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『円安と補助金で自壊する日本』:全文公開 第3章の3

『円安と補助金で自壊する日本』 (ビジネス社)が9月26日に刊行されました。
これは、第3章の3全文公開です。

3 国債市場が機能不全に陥った 

国債市場に異変が起きた

 日本銀行は、2022年6月17日の金融政策決定会合で大規模な金融緩和の堅持を決めた。その直前に、国債市場に異変が生じた。海外ファンドによる国債の先物売りが急増したのである。
 その結果、10年債利回りが、日銀が定める上限(0・25%)を一時上回って推移した。
 また、残存7~9年の国債の利回りが10年債利回りを上回るという「逆イールド」現象が一時的に生じたのである。
 これは、きわめてテクニカルな問題のように見えるかもしれない。しかし、実は日銀の金利抑制策が末期的状況に陥り、その結果、国債市場が深刻な問題を抱えるに至ったことを示す、実に重要なシグナルなのである。

海外勢の先物売りが広がった

 本章の2で述べたように、海外のヘッジファンドなどは、日銀の金融緩和政策が修正され、近い将来に金利が上昇する(国債価格が低下する)と見ている。
 そして、次のような方法によって、 国債価格が下落した際(すなわち、金利が上昇した場合)に利益を得ることを狙っている。本章の1(92ページ参照)で述べたように、これを「ショー ト・ポジション」という。
 この取引は、もともとは、保有国債の価値が金利の変動で大きく変動することを避けるための手段として用いられるものだ。特に国債の発行にあたって落札した金融機関が、金利上昇によって巨額の損失を被ることを回避するために用いられる。
 しかし、前記のように、これらの手法は、投機に用いることもできる。日銀がいずれ金利引き上げを容認するという思惑によって、このような取引が急増したのだ。

先物取引では、必ず裁定条件が成立する

 先物取引でもっとも重要な概念は、「裁定」だ。本章の1で、為替先物取引において、「金利平価式」が成立しなければならないことを述べた。これは、為替先物における裁定条件である。国債先物など他の先物取引についても、同じことがいえる。
 裁定取引ができないためには、先物価格は、現物価格に(1+金利)をかけた額にちょうど等しくなければならない。いいかえれば、現物価格は、先物価格を金利で割り引いた額に等しい。裁定取引が不可能な場合、「無裁定条件が満たされている」という。

日銀は、7年物を指値オペに加えて、金利を抑え込んだ

 国債先物取引では、清算時に売方から買方に現物を引き渡す際に、7年物の国債(残存期間が7年程度の10年債)を使う。
 10年債の先物売りが増えたので、その引き渡しに必要な7年物の先物価格が下落(利回りが上昇)した。そして、裁定メカニズムによって、7年物の現物価格が下落した。
 2022年6月14日には、7年物の国債利回りが0・3%台になった。これは、日銀が設定している長期金利の上限0・25%を上回る水準だ。
 こうして、イールドカーブは、7~9年物の金利が10年物の金利よりも高いという奇妙な形状になった。日銀は、こうした異常事態を放置するわけにいかず、7年物の国債を指値オペの対象に加えて、修正を図った。これによって、6月15日午後には、7年物の利回りが0・255%にまで低下した。

裁定が働かないので、取引が混乱

 ところが、長期金利を無理やり抑え込んだので、裁定が成立していない状態になってしまった。裁定条件が満たされていないということは、価格が均衡条件を満たしていないということだ。つまり、価格がマーケットの状況を正しく反映していないわけで、国債の売買に必要な情報が得られないことを意味する。また、価格が予期せぬ変動をして、損失を被ることもありうる。このため、国債の取引に大きな支障が出る。
 さらに、日銀が指値オペで吸い上げたために、空売りに必要な現物を確保できない場合が頻発した。このため、証券会社は価格のヘッジができず、需要が確実に見込める範囲でしか国債入札に応じられなくなった。
 日銀のイールドカーブ・コントロールが末期的な状況に立ち至ったために、日本の国債市場が深刻な状況に落ち込んだといわざるを得ない。
 6月17日の金融政策決定会合で、日銀は金利の引き上げを行わなかった。つまり、ヘッジファンドの目論見は外れた。期待していた巨額の利益は手に入らなかった。
 とはいっても、日銀とファンドの戦いは、22年の6月で終わったわけではない。むしろ今後ますます激しくなる可能性がある。


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