響は、実質実効為替レートによって決まる。
 第1章の4で説明したように、これは、購買力平価に対する市場為替レートの比率だ。基準年を100とした指数で示される。この指数が100未満であることは、基準年に比べて為替レートが割安であること(購買力が低下していること)を意味する。
 図表3‐2には実質為替レートの推移を示す。

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 円は、1990年代中頃には150程度であった。しかし、2000年には100程度に下落した。それ以降も、円の実質実効為替レート指数は低下している。
 とくに、2013年からのアベノミクスでは、金融緩和で金利を低下させたため、顕著な円安が進行した。22年においてはさらに円安が進行したため、実質実効レートは70を下回ることとなった。つまり、購買力が3割も低下したのだ。
 円安政策がとられたのは、円高になると企業の利益が圧迫されるという声が産業界からあがったからだ。本章の1で述べたように、円安になれば、ドル建て価格が変わらなくても、円表示の売上高が増えるので、利益が増える。現地販売価格を若干切り下げても、円表示の売上は前より増える。つまり、日本企業は、安売りで輸出を増やし、利益を上げてきたわけだ。

韓国、台湾の実質実効為替レートは2000年以降上昇
 ウォンの実質実効為替レートはどうだったか?
 図表3‐2に見るように、1990年の120から2000年の100までは減価したが、その後は増価した。1990年代末のアジア通貨危機で一時的にウォン安になったが、すぐに回復している。そして、2006、2007年頃には、120を超えるまでに上昇し、通貨危機以前よりも高くなった。
 2009年のリーマンショックで一時100を割り込んだが、この時もすぐに回復している。その後増価を続け、2014年には120程度にまでウォン高が続いた。2019年まで120程度の値が続いた。つまり、2000年頃に比べて2割程度増価したわけだ。アベノミクスによって2割減価した日本とは対照的だ。
 なお、台湾ドルの実質実効為替レート(図表3‐2には示していない)は、90年代の後半には減価したが、2000年頃以降は増価し、120程度まで増価している。
 このように、2000年以降、円は減価し、ウォンと台湾ドルは増価している。

通貨安に対する民族記憶がある韓国と、ない日本
 韓国では、「漢江の奇跡」と言われたように、1970年代から輸出主導型の成長が続いていた。このため、外需への依存度が極めて高い。GDPに対する輸出の比率は、日本では10%程度だが、韓国では40%程度の値になっていた。
 これからすると、ウォン安政策がとられてもおかしくない。しかし、2000年以降の韓国はそれを行わなかったのだ。
 韓国が2000年以降、通貨安を求めず、通貨高を実現させたのは、1990年代の末のアジア通貨危機の影響と思われる。
 この時、韓国は、ウォンの暴落で国が破綻する瀬戸際まで追い詰められた。この経験が民族的な記憶となって、通貨政策に反映しているのであろう。
 これに対して日本では、そのような経験がない。しかし、それが以上で見たような円安の進行を許す結果となった。
 2022年になって、異常なまでの円安が進んでいるにもかかわらず、国民が危機意識を持たないのは、日本は韓国のような経験をしていないからだ。
 顕著な通貨安は、主要国の中では日本だけの特殊な現象だ。
 中国は、元安を求めるという印象がある。そして、アメリカに為替操作国とされたこともある。しかし、実質実効為替レートを見る限り、むしろ増価している。
 ユーロも、ユーロ危機のあった2010年頃においても、さほど減価していない。英米の実質実効為替レートはほとんど変化がない。
 このように、主要国の中で日本だけが通貨安政策をとっている。


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