【孫泰蔵】「本気で考えよう」ブロックチェーンの“先にあるもの”

エストニアに何を学ぶべきか?日本人はブロックチェーンとどう向き合うべきか?最も大事な概念「ヒューマンオートノミー」とは何か?──『ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけた つまらなくない未来』(ダイヤモンド社)を監修した、連続起業家の孫泰蔵氏に聞いた。

泰蔵/Mistletoe, Inc. Founder
1972年、福岡県生まれ。連続起業家(シリアルアントレプレナー)。世界の大きな課題を解決するスタートアップを育てるため、投資や人材育成、コミュニティー創造などを行うMistletoe(ミスルトウ)を創業。Collective Impact Community(コレクティブ・インパクト・コミュニティー)という新業態を掲げている。

「国境を越えて働く」を実現する

海外で旅をしながら、働く──誰しもが一度は憧れを抱くワークスタイルです。デザイナー、プログラマー、料理人、ライター……。フリーランスの人口は急拡大しています。世界のどこにいても働ける職業はたくさんありそうです。

しかし、現実はそう簡単ではありません。たとえ、世界で通用するデザインのスキルを持っていても、いきなりインドネシアに行ってデザイナーの職を得る、あるいはアメリカを移動しながらデザイナーとして働くのは難しいものです。仕事の依頼主と受注主をつなぐジョブマッチングのサービスは、たいてい国ごとに存在します。しかも、各国で労働法が異なり、税務処理も面倒です。

ところが、国境を越えた働き方を実現できるジョブマッチングが登場しました。「ジョバティカル(Jobbatical)」は、国籍の違う法人や個人の間に入って、税務処理などを支援するサービスを展開しています。

出典:「Jobbatical

仕事があっても、どこに行けばいいかわからない──そんなときはテレポート(Teleport)が便利です。自分の住んでいる場所、家賃、職業、収入などを入力して、結果を表示するボタンを押すと自分に合った都市を教えてくれます。たとえば、ロンドンかニューヨークに行きたいと思ったときに、この時期はニューヨークに行くと生活コストが高くなるけど、ロンドンなら安く抑えられるということが、すぐにわかる仕組みです。

個人がスタートアップに投資できる仕組み

さらに、国境を超える革新的なサービスが生まれています。スタートアップが世界中から資金調達するのを支援する「ファンダービーム(Funderbeam)」です。

出典:「Funderbeam

創業者兼CEOのカイディ・ルーサレップ氏は、エストニアのナスダック・タリン(NASDAQ TALLINN)のCEOを務めた、いわば市場側の人でした。しかし、本来スタートアップの資金調達をすべきである証券市場が機能していないことを不満に思い、スタートアップのエンジンとなる仕組みをつくるためにファンダービームを創設しました。簡単にいえば、世界に開かれたクラウドファンディング・プラットフォームです。その仕組みはブロックチェーン技術を応用した「トークン」によって支えられています。

実は、私自身も「スタートアップの資金調達が機能していない」現状に、強い危機感を抱いていました。まず各国の投資のルールが違います。さらに、投資を行うベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップを囲い込むため、個人投資家が情報を得られず、支援や興味を持つことが難しい状況です。

今や世界的なサービスに成長した「エアービーアンドビー(Airbnb)」には、当初100社のベンチャーキャピタルを回って、すべてに断られたという逸話があります。革新的なサービスや素晴らしいアイデア、イノベーションは理解されないことが往々にしてある。ベンチャーキャピタルだけではなく、どんどん個人投資家もファンダービームのような仕組みを通じてスタートアップへの投資に入ってくるべきです。

エストニアから革新的サービスが生まれる理由

ジョバティカル、テレポート、ファンダービーム──3つのサービスは、すべてエストニア発です。では、なぜエストニアのサービスは国境を超えられるのか?

答えは「イーレジデンシー(e-residency)」です。世界中の誰もがエストニアの「電子居住者」になることができる仕組みがあるので、国境を超えることが可能です。たとえば、ジョバティカルで国を越えてジョブマッチングしても、イーレジデンシーの登録をしていれば問題ありません。エストニアは世界の国々と租税条約を結んでいるため、税務処理をクリアすることができるのです。

では、なぜ人口わずか130万人のエストニアは、日本では考えられないような近未来を実現する仕組みを構築できたのか?

最大の理由は、エストニアの成り立ちにあります。エストニアは第二次世界大戦に旧ソビエト連邦(ソ連)に併合され、1991年に独立を回復しました。今まではソ連の役人がこなしていた業務を新たな政府が行わなければなりません。しかも、ベルリンの壁崩壊により共産主義から資本主義へ移行し、大混乱のタイミングで、国を整備していく必要がありました。

しかし、幸いなことにエストニアには暗号技術など最先端のテクノロジーに詳しい優秀な技術者がたくさんいました。政府は彼らと協力しながら、急ピッチにゼロから政府の電子化を進めていったのです。

その結果、行政サービスの99%電子化されることになりました。エストニアでは、住民票の取得や住所変更、出生届、投票、確定申告まで、24時間365日利用することができます。しかも、日本では考えられないくらいの速さで処理されます。

Jarretera/Shutterstock

そうした環境から、2005年に「イベーイ(eBay)」に26億ドルで買収されたインターネット電話サービスの「スカイプ(Skype)」、ユニコーン企業となった海外送金の「トランスファーワイズ(TransferWise)」など、エストニア人による数々の革新的なスタートアップが生まれました。

未来をイメージさせる言葉「ヒューマンオートノミー」

2018年5月、エストニアで開催されたイベント「Latitude59」に登壇する機会をいただいたとき、私は同国をひとことで表す言葉に出会いました。エストニアの初の女性大統領であるケルスティ・カルユライド氏は、自国を称して「シームレス・ソサエティ(境目のない社会)」と表現したのです。

この「シームレス」という思想は、私がファウンダーのMistletoe(ミスルトウ)が大切にしている「ヒューマンオートノミー(human autonomy)」にも通じるものだと感じています。オートノミーは「行動や意思の自由」を意味します。

“SMALL WORLDS for HUMAN AUTONOMY”

私たちは、ヒューマンオートノミーを「何ものにも制約されず、人間的で自由な暮らしをする人々によって構成される小さな世界の集まりで、この世界が構成されること」と解釈しています。

経済や社会に「境目」があれば、一人ひとりの「自由」は制約されます。ある特定の企業からしか買えない、ある特定の政府からしかサービスを受けられないなど理不尽に制約をされると、人は「苦しい」「つらい」と感じてしまいます。「シームレス・ソサエティ」だからこそオートノミー、つまり一人ひとりの行動や意思の自由が生まれ、人は「ワクワクする」「楽しい」と感じるのです。

日本人は“ブロックチェーン”とどう向き合うべきか?

「シームレス・ソサエティ」を実現するためには、どのような技術が必要なのか。また、その技術がオープンなのかクローズドなのかを見極めて使っていく必要があると私は考えています。当然、オープンなプラットフォームは共有されることにより自由度が増し、クローズドなものは制限され「境目」が生まれます。

エストニア政府がブロックチェーンを活用しようと試みるのは、「シームレス・ソサエティ」を実現するためには、欠かせない技術だと彼らが考えているからです。非中央集権的に台帳を管理できるブロックチェーンは、オープンなプラットフォームであり、自由度を増す技術です。

では、日本はどうか。エストニアの歴史を紐解けば、「他国が攻めてくるかもしれない」「明日どうなるかわからない」という状況があり、「変えていかなければならない」という強力な動機付けがありました。しかし、残念ながら、日本にはエストニアのような切実さがありません。日本においては、何かを変えたり、未来を描く動機付けが弱いのです。

それでも、私は「日本人にも優位性がある」とも考えています。

たとえば、日本は江戸時代から非常に高度な信用経済を形成してきました。「手形」一つで成立する「信用取引」がその代表例でしょう。お金がなくても「信用して商品を渡す」という取引です。「お互いさま」と助け合う社会を数百年前に実現していました。

また、よくも悪くも日本人には多様性がありません。私は現在、シンガポールと日本を行き来していますが、シンガポールは本当に多種多様な国の人が滞在しています。しかし、日本は外国人が少なく、文化や習慣の違いを感じることはほとんどありません。ゆえに、日本はお互いに信頼しやすい社会と捉えることもできるでしょう。

もともと信用や信頼が根付く日本では、ブロックチェーン技術から生まれる新たな経済圏「トークンエコノミー(token economy)」が違和感なく受け入れられる可能性があります。日本人が本気で考えるなら、トークンエコノミーが本格化する時代にチャンスは無数にあるのではないでしょうか。

構成:池口祥司
編集:久保田大海
写真:多田圭佑