「ビットコイン」や「イーサリアム」など仮想通貨の基幹技術として知られるブロックチェーン。適用範囲は仮想通貨にとどまらず、金融商品や不動産、製品などの取引、所有者が異なる産業機器間の情報伝達など幅広い。企業構造や社会構造に大きな影響を及ぼすパワーを秘め、新しい産業を生む一方、ブロックチェーン導入によって消える企業が出てくるとの指摘がある。ブロックチェーンがビジネス環境に与える影響について詳しい、ボストン コンサルティング グループ(BCG)の佐々木靖氏に聞いた。

ブロックチェーンの特徴を教えてください。

<span class="fontBold">佐々木 靖(ささき・やすし)氏</span><br />ボストン コンサルティング グループ(BCG) シニア・パートナー&マネージング・ディレクター<br />慶應義塾大学経済学部卒業。INSEAD経営学修士(MBA)。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士(MSc)。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て、現在に至る。BCG金融グループのアジア・パシフィック地区リーダー、および保険グループの日本リーダー。共著書に『デジタル革命時代における保険会社経営』 (一般社団法人 金融財政事情研究会)、『BCGが読む 経営の論点2018』(日本経済新聞出版社)他。
佐々木 靖(ささき・やすし)氏
ボストン コンサルティング グループ(BCG) シニア・パートナー&マネージング・ディレクター
慶應義塾大学経済学部卒業。INSEAD経営学修士(MBA)。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士(MSc)。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て、現在に至る。BCG金融グループのアジア・パシフィック地区リーダー、および保険グループの日本リーダー。共著書に『デジタル革命時代における保険会社経営』 (一般社団法人 金融財政事情研究会)、『BCGが読む 経営の論点2018』(日本経済新聞出版社)他。

佐々木:特徴は大きく2つあります。1つは、インターネットのような仮想世界に「連続性」を与えることです。現実世界では、誰がどのような取引をしているのか、やり取りが明確に分かります。しかし、インターネットのような仮想世界では、現実世界のような「連続性」が存在しません。仮想世界では、手元にあるデータがコピーではなくオリジナルであるという保証はなく、ネットでつながった先が誰なのか(正しい取引相手なのか)、そもそも人間なのか犬なのかさえ保証されていないのです。ブロックチェーンは、仮想世界に現実世界と同様の「連続性」を与えます。

 「連続性」は、アイデンティティや所有権、取引、信用、契約が有効であることをお互いに確認するための重要な土台です。ブロックチェーンによって「連続性」を手に入れることで、仮想世界においても現実世界と同様に信頼性のある取引などが可能になります。ただし、ブロックチェーンによって仮想世界の中での連続性は担保されますが、「仮想世界のAさんは現実世界の佐々木靖である」というような仮想世界と現実世界の連続性については、別の方法で担保することが必要です。

 もう1つは、ブロックチェーンが「スタック(階層)構造」を有していることです。これが、ブロックチェーンの適用分野が広範囲にわたる要因になっています。スタック構造とは、相互に連携して運用される複数のモジュールが層状に重なっている構造のことです。最下層側から汎用的なインフラ機能の基盤となるハードウエア、インターネットのプロトコルが重なり、その上にブロックチェーンの技術が載ります(下図参照)。ここまでを共通とし、その上層部分にさまざまなサービスに対応するアプリケーション層が重なります。ブロックチェーンまでの技術は共通なものを利用しながら、サービスに応じたアプリケーション層を変えることで仮想通貨のような金融、証券取引、不動産取引などを実現できるのです。「ビットコイン」に代表される仮想通貨は、ブロックチェーンのアプリケーションの1つにすぎません。アプリケーション層だけでいろいろなベンチャー企業がトライ・アンド・エラーできるのも大きなメリットです。

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佐々木:「連続性」と「スタック構造」がもたらす変化の大きさと適用範囲の広さは、イノベーションを引き起こすパワーの源になります。このことから、ブロックチェーンは「ディスラプティブ(破壊的)」技術と言われます。BCG内ではブロックチェーンについて、「電気の発明以上に破壊的なインパクトを持っている」と捉える声すらあります。ブロックチェーンの技術的なポテンシャルを理解し、どう身に付けるかは、これからのビジネスパーソンにとって極めて重要なポイントといえます。

ブロックチェーンは、ビジネスでどのような効用がありますか。

佐々木:ブロックチェーンの技術的な特徴を踏まえると、大きく3つの効用が考えられます。

 第1に「仲介者が不要」です。さまざまなビジネスの場面で、仲介者を経ることは多々あります。仲介者がいることで、ビジネスが非効率になっている場面は珍しくありません。そうした場面でブロックチェーン技術を使うと仲介者を不要にでき、ビジネスの効率性が高まります。

 第2に「認識とトレーサビリティ」です。ブロックチェーンを使うと、インターネットのような仮想世界でやり取りする(やり取りした)相手が誰かを認識できます。そして、ブロックチェーンはやり取りの履歴情報を電子的に記録しながら、そのデータをブロックとして集約し、数珠つなぎにつなげていきますので、過去にどういう取引があったのかを遡って確認できます。いわゆる、トレーサビリティに優れています。

 第3に「自動化」です。これは、いろいろな取引を第三者を介さずに信用を担保しながらオートマチックに完了できるというものです。契約を自動化できる、いわゆるスマートコントラクトです。契約や取引に要する時間を大幅に短縮できます。

 以上の「仲介者が不要」「認識とトレーサビリティ」「自動化」の3つの効用によって、これまでビジネスを進める上で非効率だったところが大幅に縮小、あるいは解消するといった可能性があります。その結果、新しいビジネスが生まれたり、逆に消失するビジネスが出てきたりするでしょう。

ブロックチェーンは万能薬にあらず

ブロックチェーンをビジネスで活用するとき、どのようなことを念頭に置く必要がありますか。

佐々木:ブロックチェーンを利用するタイプは、「パブリック型」と「プライベート型」の大きく2つに分類されます。パブリック型は、取引に誰でも自由に参加できるタイプです。仮想通貨のビットコインはここに分類されます。それに対してプライベート型は、認められた者のみが参加するタイプです。

 ブロックチェーンのポテンシャルを最大限に引き出そうとすると、パブリック型が合います。ビットコインの利用者が広範囲にわたるように、スケーラビリティを追求するのであればパブリック型が適します。ただし、パブリック型では利用者の範囲がどこまで広がっていくのかを読みにくく、エコシステムは不安定になる側面があります。さらに、参加者が大量になると、やり取りのデータをブロックに集約する際に要する電力も膨大になり、それなりのリターンがないとエコシステムを維持していくのは簡単ではありません。証券取引や証券決済といったところでの活用が検討されている半面、パブリック型を仮想通貨以外にどこまで広げていけるか、いまだ議論の余地があります。

佐々木:ブロックチェーンはポテンシャルから考えると、パブリック型で使うのが理想的です。例えば、金融分野にブロックチェーンを活用すると、中央銀行が要らなくなるという考えもあります。しかしながら、ポテンシャルを理想通りに発揮できるのか、明確な答えがあるわけでもありません。こうしたことから、今はプライベート型でブロックチェーンを使おうという意識が強まっています。プライベート型であれば、信頼をおけ、かつプロフェッショナルな参加者だけ、例えば現状のビジネスに対して非効率性を感じている取引先などと構成できるので、参加者数が限られていてもブロックチェーンの効果を得られるのではないかという考えです。

プライベート型が、ブロックチェーンのビジネス応用の中心になりそうですか。

佐々木:プライベート型での検討や実証実験にシフトしている状況といえます。ただし、企業経営者として、本当にプライベート型だけでよいか、という判断を下すのは簡単ではありません。スケーラビリティを狙うのであれば、パブリック型も念頭に置くべきでしょう。企業によって、判断が違ってくると思います。

 おそらく、多くの企業はまず、自分の取引先や関連業界の企業といった近場のビジネス領域でプライベート型を試し、どこでブロックチェーンを適用できるのかを検討した上で経済的にプラスになるのであれば、次のステップとして参加者の輪を段階的に広げてパブリック型に移行することを考えていると思われます。ブロックチェーンをビジネスに適用することを考える企業にとって、パブリック型とプライベート型の切り分けは重要になってきています。

 ただ、注意すべきことがあります。ブロックチェーンには、仲介者が要らなくなるとか、トレーサビリティに優れるとか、スマートコントラクトが可能といったプラスの面がある一方で、ブロックチェーンを使わずに通常のクライアントサーバーシステムを利用する場合に比べて「本当にプラスなのか」を考えねばなりません。ビジネスの内容によっては、ブロックチェーンを用いる方がデータ処理に時間がかかったり、電力を多く消費することになったりするといったことが起こり得ます。マイナス面を凌駕するだけのプラス面があるのかを考える必要があります。何が何でもブロックチェーンを使えばいいというわけではないのです。

ブロックチェーンを導入すれば、何でもうまくいくとは限らないということですね。決して、万能薬ではないと。

佐々木:その通りです。どれぐらいのベネフィットがあるか、実証実験を通じて各社は確認しているでしょう。例えば、「仲介者が不要になる」効果の高さを、実証実験で明確に実感できるかもしれません。一方で、トランザクションに要する時間が遅いために実ビジネスに合わないとか、電力消費が大きいとか、マイナス面も見えてくると思います。ブロックチェーンのベネフィットがどれくらいか、使える場所はどこかといった見通しを立てて実証実験し、どこくらいの経済効果があるのかを見積もらねばなりません。ブロックチェーンの実証実験に取り組んだ企業の中には、ブロックチェーンの潜在力を実感するところもあれば、期待したほどの効果が得られないところもあるはずです。今、こうしたことに、実証実験に踏み出した企業は気づきだしているところです。

ベネフィットを模索しながら実証実験を進めているというところなのですね。ブロックチェーンのユースケースには、どのようなものが想定されますか。

佐々木:ユースケースを分類すると、まず挙がるのが通貨/送金・決済です。そして、いわゆるスマートコントラクトの取引があります。貿易取引など、実証実験を始めるという話を最近よく聞きますので、関係する企業の多くがスマートコントラクトについてメリットを感じているのでしょう。この他、不動産やデジタルコンテンツといった所有権の移転についてもベネフィットがあるとみています。ブロックチェーンによる分散台帳を使うと、結構効率的に移転などを管理できるはずです。

佐々木:想定されるユースケースはまだあります。製造業に関わるところでは、サプライチェーンマネジメントで効果が見込まれます。製造業では、原料から製品完成までの全工程の途中途中でコントラクトがあります。そこでの仲介を省きつつ、トレーサビリティを担保しながら管理できるので、現在の管理方法に比べて効率的にできる可能性は高いとみています。

 それから、昨今話題になるシェアリングエコノミーでもブロックチェーンは威力を発揮できるでしょう。例えば、ライドシェアで世界大手の米ウーバーは、ライドシェアビジネスで中央の管理者を担っていますが、ブロックチェーンを用いると中央管理者なしでもライドシェアビジネスを構築可能です。ただし、ウーバーは中央管理者の機能だけでなく地図の独自開発なども進めており、ブロックチェーンによってウーバーが不要になる、ということではありません。

 同じく、ビジネスの現場で耳目を集めているIoT(モノのインターネット)もブロックチェーン適用の有力なユースケースの1つです。IoTでは、データを取得・送受信する電子部品(デバイス)があらゆるところに埋め込まれ、デバイスが取得したデータをやり取りします。多様かつ大量のデバイスで取得したり、取り扱ったりするデータをブロックチェーンを使って取引できるようにしておけば、自律的にデータの利活用を進めることができるでしょう。

 そして、顧客などの本人認証に必要な情報、例えば生体認証情報や公共の証明書などを、改ざん困難な仕組みで管理できるのも、ブロックチェーンの有力なユースケースです。各種契約時の本人確認のための書類提出プロセスを、大幅に簡略化できます。

 こうしたユースケースは国内外で検討され、実証実験が進んでいます。実証実験を通じ、どのくらいのベネフィットがあるのかを各ケースで見定めている状況です。

ビジネス環境が一気に変わる可能性、抜かりない準備が欠かせず

紹介いただいたユースケースの中で、ボストン コンサルティング グループに相談が持ち込まれるケースで目立つものはありますか。

佐々木:サプライチェーンマネジメントについての相談を受ける場合が増えている印象です。自動車のサプライチェーンを例にとると、自動車メーカーには鋼板などの原材料だけでなく、協力企業から各種部品が納入され、自動車メーカーだけでなく協力企業でも在庫管理しています。現在、在庫管理や取引を紙ベースで進めているところは多々あります。ここにブロックチェーンを用い、管理を効率化しようというものです。

 ブロックチェーンを使うことで、管理に要するコストを大きく削減できる可能性はかなり高いと考えています。しかしながら、ブロックチェーンの採用に踏み切っていいかといえば、簡単にゴーサインを出せません。現状の在庫管理や取引の工程で、事業を成り立てている企業があるからです。こうした企業は現状のサプライチェーンで必要なピースであり、効率化のために締め出してもいいのかという、効率化追求とは異なるビジネス上の判断が生じます。

佐々木:しかし、競合他社が効率化追求を優先し、ブロックチェーンを活用してサプライチェーン管理を刷新すると、競合他社に圧倒的なコスト優位性を作られてしまいかねません。意思決定は極めて難しい状況に追い込まれます。

 こうした、既存の管理方法を刷新する際に浮上する課題は、自動車分野に限ったことではありません。既存のサプライチェーンマネジメントや管理手法を用いているさまざまな分野の企業でも同様の課題が生じるでしょう。

だからこそ、実証実験によって「どのくらいの影響があるのか」を見積もっておく必要があると。

佐々木:そういうことです。競合がブロックチェーンを使ってビジネス上の非効率なところにメスを入れようとしたときに、自社がそれに追随できないのでは競合に取り返しのつかない差をつけられてしまいます。そういう事態にならないように、ブロックチェーンが分かる技術者を自社内に確保し、ちゃんと実証実験し、変化への準備をしておく意義はあります。そうしておけば、世の中の動きに対し、すぐにでも追随できるでしょう。実際、各社は「いざというとき」に乗り遅れないように、という意識を持ちつつ実証実験を進めています。

企業にとっては、非常に悩ましいところですね。ブロックチェーンの効果はありそうだが、今の仕組みを変えるには痛みを伴う可能性があり、簡単には踏み出せない。でも誰かが踏み出すと、ビジネス環境が一気に変わる可能性すらある。

佐々木:おそらく、真剣にブロックチェーン活用の実証実験を進めている企業ほど、大きな変化への準備という側面が強いと思います。ブロックチェーンが、今すぐにビジネス環境を大きく変えるようになると、正直想定していないでしょう。しかしながら、現段階から準備しておかないと近い将来大きな問題に直面するとの危機意識が、実証実験の関係者から伝わってきます。

 実証実験の内容については、以前に比べてブロックチェーンの本質を突いたケースが出てくるようになりました。1年前は、「本当に大丈夫か?」と、首を傾げたくなるケースも散見されました。「はやっているから」という意識から、実証実験するようなケースも見受けられました。前述したパブリック型とプライベート型の設定の違いについて、おそらく半年前、1年前はあまり議論がなされていなかった印象です。何のためにブロックチェーンを使うのかが曖昧だったり、プライベート型の話とパブリック型の話が混同された議論が交わされたりといったことが結講見受けられました。

 それに対して現在は、ブロックチェーンに関する文献もそろってきており、理解は深まってきたと感じています。何を問題として捉えて、どこをブロックチェーンで効率化すればいいのかという、かなり地に足の着いた議論になりつつあります。

5年後や10年後、ブロックチェーンは社会にどのようなインパクトを与えていると推測していますか。

佐々木:なかなか予測するのは難しいのですが、5年以内に大きな変革を起こしているかというと、あまり想定はできないですね。ただし、10年、20年といった長期的なスパンで見ると、大きなインパクトを社会に与えていると考えています。

 10年超で起こり得る変化の1つに、私は証券決済システムがあると予測しています。証券の取引がすべてブロックチェーンを使うとなった瞬間に、取引所は不要になり、物事が大きく変わったという印象を世間の多くの人たちが実感することでしょう。「そういえば昔、証券取引所というものがあったな」と過去の記憶を思い返し、その変化の大きさを感じることでしょう。ブロックチェーンのインパクトは、過去を振り返ったときの変化の大きさから実感するようなものなのかもしれません。

この記事は、日経BizGateに掲載したものの転載です(本稿の初出:2018年5月2日)。

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