世界経済フォーラムが考える、日本から生まれる「第四次産業革命」のかたち

世界の要人が集まる「ダボス会議」におけるキーワードのひとつが、「第四次産業革命」である。テクノロジーがもたらす利益を最大化し、その負の側面を最小化するためのルールは誰がどうやって決めるべきか。そして日本が今後目指すべきガヴァナンスとは──。世界経済フォーラム第四次産業革命センター長のムラート・ソンメズに、『WIRED』日本版編集長の松島倫明が訊いた。
世界経済フォーラムが考える、日本から生まれる「第四次産業革命」のかたち
世界経済フォーラム第四次産業革命センターのムラート・ソンメズセンター長

松島倫明(以下、松島): わたしは編集者として、文明批評家であるジェレミー・リフキンの著作を何冊か手がけたのですが、彼は現在起こっている革命的な変化を「第三次産業革命」と呼び、2016年にクラウス・シュワブが提唱した「第四次」産業革命は言葉の違いでしかないと言っています。だからこそ改めて伺いたいのですが、第三次産業革命と第四次産業革命との違いはどこにあるのでしょうか?

ムラート・ソンメズ(以下、ソンメズ): これまで産業革命は、第一次が蒸気機関、第二次が電力化、第三次がコンピュータライゼイション(電算化)と続いてきています。

ご存じのとおり、大型汎用コンピューターの歴史は商業用コンピューターが登場した1959年に始まりました。80年代にはパーソナルコンピューターが現れ、90年代に入るとインターネットによってコンピューター同士がつながりました。

ここまではまだ第三次産業革命の話です。しかし、こうしたコンピューター能力の向上とコネクティヴィティが、次に来る「第四次産業革命」つまり人工知能(AI)や機械学習の基盤となりました。

ちなみにわたしが初めてAIのコースを受講したのは、1987年のことでした。

松島: 第二次AIブームのころですか。ずいぶん早いですね。

ソンメズ: 好奇心の塊なんです(笑)。当時はまだコンピューターの能力も低く、データセットもありませんでした。

しかし、いまではIoTがあります。やがてはあらゆるものからデータが集まるようになるでしょう。こうした出来事が、第三次産業革命から第四次産業革命への近道となりました。そしていま、データを提供するIoT、機械学習、CRISPRによるゲノム編集技術、新素材、3Dプリンティング、自律走行車、ドローンといったものの誕生が自発的に起き始めたのです。

松島: 第四次産業革命を特徴づける「コア技術」と言えるようなものはあるのでしょうか?

ソンメズ: あらゆる技術に組み込まれる機械学習は、第四次産業革命のオペレーティングシステム(OS)になると言えるでしょう。がん治療の研究を加速し、エネルギー消費量を減らし、渋滞緩和を助け、環境問題の改善にも役立ちます。そしてデータは、この機械学習にとって酸素のような役割を果たします。

新たな機会と新たな統制モデル

松島: 昨今、人々は機械学習やAI、ロボット、データ、アルゴリズムといったテクノロジーに不安を感じ始めています。中国では「デジタル・レーニン主義」、あるいは新しい種類の全体主義が始まっていると批判する人もいますよね。

果たしてわれわれはよりより未来に向かっているのか、あるいはディストピアに向かっているのか。人々は確信をもてないでいるように感じるんです。

いまさまざまな場面で、ビジネスのロジックとウェルビーイングのロジックが対立しています。テクノロジーを駆使することによって巨額の富を得るGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の方向性が、個人のウェルビーイングと相反することもあります。

あなたが所長を務める世界経済フォーラム第四次産業革命センター(C4IR)は、政府や大手テック企業と協業していくわけですが、今後第四次産業革命でこうした衝突が起こったとき、あなたはどちらの立場に立つのでしょうか?

ソンメズ: それこそがまさに、C4IRというグローバルな組織を立ち上げた理由なんです。というのも、われわれは人間中心のアプローチをとっているからです。

テクノロジーは、市民や社会に利益をもたらす大きな可能性を秘めています。われわれは、そのポテンシャルを予想したいと考えています。そうして予想した未来から今度は逆算して、プラス面を最大化し、マイナス面を最小化するために必要な政府のプロトコルは何かを考える。これが、センター設立の理由です。

たとえば、誰もが家に居ながらにしてプロダクトデザインを行える環境ができたとします。設計図はeコマースサイトで販売でき、世界中の人がその設計図をもとに3Dプリンターで製品を出力できます。小さな工場が世界中にあるような状況ですね。マス・アントレプレナーシップにとっては、素晴らしい機会です。

しかし、これを実現するためには、まずは偽造品の防止など、利益が必ず開発者の元に入る仕組みづくりが必要になります。さらに、二国間の貿易協定も必要です。物理的な国境は越えないままに、実体のある製品や知的財産を輸出入しているわけですから。加えて法的権利の整備も必要です。製品に何か問題があったとき、誰が責任をとるのか。保険範囲はどうなるのか。

素晴らしい機会が生まれますが、現在ある垂直型モデルでは、その新しい世界をきちんと統制できません。新たな水平モデルが必要になります。

だからこそ、われわれがまず人間中心で考え、そこからほかの人たちにそれをどう実現するかを考えてもらおうと思うんです。「未来を予想しそこから逆算する」というアプローチは、今後必要な教育、スキル、法制度、保険制度すべてに影響を与えるでしょう。

規制への3つの代替案

松島: いま法制度の話がありましたが、マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボ所長である伊藤穰一氏が『WIRED』日本版のインタヴューで、「レギュテック(Regulation Tech)」について話してくれたんです。彼は、レギュテックがイノヴェイションを加速させると言っていました。

とはいえ、テクノロジーはいとも簡単に国境を越えてしまいます。そこで出てくるのが「誰が規制を行うのか?」という疑問です。近い将来、規制の主要アクターは誰になるのでしょう?

ソンメズ: ここではガヴァナンスにフォーカスしましょう。ガヴァナンスは必ずしも政府を意味するわけではありません。

IoTをデータの収集源とみたとき、C4IRが注目している分野のひとつは「セーフティー・プロトコル」です。これには3つの要素があります。

ひとつめは、データを産出する「モノ」が、名前通りの「モノ」であると保証すること。たとえば、電球のような見た目をしながら、中身はフェイクデータでいっぱいなんてこともありえますよね。さらにアルゴリズムは不可視なので、外にわからないよう改変することも簡単にできてしまいます。

そこで、C4IRは産業間共通の「識別法(identifier)」の開発に取り組んでいます。識別法の基盤プラットフォームとして利用を考えているのはブロックチェーンです。安全で、グローバルに利用可能で、どの国の政府の管理下にもない、というのがその理由です。

ふたつめは、データから生まれたアルゴリズムが何か個人を害することをしようとしているときの対応です。たとえば、医療機器が装着者を殺そうとしているとき。変圧器が爆発して電気の流入を止めようとしているとき。あるいは、クルマが集団のなかに突っ込もうとしているときなど。

こうした状況は避けなくてはなりませんが、現在われわれはアルゴリズムをコントロールする術をもっていません。アルゴリズムがブラックボックス化しているからです。そこで、われわれは「倫理スイッチ(ethic switch)」という概念を考えました。

松島: 「倫理スイッチ」ですか。それがアルゴリズムに対してどう働くのでしょうか?

ソンメズ: つまり。遮断器のようなものですね。デヴァイスに搭載され、第一原則として機能します。デヴァイスの内外から指示が来ても、その倫理ルールがノーと言えばその指示は遂行されません。

ただし、ここで出てくるのが「ルールを誰が決めるか」という問題です。日本の倫理文化は、中国や西欧のそれとは違いますよね。

ここでブロックチェーンがまたも魅力的な機会を提供してくれます。ブロックチェーンに基づくスマートコントラクトを、倫理ルールに活用するのです。

アップグレード機能を使ってルールをダウンロードすれば、各デヴァイスは地元のルールに準拠します。各国がそれぞれのルールを決めてスマートコントラクトにしてしまえば、メーカーも国によって違う158のルールについてあれこれ考える必要がなくなりますよね。

加えて、もしグローバルコミュニティーがユニヴァーサルな倫理ルールをつくりあげた場合も、インフラストラクチャーをアップグレードするための基礎構造はすでに用意されていることになります。

松島: 各国の倫理ルールを決めたり、調整を行ったりするのは誰になるのでしょう?

ソンメズ: ここで出てくるのが保険会社です。保険会社たちは「信頼性」を非常に重視しますよね。なにか間違ったことが起きたとき、費用を支払うのは彼らだからです。

遮断器開発の歴史を考えてみてみましょう。19世紀末から20世紀初頭にかけて、米国の工場は動力を蒸気機関から電気へと移行し始めましたが、これは多くの工場火災のきっかけとなりました。これにうんざりした保険会社たちが遮断器開発のために設立したのが、アンダーライターズ・ラボラトリーズ(Underwriters Laboratories、UL)です。

電気器具には「UL」というシンボルがついていますよね。これによって保険会社たちは「遮断器がないなら保険加入は認めないよ」と言えるようになったわけです。これは新しいプロトコルであって、規制ではありません。

松島: なるほど、ユニヴァーサルなプロトコルがつくられるわけですね。

ソンメズ: 「セーフティー・プロトコル」の話に戻りましょう。3つめの要素は、政府による調達規則です。

AIや機械学習に関するC4IRのイニシアチヴのひとつは、政府との協業です。C4IRはすでにG7の政府とともに働き、彼らがAI製品やサーヴィスの調達規則を決める手助けをしています。こうした調達規則によって、AIプロダクトの軌跡に影響を与えることができるのです。

AIに規制をかけるのはまだ時期尚早でしょう。EU一般データ保護規則(GDPR)を考えてみても、予期せぬ結果が生まれています。ただし、われわれは異なる複数分野に取り組んでいるんです。

テクノロジーが十分に発展している分野に関しては、規制にフォーカスすることもできます。たとえば、ドローン分野において、センターはルワンダの政府とともに最初のドローン規制のフレームワークを考案しました。

とはいえ、この取り組みには包括的かつ体系的なアプローチが求められます。このため、誰かが一歩引いたところから全体を眺め、地図を描く必要があるのです。

われわれがグローバルネットワークを立ち上げた目的は、触媒となってインタラクションを促進し、インパクトを生み出すことにあります。すでに行われた取り組みを複製することではありません。

日本を第四次産業革命のロールモデルに

松島: 日本は中国や米国に比べて、イノヴェイションで遅れをとっています。また、日本には日本ならではのルールもあります。そんななか、米国外における海外提携センターとして、第四次産業革命日本センターを東京に設立した意義は何でしょうか?

ソンメズ: 日本は世界第3位の経済大国ですが、同時に急速な高齢化も進んでいます。日本はもはやこの問題を先延ばしにできる状態にはないでしょう。この高齢化というのは、各国民の生活に影響する個人的かつ切実な問題です。ゆえに、危機感が生まれているのです。

われわれがコンセプトを政府のリーダーたちに共有したとき、日本は「これはわれわれがすでに調査し始めている領域です。あなたがたとぜひ連携したい」と言った最初の国でした。そして、サンフランシスコのセンター内にフェローを置いたのです。

われわれは日本センターに大きな期待を抱いています。さきほど「データは機械学習にとって酸素のようなもの」と言いましたが、日本は最初のデータエコシステムを提供できる可能性をもっているのです。

松島: それはなぜでしょう?

ソンメズ: 例を挙げて説明しましょう。

たとえば、「わたしの遺伝子データをガン研究のために無料で提供します。ただし、製薬会社が新薬開発に利用する場合は有料です。許可をとり、利用料を支払ってください」というデータポリシーをつくったとします。これをスマートコントラクトにし、データに添付できたらどうでしょう。ガン研究を行いたい人は、すでに用意されたそのデータを無料で使うことができます。政府は企業がその他の目的でデータを使用する場合、トークンを使ってデータの提供主に支払いを行えばいい。たとえば、このトークンをマネタイズする交換所を日本で設立することもできますよね。

もっと具体的な例として、ある男性から聞いた話をしましょう。彼の娘さんはがんの専門医で、マサチューセッツでがん研究者として働いているそうです。彼女は、症状発症のかなり前に膵臓がんを発見する血液検査の手法を編み出しました。しかし、いざその有効性を証明しようとしたとき、病院からデータをもらうことができなかった。人の命を救う解決策があるというのに、既存のルールがその妨げになっているのです。そんなとき、日本が柔軟なデータポリシーの枠組みをつくったなら? 彼女が日本で起業できますよね。

また、日本にはすでに素晴らしいものづくりの技術があります。その日本なら、ただスマートなだけでなく、倫理スイッチを搭載した製品をつくる倫理的なものづくりの国になれるでしょう。こうしたことを行えば、日本は世界各国で起こっている問題にいち早く対処でき、他国のロールモデルになれます。

松島: 日本がそのような柔軟なデータ規則をつくれると考える理由はなんでしょう? たとえば、中国はプライヴァシーに対する意識が低いからこそ、データの活用や国による規制策定が簡単なのではないかと感じることがあります。

ソンメズ: タイミングと必要性です。 そういう意味で、日本がまだ何もしていなかったのはよかったのです。一度規制をつくると、その後の変更が難しくなるので。

そしていま、日本は対応の開始にとても意欲的になっています。われわれは日本政府と早くから話し合いを始めましたし、変化を起こすための社会的要因もあります。日本はとてもユニークな国なので、そのためのオペレーティングシステムをつくっていけると思っています。


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PHOTOGRAPHS BY JUNICHI HIGASHIYAMA

INTERVIEW BY MICHIAKI MATSUSHIMA

TEXT BY ASUKA KAWANABE