仮想通貨の基盤技術である「ブロックチェーン」が、幅広い産業で使われ始めた。データの改ざんが難しく、安価にシステムを構築・運用できるのがメリットだ。金融だけでなく食品流通や不動産、貿易など様々な分野で企業が相次ぎ採用している。

(日経ビジネス2017年7月31日号より転載)

電通国際情報サービスはブロックチェーンを使って農産物の生産履歴を管理する
電通国際情報サービスはブロックチェーンを使って農産物の生産履歴を管理する

 仮想通貨「ビットコイン」がバブルの様相を呈してきた。昨年までは1ビットコインあたり1000ドル未満で推移していたが、ブームの過熱とともに価格は上昇。今年6月には3000ドルの大台を突破した。足元では8月からのシステム更新を巡る分裂騒動を受けて価格が急落した。一部で取引の混乱が見込まれているが、それでも時価総額は4兆円を超える。

情報のブロックをチェーンでつなげる
●農産物の生産履歴管理への応用イメージ
<span class="pink2gyo"> 情報のブロックをチェーンでつなげる</br>●農産物の生産履歴管理への応用イメージ</span>
注:複数のコンピューターがインターネットを経由して、同じデータを分散共有する。それぞれが持つデータの正当性をお互いに監視し合う
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 ビットコインをはじめ、世界的な広がりをみせる仮想通貨を支えているのが「ブロックチェーン」と呼ばれる技術だ。複数のコンピューターにデータを分散して記録するため、「分散台帳」システムとも呼ばれている。

 企業が使う一般的な情報システムは、中央サーバーなどにデータを集約し、一括管理するのが主流だ。運用が容易で規模の利益が働くうえ、セキュリティーの観点からも優れているとされてきた。だがブロックチェーンは、全く違う思想で作られている。

 ブロックチェーンは、インターネットを通じて複数のコンピューターが同じデータを共有し、お互いのデータが正しいものかを常に監視し合う仕組みだ。ブロックチェーンの「ブロック」とは一定量のデータが集まった固まりのこと。データが増えていくと新しいブロックが作られ、それらが「チェーン」のようにつながっていく。

●ブロックチェーンのメリット
<span class="pink2gyo">●ブロックチェーンのメリット</span>

 ブロックチェーンの特徴は大きく2つある。一つは「データの改ざんが難しい」こと。もう一つは「システム構築や運用にかかるコストが低い」ことだ。順番に説明していこう。

 改ざんが難しいという利点を食品のトレーサビリティー(生産履歴の追跡)に活用しようと取り組むのが、システム構築を手掛ける電通国際情報サービスだ。同社は今年3月、東京・六本木で開催された“朝市”で有機野菜の販売実験を実施した。

 宮崎県綾町で栽培された小松菜やニンジンなど、野菜一つひとつにQRコードを付与。消費者がスマートフォンでQRコードを読み取ると、生産地や収穫の日時、農薬の使用有無などの情報を表示した。「産地だけでなく、生産の過程まで見えるから安心」と来場者の評価は上々で、市場価格の倍の値段でも野菜が飛ぶように売れたという。

各農家が生産情報を相互監視

 食品は安全性の面から、特に厳重な物流管理が求められる。野菜の生産者はなぜ、「情報が正しい」と胸を張って宣言できたのか。そしてなぜ、消費者はその“セールストーク”を信用したのか。ここに、ブロックチェーン技術の肝がある。

 今回の実験では、生産者が野菜の植え付けや畑の除草、収穫などを行った段階で、その時のデータを書き込んだ。生育状況だけでなく土壌の状態なども、写真付きで逐次アップする。生産農家の書き込みが一定の量になると、データのブロックができる。その後インターネットを経由し、各生産者が持っているコンピューターでデータが共有される。そして、書き込まれた情報が正しいのかを全員で常に監視する。

 ブロックチェーンの仕組みでは、コンピューター同士の多数決によってデータが正しいか否かが決まる。そのためデータを改ざんしようとした場合、ネットワークでつながっているコンピューターの過半数を同時に乗っ取り、データを書き換える必要がある。ある生産者が農薬使用量を後から偽装したいと思っても、現実的には不可能だ。

●従来の情報システム
<span class="pink2gyo">●従来の情報システム</span>

 一方、従来の情報システムではデータを集中管理するサーバーが乗っ取られると、データの信頼性は失われる。

 電通国際情報サービスの鈴木淳一氏によると、3月以降「他の野菜の産地や畜産農家からの問い合わせが増えた」という。きちんとこだわりを持って作物を育てている人にとって、ブロックチェーンは魅力的に映るようだ。

 食品流通だけではない。データの堅牢性が求められる分野と、ブロックチェーンは相性が良い。システム開発のインフォテリアは今年の株主総会で、ブロックチェーンを使った議決権行使システムを構築し、実験した。ミスや不正を防げるだけでなく、「株主総会の主催者でも投票結果を改ざんできない」(同社広報室)という。

 不動産への応用も期待されている。賃貸住宅を借りる際、物件を決めた後も金融機関による審査や重要事項の説明など、煩雑な確認作業が求められる。積水ハウスはこの問題を解決するため、ブロックチェーンを活用した賃貸住宅の情報管理システムの構築を始めた。プロジェクトを担当する上田和巳氏は「将来的には、物件の内見から鍵の受け取りまでが即日完了するような仕組みにしたい」と語る。

 ブロックチェーンの2つ目の特徴は「安さ」。巨大なサーバーでデータを管理する必要がないため、サーバー導入費や維持費が抑えられる。技術が進展すれば、システムに多額の投資をしている銀行やクレジットカード会社に、大きなメリットがあると考えられる。

ブロックチェーンの採用企業が相次ぐ
●ブロックチェーンを活用した主な取り組み
<span class="pink2gyo">ブロックチェーンの採用企業が相次ぐ</br>●ブロックチェーンを活用した主な取り組み</span>

送金や貿易などのコストを削減

国内では67兆円の市場が眠る
●分野別の潜在的市場の予想
<span class="pink2gyo">国内では67兆円の市場が眠る</br>●分野別の潜在的市場の予想</span>
注:経済産業省の資料を基に本誌作成

 全国銀行協会は、各銀行が共同でブロックチェーンを使える環境を整備する方針だ。決済システムなどへの応用で金融機関の運営コストは10分の1程度まで下がるとの見方もある。コストを圧縮できれば、送金などにかかる手数料などを減らせるだろう。

 データが改ざんされる恐れがなくなると、情報の正しさを「認証」する作業も不要になりコスト削減につながる。

 貿易業務でブロックチェーンを活用しようと取り組むのが、NTTデータだ。貿易では関係する機関が多く、取引に伴う情報の確認作業が雑多で複雑にならざるを得ない。しかも現時点では、紙の書類を基に確認作業をしているケースが多いという。ブロックチェーンであれば、正しさが保証されたデータが各関係機関のコンピューター上で常に更新されるため、大幅に確認の手間が減る。NTTデータの愛敬真生氏は「ブロックチェーンが応用できれば、確認作業にかかる人件費や書類送達費の削減が期待できる」と話す。

 「月額」で料金を支払うのが一般的な電気や水道も、ブロックチェーンで大きく変わる可能性を秘める。利用量に応じてその都度、リアルタイムで料金を支払う仕組みが構築できるからだ。

 ITベンチャーのNayuta(福岡市)は、利用時間に応じて電気料金を課金できる電源ソケットを開発した。カフェやマンションの共用スペースでの利用を想定している。銀行口座を使って決済すると、数円の電気代以上の手数料がかかりかねない。仮想通貨が普及すれば少額決済が容易になり、新たなビジネスチャンスにつながりそうだ。

 ブロックチェーン技術は発展途上で、仮想通貨などでは法制度の整備に課題を残す。一方で、情報管理や決済などでかつてないイノベーションを起こす潜在力を秘めているのも事実だ。経済産業省は今後、流通や契約取引などの分野でブロックチェーンが使われ、国内の潜在的な市場は67兆円に達すると予測する。幅広い産業で普及が加速しそうだ。

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