イベントレポート

仮想通貨は投機商品か、イノベーションか

金融経済の専門家が議論した「CARF2018年度フィンテック研究フォーラム公開シンポジウム」から

 仮想通貨は「怪しい投機商品」とみなす意見と「イノベーションの芽を潰すな」との意見が衝突する場だった──仮想通貨分野に関心を持つ取材者である私にはそのように受け止められた会議だった。

 金融分野の学術研究機関である東京大学金融教育研究センター(CARF)は2019年3月11日、「2018年度フィンテック研究フォーラム公開シンポジウム『キャッシュレスの次の未来』」を開催した。シンポジウムでの主な話題と論調は以下のようになる。

(1)仮想通貨の影響力や規制の方向性をどう考えるか。仮想通貨の金融システムへの影響力は限定的で、現状では一部の投資家向けの投機商品と見なすべきとの論調だった。仮想通貨やICO(Initial coin offering、新規仮想通貨発行による資金調達)の可能性、有用性については意見が割れた。詳しくは後述する。

(2)中央銀行発行のデジタル通貨(Central Bank Digital Currency、略称CBDC)をどう考えるか。中央銀行デジタル通貨を真剣に検討しているのはスウェーデン、ウルグアイのように小国が中心。現状の日本では喫緊ではないとの論調だった。ただし研究、検討は必要との指摘があった。

(3)巨大IT企業が決済サービスに乗り出している現状をどう捉えるか。これについては、GAFA、BAT(米国のGoogle、Apple、Facebook、Amazon、中国のBaidu、Alibaba、Tencent)に代表される巨大IT企業("BigTech")はすでに大手銀行並みかそれ以上の時価総額と知名度を持っており、決済サービスに進出しつつある。金融システムの一員として無視できないとの見方だった。

(4)ブロックチェーン技術で可能となるデジタルトークンの可能性をどう考えるか。CARF特任研究員の鳩貝淳一郎氏は講演で「不完全なお金であるトークンにより、お金にはできないことができる」と主張した。その内容については別掲記事を参照されたい。

 シンポジウムの参加者の顔ぶれは、講演順に金融庁企画市場局参事官の松尾元信氏、京都大学公共政策大学院教授の岩下直行氏、日本総合研究所理事長の翁百合氏、前・日本銀行決済機構局長で現在はフューチャー顧問の山岡浩巳氏、そしてCARF特任研究員の鳩貝淳一郎氏である。講演者全員が参加するパネル・ディスカッションのモデレータは、東京大学大学院経済学研究科教授の柳川範之氏が務めた。

 補足すると、講演者のうち翁氏と岩下氏の2名は、「仮想通貨交換業等に関する研究会」(仮想通貨をめぐる法規制の検討のため2018年3月に金融庁が設置)および「金融審議会 金融制度スタディ・グループ」(情報技術の進展などを踏まえた金融制度のあり方を検討する会)のメンバーを務めた。また鳩貝氏は、Bitcoinに関する必読書といえる書籍『ビットコインとブロックチェーン』(原題Mastering Bitcoin、アンドレアス・M・アントノプロス著、NTT出版)の翻訳者の一人でもある。

 以下、主な話題ごとにシンポジウムの内容を見ていく。

「仮想通貨は投機」、「イノベーションを潰すな」

 まずパネル・ディスカッションでの仮想通貨に関する議論をお伝えする。その後、パネリストたちの主張の細部を改めて見ていくことにしたい。

パネル・ディスカッションから

 シンポジウム全体の論調として、仮想通貨は投機であり、決済手段としての有用性、金融システムへの影響は小さいとする意見が主流だった。その論調を受けて、パネル・ディスカッションではモデレータの柳川範之氏(東京大学大学院経済学研究科教授)から、仮想通貨の有用性について「仮想通貨とは無視し続けていて良いものなのか、今後の位置づけはどうか」という問いが改めて投げかけられた。

 この問いを受けて、CARF特任研究員の鳩貝淳一郎氏は「現状では、仮想通貨は決済手段の『通貨』ではなく投機のための『資産』(暗号資産)と位置づけられていることは理解した上で、スマートコントラクトについてどう考えるか。例えば仮想通貨の基盤にあるネットワークを用いて法人どうしの約束事を(ブロックチェーンに)アップロードして自動的に執行させる。このような基盤としての役割は無視できない。トークン化(トークナイゼーション)による資産の流動性を高めることは、既存の金融の手法だが、それが一段バージョンアップした形で実現する可能性がある。それは法律や人々の認識があって成り立つことだが、相場とは関係なくそのような世界はありうるだろう」と、仮想通貨やブロックチェーン技術の"To Be"(あるべき将来像)の側面を指摘した。

 一方、金融庁企画市場局参事官の松尾元信氏は"As Is"(現状)に注意を引き戻す発言をした。「(仮想通貨の有用性についての議論の中で)実態がどうなっているかが一番大きい。何が起こっているかを見て対策を考えることが、金融法体制の議論の対象となる。今のところ(仮想通貨の応用として)決済ではなく投機が大きい。規制当局としては『どのような役割を果たすべきか』よりも、『今どうなっているのか』がポイントとなる」(松尾氏)。

 また、最近まで日本銀行決済機構局長を務めていた山岡浩巳氏(フューチャー顧問)も厳しい意見を投げかけた。「ブロックチェーンを通貨に使う必要があるかどうかは疑わしい。中央銀行は中央にいる台帳管理者として信認されているので、(ブロックチェーンにより)台帳管理を分散化する必要はない。(仮想通貨やICOが)流行ったのは発行益が出てしまうからだ」。

 山岡氏の厳しい意見の後、日本総合研究所理事長の翁百合氏は次のように指摘した。「仮想通貨の裏側にある技術、スマートコントラクトを活用して複雑な取引を効率的に変えることができ、それが決済サービスなどの形で産業に入っていく。その意味では、(Bitcoinの発明者である)サトシ・ナカモトが考えた技術がイノベーションをもたらすといえる」と仮想通貨の持っている技術的、産業的な可能性を改めてコメントしたうえで、「新たな法整備では、ICO自体がノーと言っている訳ではない。金商法のやり方に沿ってICOをしたい優良なスタートアップ企業があれば、それは実現可能になるかもしれない。イノベーションはどこから出てくるか分からない。その芽を潰さないように」と釘を刺した。

 翁氏による「イノベーションの芽を潰さないように」という発言は非常に新鮮に聞こえた。逆の言い方をすると、新技術によるイノベーションの可能性、そのためにプレイヤーが多くの打席に立ち失敗を繰り返す中から成功を掴むための施策、そして産業の成長を応援する意見は今回のシンポジウムではほとんど聞けなかったのである。

仮想通貨の新たな法規制の内容、背景を紹介

 以上のような議論の背景として、各登壇者の講演内容の中から仮想通貨に関連する発言を紹介する。

 シンポジウムの冒頭の挨拶に立ったCARFセンター長の植田和男氏は次のように述べた。「仮想通貨バブルの生成と崩壊の裏側には、もう少し深い動きとしてITの新技術、ブロックチェーン技術があった。Bitcoinなどの仮想通貨は中央集権的な国家、経済政策とバッティングする。いろいろ深刻な出来事もあり、国がブレーキをかける動きもある」と仮想通貨への警戒感を示した。

2015年FATFガイダンスを日本の仮想通貨規制に反映

 金融庁企画市場局参事官の松尾元信氏は「仮想通貨分野で、日本は(マネーリンダリング/テロ資金供与規制を)まじめにやっている」と語った。2015年6月8日のG7エルマウ・サミット首脳宣言では、仮想通貨の規制と透明性拡大が盛り込まれた。それを受けた2015年6月26日のFATF(金融活動作業部会)ガイダンスでは、仮想通貨交換所の登録・免許制、顧客の本人確認義務などの規制を課すべきとした。日本の仮想通貨規制は、この2015年のFATFガイダンスを「まじめに」守る形で進められている。

 このシンポジウム開催日の2019年3月11日は、新たな仮想通貨規制を盛り込んだ資金決済法などの改正案(関連記事)が3月15日に閣議決定される直前のタイミングだった。改正案は、国会を通過した後、2020年半ばに施行となる見通しだ。

 松尾氏は、講演内で改正案の骨子について触れた。「法改正の大きなポイントはICOへの法規制。ICOトークンを50名以上に勧誘する場合、公衆縦覧型の開示を必要とする。証拠金取引については、金商法的な利用者保護を徹底する。(仮想通貨交換業者が)オンラインで秘密鍵を管理する場合(注:ホットウォレットで保有する場合)には、オフラインでの(弁済原資として同種同量の仮想通貨の)保持を義務付ける」(松尾氏)。

 なお、金商法(金融商品取引法)に従う証券型トークン(いわゆるセキュリティトークン)が定義されたことも法改正の重要なポイントといえる。収益分配を受ける権利が付与されたトークン「電子記録移転権利」を新設、第一項有価証券として整理した。

 松尾氏は講演の結びの言葉の中で「ブロックチェーンと仮想通貨はぜひ分けて考えていただきたい」と語った。ブロックチェーンの有用性には期待しつつ、仮想通貨には警戒感を示す立場といえるだろう。

 京都大学公共政策大学院教授の岩下直行氏は「暗号資産の規制と国際協力の必要性」と題して講演し、その冒頭「できるだけ『暗号資産』と呼びます」と宣言した。国会に提出予定の資金決済法などの改正案では仮想通貨の名称を「暗号資産」に変更する。改正法の国会審議や2020年半ばと予想される法の施行を待たず、新しい名称「暗号資産」を積極的に使う立場を示した。この名称変更の背景には、仮想通貨とは決済手段の「通貨」としては使われず投機対象の「資産」であることを示す意味が含まれているといえる。今回の記事では現行法の用語である「仮想通貨」を使用している。

仮想通貨高騰の背景はICOブームと指摘

 岩下氏は、2017年12月をピークとする仮想通貨の高騰について「主な原因はICOブームにある」との仮説を提示した。多くのICOプロジェクトがEthereum上で発行したERC20トークンをEthereum建てで販売する形式で資金を調達した。そのためEthereumを購入する需要が急増、バブル相場を形成したとの見方である。一方、資金調達に成功した後のICOのプロジェクトが成果を挙げていないことを厳しく批判した。「トークン収益率を見ると『詐欺』としか言えないプロジェクトがほとんど」「ICOで資金調達した企業のうち半数が4カ月以内に消滅したと言われている。残っている会社も怪しいものだ。一番怪しいのはベネズエラ政府だ(会場笑い)。ベネズエラは、いわば国家によるICOを実施して50億ドルを調達したと伝えられる」「ICOのホワイトペーパーをよく読むが、コピペ(他の文書からの大幅引用、盗用)ばかりだったりする。あるホワイトペーパーでは英語表現で三単現の"s"が抜けていた(会場爆笑)」。

多くのICOプロジェクトが巨額の資金を調達

 岩下氏は、仮想通貨の本来の姿であるブロックチェーン上の送金(オンチェーン取引)は全体の一部にすぎず、大部分の仮想通貨取引は仮想通貨交換所のシステム上で行われる(オフチェーン取引)形態であるのが実態だと指摘した。オンチェーン取引をする利用者は秘密鍵を自分で管理しなければならないが、多くの利用者はそれをせず、仮想通貨交換所に預けっぱなしで取引するためだ。ただし、AML/CFT(マネーロンダリング/テロ資金供与防止)の観点からはオンチェーン取引も無視できない。一方、秘密鍵を仮想通貨交換所に預けるオフチェーン取引ではコインチェック事件に代表されるサイバー犯罪に狙われる懸念があり、オンチェーン取引にもオフチェーン取引にもそれぞれ問題があると指摘した。

オンチェーン(On-chain)取引とオフチェーン(off-chain)取引

 金融庁が仮想通貨交換業者に立ち入り検査を実施したところ、営業中のほぼすべての業者に行政処分が出た。「銀行なら、経営陣交代はまぬがれない」と岩下氏は言う。「金融庁の立ち入り検査をTwitterで広めてしまう業者もいた(会場笑い)。我々とは文化が違う」。「(仮想通貨が)投機商品として売買されている実態は認めていくしかない。だが、通貨ではない」と厳しい意見が続く。

 また「仮想通貨バブル崩壊により実体経済に悪い影響がないか心配していたが、実際には影響はなかった」と岩下氏は語る。シンポジウムでは、仮想通貨の金融システムへのインパクトは少ないとの意見が主流を占めた。

 前・日本銀行決済機構局長でフューチャー顧問の山岡浩巳氏は「仮想通貨は価格変化が激しすぎる。マイニングは環境破壊に結びつく。ソブリン通貨(法定通貨)に取って変わるものかというと、そうではない」と指摘する。「仮想通貨は外貨と同じであまり流通が増えると国の金融政策の有効性が失われるおそれがある。だが、その可能性は高くないことが分かってきた」(山岡氏)。

 このように、仮想通貨に対して厳しい意見がシンポジウム全体を通しての基調をなしていた。

 パネル・ディスカッションの終盤、鳩貝氏は視点を変えて次のように発言した。「送金アプリも、目の前の友達にお金が移っていくのが面白くて、無意味に送金してしまったりする。体験する面白さはやってみないと分からない」。

 ここでシンポジウム内容を離れて記事の書き手の感想となるが、「やってみないと分からない」との考え方は、科学、技術、起業、イノベーションに関わる人にとっては常識である。「100匹目のサル」という話がある。ある行動や考え方を持つ個体の数があるしきい値を越えると、急激に広がっていくというものだ。パーソナルコンピュータやインターネットがそうであったように、大勢の人々が手にして使う体験が積み重なることで技術の意味は変わる。仮想通貨も、オンチェーン取引やDApps(非中央集権型アプリケーション)に触れる人々が増えていくことで、その意味が大きく変わっていく可能性があるだろう。

中央銀行デジタル通貨(CBDC)は「日本では喫緊の課題ではない」

 中央銀行発行のデジタル通貨(CBDC)に関しての議論は、今回のシンポジウムの中心的なテーマの一つだった。植田和男CARFセンター長による開会挨拶の中では「中銀デジタル通貨の導入の仕方だけでも、金融システムに大きな影響がある。新しい技術が広がり普及する中で、既存の国をめぐる制度と整合的なものにするためには様々なインフラ構築が必要だ」と指摘した。

 山岡氏は講演の中で、柳川氏、山岡氏共著の論文「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(2019年2月19日)に基づき中央銀行デジタル通貨(CBDC)の論点を一通り説明した。

 中央銀行デジタル通貨(CBDC)とは、「中央銀行が自らの債務(中央銀行マネー)として発行する、デジタル形態の支払い決済手段」を指す。中央銀行マネーには、銀行券と中央銀行当座預金の2種類がある。これに対応して、中央銀行デジタル通貨は次の2種類に分類できる。(1)銀行券と同様に一般の人々が日常取引に広く使える中央銀行デジタル通貨("General Purpose CBDC")と、(2)中央銀行当座預金に分散型台帳技術など新しい情報技術を応用した大口決済専用の中央銀行デジタル通貨("Wholesale CBDC")である。

 この中央銀行デジタル通貨をめぐり、様々な論点がある。金融政策のツールとしての見方(中央銀行デジタル通貨に金利を設定すればそれが実質上の下限金利となるし、マイナス金利を実現できる可能性もある)、ネットワーク外部性(広く使われなければ発行する意味がない)、金融包摂(幅広い人々に信用リスクがない支払い手段を提供できる)、キャッシュレス化が進む中での中央銀行による通貨発行益(シニョレッジ)の確保、プライバシー情報の管理(匿名化を保ったデジタル通貨を発行するというアイデアがある一方、中国人民銀行はデジタル通貨を発行する目的の一つに「脱税防止」を挙げる)、金融安定(民間銀行による信用創造=実質的なマネー発行を止めることで金融システム破綻の可能性が小さくなる)、信用リスクがないという優位性から民間の決済ビジネスを阻害するのではないかとの懸念、このような多くの議論が出ている。

 日本総合研究所理事長の翁百合氏は「消費者の決済実態分析から見えたキャッシュレス社会の課題」と題して講演。その中でキャッシュレス決済が高度に普及したことを受けて中央銀行デジタル通貨を検討するスウェーデンの事例に触れた。

 翁氏は、まず日本国内でのキャッシュレス決済の利用実態を報告した。日本は世界的に見てキャッシュレス決済比率が低いとされる。経済産業省がまとめた報告書「キャッシュレス・ビジョン」(2018年4月)によれば、2015年の日本のキャッシュレス決済比率は18.4%と低い。ただし、これには統計の分母に「持ち家の帰属家賃」が含まれるなどの問題が指摘されている。統計上の問題を修正し、翁氏は日本の個人の消費支出のキャッシュ比率を「約5割」と推計した。また調査により、「生活に余裕がある層ほどキャッシュレス決済比率が高く、低所得階層、低学歴層、若年層など社会的に不利な立場にある者のキャッシュレス決済比率が低い」「LINE Payなどフィンテック企業による決済サービスは高齢層より若年層に浸透」「消費者意識に根強い現金指向があり、低所得層ほどその傾向が強い」「ポイントサービスは経済的に余裕がある層が恩恵を受けるので逆進的傾向(低所得者層がより不利になる傾向)がある」など、調査から得られた知見を指摘した。

 続いて翁氏は、スウェーデンの事例を取り上げた。同国では「キャッシュレス決済の普及で現金の流通が極端に減少し、ネットワーク外部性を失いつつある。中央銀行がデジタル通貨e-kronaを発行するべきである」との議論が起きている。現金残高の対名目GDP比率が1%台まで低下し、同国の中央銀行は「現金に変わり、人々に信用リスクがない決済手段を提供する責務がある」と説明する。これには決済マーケットが少数の民間企業や海外企業の寡占となることを防ぐ目的もある。

 キャッシュレス決済サービスとして、スウェーデンでは携帯電話番号を入力するだけでスマートフォン間で個人間小口送金できるサービス「Swish」を2012年に開始した。「直近一ヶ月で利用した決済手段」を調査したところ、2014年には現金87%に対してSwish10%と現金が優勢だったが、2016年には現金79%にSwish52%と差が縮まり、2018年には現金61%にSwish62%と逆転した(出典:Sveriges Riksbank、"Payment patterns in Sweden 2018")。その背後には、Mobile Bank IDと呼ばれる電子IDの存在がある。この電子IDは税金の確定申告、病院関連の手続き、市町村の行政手続き、契約など幅広い電子手続きに使われていて、携帯電話を所有する人々の90%がこのIDを所有しているとされている。

 パネル・ディスカッションでも中央銀行発行のデジタル通貨に関しての議論が繰り広げられた。柳川氏からの問いかけに答えて、鳩貝氏は「スウェーデンでは、現金の利用が7〜8年でストンと(急激に)落ちた。これは1000万人という人口規模のせいか、銀行が少ないからか、決済サービスSwishが使いやすかったからか、それは分からないが、一国の経済全体があれだけ急激に変化する」と指摘した。

 翁氏は「スウェーデンでは、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を来年、再来年にも実現しようとしている。いろいろな論点をどれだけクリアできるか。日本銀行は当面はデジタル通貨を発行しないということだが、長い目で見れば検討しなければならない。見解はどうか」と問いかける。

 この問いかけに対し、2018年11月まで日本銀行決済機構局長を務めた山岡氏は「大きな中央銀行にとって(デジタル通貨は)喫緊の課題ではない。時間はかかる。学者の中には10年で過半数の国の中央銀行がデジタル通貨を発行すると考える人もいるが」と返した。「銀行は決済の機能がありつつ、社会に資金が配分されるよくできたシステム。このシステムを見直すことがいいかどうかにもかかってくる。ナローバンク論(注:銀行の貸出業務と決済預金業務を分離する議論。事例として決済預金業務に特化したセブン銀行の名が上がる場合がある)にも関わるが、ナローバンクは現実にはほとんど成り立っていない」(山岡氏)。

 山岡氏は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行すると、中央銀行が多くの個人や企業の預金を預かる形となり、また決済データを収集する立場になることへの懸念を示した。「中央銀行デジタル通貨が民間の銀行預金を代替する形となれば、中央銀行のB/S(バランスシート)が膨らんでしまう。中央銀行は企業は個人に与信するのが上手な訳ではない」「中央銀行デジタル通貨にはデータの独占性が生じる。国税局や警察がそのデータを出せといってきたらどうするのか。中央銀行はそういうデータに触れないことで独立性を維持しているのではないか」と山岡氏は指摘した。

GAFA/BATの影響力を警戒、イノベーション促進の制度化には消極的

 巨大IT企業の金融システムへの参入をどう考えるか、これも今回のシンポジウムの重点課題だった。

金融庁の松尾氏は金融デジタライゼーションについて講演

 金融庁の松尾氏は「金融庁のデジタライゼーション戦略―横断法制と仮想通貨の新しい規制の方向性―」と題して講演。金融分野がデジタル化(デジタライゼーション)により変化しつつある中、日本の金融業界のIT開発力の弱さに対して危機意識を表明する。IT投資額を見ると、米国の銀行ではIT予算の58%が「変化への投資」であるのに対して、日本の銀行ではIT予算の70%が維持・運用に費やされており、変化に対する投資は21%にとどまる。米国のある大手金融機関では3万7000人の社員のうちITエンジニアは1万1000人で29.7%を占めるが、日本のある大手銀行では11万1000人中のITエンジニアは4100人で3.7%に留まる。

 前・日本銀行決済機構局長で現在はフューチャー顧問の山岡浩巳氏は「情報技術革新とキャッシュレスの新展開―巨大IT企業の金融参入、中央銀行デジタル通貨―」と題した講演の中で、巨大IT企業の影響に関して、FSB(金融安定理事会)が2019年2月14日に公表した報告書「FinTechと金融サービスの市場構造:市場の動向と金融安定への潜在的なインプリケーション」の内容を中心に説明していった。山岡氏はこの報告書で"Workstream lead"としてクレジットされている。

 山岡氏は、仮想通貨の金融システムへの影響は小さいと評価する一方、GAFA、BATに代表される巨大IT企業("BigTech")に対して「(巨大IT企業は)銀行よりも信用リスクが低く、彼らが金融システムに入ってきたらどうなるかを考える時期がきている」と警戒する。今や、米国のGoogleやFacebook、中国のAlibabaやTencentは、世界最大級の銀行グループであるJPモルガン・チェースよりも時価総額が大きい。巨大IT企業は銀行に欠かせない「信用」をすでに備えており、資金調達コストが低く、知名度は高く、膨大な顧客ネットワークをすでに構築済みで、多くのデータを収集し、そして決済サービスに乗り出そうとしている。

 もちろん、巨大IT企業が金融サービスに参入するメリットはある。スマートフォンを通じて幅広い人々に金融サービスを届けられる性質、つまり金融包摂の推進や、Eコマース、SNS、運輸・医療などのサービスと金融サービスをシームレスに連携できる利便性の向上である。山岡氏はまた、大量の決済データに基づきリスクを算出できる巨大IT企業は、古典的な信用情報に頼る金融機関よりリスク管理をうまくできるとの調査結果を引用した。

 パネル・ディスカッションで、翁氏はSkype創業者らが2011年に設立した国際P2P送金スタートアップ企業TransferWiseについて言及した。「TransferWiseは(銀行ではなく)フィンテック企業だがイギリスの中央銀行の当座預金を持つ。フィンテック企業も金融システムの構成員として重要であり、取引先である必要があるという判断で口座を提供したのではないか」(翁氏)。金融システムの一員として、巨大IT企業だけでなくスタートアップ企業も含めて見るべきだと指摘した。

 イノベーションの促進をめぐり、パネル・ディスカッションでは、興味深いやりとりがあった。モデレータの柳川氏は民間の銀行や他の金融機関が、競争力を高めるための新しい取り組みを進めるにあたり「金融庁が許可してくれないと銀行はなかなか動けない。これが金融業界の認識だと思うが。金融庁も前向きの意思決定を尊重するのか」と問いかけた。金融庁の松尾氏は「(金融庁に)来た人には『どんどんやれ』と言う。監督する側にも理解のある人が増えている。実証実験などの制度を作り、簡単に言うと『実験だからやれ』、情報の利活用をしましょう、という形にしている。ただし、そのような方向を促すための法改正は普通はしない。制度は要望がきてからするもの」と返した。

 シンポジウムの内容を離れた感想となるが、金融業界を監督する官庁の一員として対外的な発言は慎重となることはよく理解できる。今の金融庁の取り組みでは"As Is"(現状)を重視し、金融分野のイノベーションへの取り組みには慎重な態度を示している。規制サンドボックス制度の活用(関連記事)や、銀行がIT系子会社を設立して技術開発に取り組むようなイノベーション推進の取り組みは皆無ではないが、それだけではなく、例えば金融分野でのデジタル関連のイノベーティブな取り組みを積極的に評価、表彰して「叱られるだけではなく、褒められる場合もある」意識醸成をする余地はあるのではないだろうか。

 パネル・ディスカッションで柳川氏が指摘したように、日本の金融機関は金融庁の意向に非常に敏感である。イノベーションに対する態度が消極的であるという姿勢を見せるだけでも萎縮効果が懸念される。ここが議論を聞いていて辛いところだった。

巨大IT企業のイノベーションの背後はエコシステムが存在する

 シンポジウムには質疑応答の時間が設けられていなかったが、懇親会の場で、書き手である私は登壇者の一人である岩下氏と短時間の対話をする機会を得た。岩下氏は仮想通貨やインフラとしてのブロックチェーン技術の有用性には懐疑的な立場を示している。だが、アルコールが振る舞われた懇談会の場ではあるものの「仮想通貨全体の価格が大幅に下落するなかで、仮想通貨担保型ステーブルコインのDai(Maker DAO)の価格が安定しているように見えるのは面白い」との意見を岩下氏から聞くことができた。このことは、Ethereumのスマートコントラクトで実現した非中央集権型の価格安定メカニズム「Maker DAO」が、仮想通貨の大幅な価格下落に耐えて設計通りに機能していることを示している。これはブロックチェーン技術とスマートコントラクトの有用性を語る材料といえるだろう。

 一方、このときの対話で私が述べた意見は「Ethereumの創設者のVitalik Buterinは仮想通貨の価格上昇で大金持ちになったはず。しかし今もラフなTシャツ姿で世界中を飛び歩き、Ethereumを開発する技術者向けに『ゼロ知識証明のブロックチェーンへの応用を研究しよう』といった技術的オピニオン情報を発信している。そのような技術者たちが本当に世界を変えるのかどうなのか、それを見届けるには数年かそれ以上の時間は見守る必要があるのではないか」「『多くの利用者にとって秘密鍵管理が難しい』といったテクニカルな問題は、将来的にはテクニカルに解決されていくのではないか」というものである。

 目の前に大金がぶらさがっていてもイノベーションへの取り組みを持続できる人間は、少数ではあるが存在する。今日の議論でもたびたび言及されたGAFA/BATなどの企業が短期間で巨大企業に育った背後には、イノベーションへの取り組みに集中し続けた起業家、開発者、投資家、利用者から成るエコシステムが存在した。パネル・ディスカッションで翁氏が指摘したように、イノベーションはどこから出てくるか分からない。したがってイノベーションによる産業の活性化のためには、なるべく多くのプレイヤーが空振りを恐れず打席に立つ回数を増やしていく施策が非常に重要となる。

 今回のシンポジウムでも報告があったように、複数の国の中央銀行、それに巨大銀行、巨大IT企業が、ブロックチェーン技術を活用したデジタル通貨の発行を進めている。世界最大級の銀行グループであるJPモルガン・チェースは、ブロックチェーン技術に基づくデジタル通貨「JPMコイン」の発行を発表している(関連記事)。巨大IT企業の一角を占めるFacebookはブロックチェーン専門部隊を立ち上げたと伝えられており、同社がデジタル通貨を発行すれば巨大な影響力を持つと予測する意見もある。海外の巨大銀行や巨大IT企業に立ち向かうためには、日本の金融業界の人々、そして仮想通貨に関わる人々は何をするべきだろうか。

 デジタル技術、そしてブロックチェーンと仮想通貨が社会で大きな役割を果たしていくようになった時、金融システムにおけるその位置づけを改めて議論する必要が生じる可能性がある。その時のためにも、今回シンポジウムを主催したCARFのような学術的な組織が研究活動を続け、良質な議論の場の提供し続けてくれることを期待したい。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。