仮想通貨150億円相当が管理者の死で“消えた”事件、その深まる謎と「陰謀説」について考える

取引所が保有していた日本円にして150億円相当の仮想通貨が、暗号鍵を保有していた創業者の急死によって“消えた”とされる事件。残されたノートパソコンのパスワード解析が失敗したと伝えられるなか、引き続き暗号鍵の回復が進められている。なぜこうした問題が起きたのか謎が深まる一方で、さまざまな「陰謀説」も浮上してきた。
仮想通貨150億円相当が管理者の死で“消えた”事件、その深まる謎と「陰謀説」について考える
PHOTO: INGA SPENCE/GETTY IMAGES

仮想通貨(暗号通貨、暗号資産)の交換事業者であるカナダのQuadrigaCX(クアドリガCX)で、10万人以上のユーザーがひどい目にあっている。暗号鍵を保有していた弱冠30歳の最高経営責任者(CEO)ジェラルド・コットンが急死したことで、交換所の資産が実質的に凍結されてしまったのだ。

クアドリガは現金とビットコインで合わせて1億9,000万ドル(約208億円)相当の資産を保有するが、その大半は顧客への払い戻しが不可能になっている。コットンの未亡人であるジェニファー・ロバートソンがノヴァスコシア州の裁判所に提出した供述書によると、コールドウォレット[編註:仮想通貨を保管するウォレットのうちインターネットから完全に切り離されているもの]に保管された1億3,700万ドル(約150億円)相当については、セキュリティー上の理由から暗号鍵を知っているのは死亡した本人だけだったという。また、現金は金融機関や決済機関に差し押さえられている。

クアドリガは企業債権者調整法(CCAA)に基づいた資産保護申請を行っており、裁判所は2月5日、暗号鍵の回復のために30日間の猶予を認める判断を下した。これによって差し押さえは一時的に停止される。なお、ロバートソンの供述書を最初に報じたのは、仮想通貨関連のオンラインメディア「Coindesk」だった。

パスワードの解析は失敗

ロバートソンは供述書のなかで、夫の死によってクアドリガが直面する「問題に深く関わるように」なっていると述べている。ロバートソンはコットンの所有物であったノートパソコンとUSBメモリーを引き継いだが、どちらも暗号化されており、ログインするためのパスワードはわからないという。

ノヴァスコシア州にあるふたりの自宅では、暗号鍵の記録などが残されていないか家宅捜索が行われたが、何も見つからなかった。当局の依頼で専門家がノートパソコンのパスワードの解析を試みたが、こちらも失敗に終わっている。カナダの公共放送CBCは、コールドウォレットの暗号鍵が保存されている可能性があるこれらのハードウェアは、裁判所が指定した独立機関が保管する見通しだと報じている。

ロバートソンは1月14日にFacebookで夫の死を公表した。投稿には「ジェリーは2018年12月9日にクローン病による合併症で死亡しました。親を亡くした子どもたちが安全に暮らせるよう、孤児院を開設するためにインドを訪れていた矢先でした」とある。

なお、供述書によると、交換所のシステムは自動化されている。このためコットンが死んでから1カ月半以上経った1月26日までは、口座への入金が可能になっていた。

飼い犬には100万ドルを遺したが…

仮想通貨が絡んだ事件は、これが初めてではない。特に取引所はハッカーに狙われやすく、これまでにも大きな被害が出る事件が頻発している。

このため投資家は保有する通貨の多くを、出し入れの簡単なホットウォレットとは別にして、ネットから完全に切り離された場所に保管している。こうすれば不正アクセスなどで盗まれるリスクは低くなるが、今回はそれが裏目に出たわけだ。

コールドウォレットと呼ばれるこの保管場所から通貨を引き出すには、暗号鍵が必要だ。クアドリガの場合、暗号鍵を知っているのはコットンだけだという。カナダの全国紙『グローブ・アンド・メール』が入手した11月27日付のコットンの遺書には、飼い犬である2匹のチワワに100万ドル(1億1,000万円)を遺すことは記されていたが、自らの事業をどうするかや、暗号鍵への言及は一切なかった。

コーネル大学教授でブロックチェーンのアドヴァイザーも務めるエミン・ガン・シラーは、「これだけの規模の会社が、街角の軽食屋とほとんど変わらないような会計プロセスで経営されていたことには、驚きを禁じ得ません。CEOひとりがすべてを切り回しており、説明責任といったものも皆無です」と話す。「どう考えてもおかしいと思いますし、業界全体にも悪影響を及ぼすでしょう」

裁判の審理では、実際にどのような会計処理が行われていたのか、実態の一部が明らかになっている。

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CBC記者のジャック・ジュリアン「クアドリガの会計処理の一例。銀行手形だそうだ。クアドリガの弁護士によると、ここにある手形は“調理済み”らしい」

急死そのものに疑問の声も

2013年にサーヴィスを開始したクアドリガは、カナダの交換所では最大手にまで成長している。共同創業者で2016年に同社を去ったマイケル・ペイトリンは『WIRED』US版の取材に対し、コールドウォレットの暗号鍵は常に一元管理されていたと話している。

このやり方は設立初期には特に問題にはならなかった。会社の規模は小さかったし、保険もかけてあったからだ。

仮想通貨の取引所や交換所では、通常は複数の人物が暗号鍵を管理するほか、緊急時に備えたバックアップも用意されている。法規制などで定められているわけではないが、それが普通のやり方だからだ。なお、コットンを除くクアドリガの経営陣は、2016年に全員が辞職している。

コーネル大学のシラーは、ノートパソコンやUSBメモリーの暗号化が解除されるか、暗号鍵のコピーが見つかる可能性はあると話す。一方、クアドリガに仮想通貨を奪われたかたちになっているユーザーたちの間では、さまざまな議論が飛び交っている。ネット掲示板の「Reddit」ではクアドリガ関連の話題が急増し、コールドウォレットから仮想通貨が引き出された形跡があるといった報道も出始めた。

シラーを含めた業界関係者には、コットンの急死そのものに疑問を呈する者もいる[編註:その後、インドでの死亡状況の詳細を病院が公表したという報道もある]。

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Krakenの創業者でCEOのジェシー・パウエル「Krakenにもクアドリガのウォレットに保管されている仮想通貨がたくさんある。創業者の突然死とその結果として暗号鍵が失われたというニュースは奇妙だし、正直に言えば信じがたい。Krakenとしても調査を進めている。普段ならこうしたことはしないのだが、カナダ警察が捜査を進めているなら、Krakenに連絡してほしい」

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コーネル大学教授のエミン・ガン・シラー「クアドリガのCEOは、自分がインドで急死したように偽装しているのではないだろうか」

クアドリガに1万2,640カナダドル(約105万円)相当を預けているというあるユーザーは、昨年の秋ごろから大きな金額を引き出すのが難しくなっていたと話す。彼は資産凍結は大規模な「詐欺」の一環か、もしくはクアドリガのコールドウォレットに保管されているはずの仮想通貨は実はもう存在しないのではないかと疑っている。

「預けていた金額が戻ってくるとは思っていません。真実が明らかになり、罪を犯した者が裁かれる可能性もほとんどないでしょうね」

弁護士は「声明がすべて」と説明

妻のロバートソンは裁判所に提出した供述書で、「Redditを含むオンラインのプラットフォームには、クアドリガや夫の死(彼が本当に死んだのかを含め)、失われたコインに関する書き込みが大量に存在します」と述べている。また、クアドリガの経営陣に加え、自分自身も脅迫を受けていると主張する。ロバートソンの弁護士に連絡をとろうとしたが、回答は得られていない。

一方、クアドリガの弁護士は『WIRED』US版の問い合わせに対し、監査法人のアーンスト・アンド・ヤングが独立して同社を監督することが決まっていると説明したうえで、サイトに掲載されている声明がすべてだと語った。

クアドリアガの声明には以下のように書かれている。

「資産の保護を申請することで、顧客の皆さんの要望に応えるための業務に集中することができ、同時に会社としての存続を図る方針です。多くの疑問が提示されていることは承知していますが、非常に長いプロセスの初期段階にあるため、すべてにお答えすることはできません」

アドレス公開を求める声が続出

ロバートソンは供述書と合わせて、コットンの死亡証明書のコピーを裁判所に提出した。死亡証明書はインド政府の公式書類の体裁になっている。また、カナダの政府当局者はCBCの取材に対し、インドで死亡したカナダ人がいることを認めたが、個人情報保護のため詳細は公表できないとした。

シラーはクアドリガが保管する仮想通貨について、不透明な現状を考慮すれば、すべてのアドレスを公開すべきだと指摘する。こうすれば、ユーザーや外部機関がこれらの仮想通貨に不可解な動きがないか監視することが可能になるからだ。

元共同創業者のペイトリンは、次のように語る。「アドレスを公開すれば、さまざまな陰謀論のうちの少なくともいくつかは否定することができます。わたしも公開すべきだと思います」

なお、ロバートソンは供述書で、「クアドリガの経営陣は顧客への払い戻しを可能にするために、プラットフォームの売却を検討する可能性もある」と述べている。


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TEXT BY GREGORY BARBER

TRANSLATION BY CHIHIRO OKA