アジア、中欧、アフリカなどの新興国を中心に、ブロックチェーンを金融にとどまらず、あらゆる産業、あるいは国の行政サービスに展開。先進国が上位を独占しているビジネスの序列にゲームチェンジを迫る機運が高まっている。

オランダの食品メーカー、パシフィカルが構築したマグロ缶トレーサービリティー・ブロックチェーンの概念図
オランダの食品メーカー、パシフィカルが構築したマグロ缶トレーサービリティー・ブロックチェーンの概念図

 2019年2月15日、タイ・バンコクで「ブロックチェーンサミット2019」という大型カンファレンスが開催され、ホスト国であるタイを中心にASEAN、中国、インド、EU、ロシア、オーストラリアのベンチャー企業リーダーらが参加。ワークショップ形式で熱い議論を交わした。

 フィンテックでアドバンテージを握ろうとする金融業界はもちろん、行政サービス、漁業、教育、外食産業、教育産業、商社など参加者の顔触れは多彩。互いの事例報告を通じて異なる産業から学び、それを自らの事業に生かそうという熱量に圧倒された。

 ブロックチェーン上で展開される世界最大の仮想通貨ビットコインの流通量において、日本は16年後半から圧倒的なNo.1シェアを維持している。ただしその大半はビットコインを対象にしたFX投資である。ブロックチェーンの実像が不明確なままリスクマネーが積み上がる状況は、極めてゆがんでいると言わざるを得ない。

 ブロックチェーンは一般には分散型台帳技術と呼ばれるが、誤解を恐れずその実態を表現するなら、分散型台帳というよりも「ウェブ上で共有できるデータベース(DB)のないアプリケーション」といったほうが分かりやすい。一般的なインターネットサービスでは、その事業主体が中央集約的なDBとソフトウエアからなるプラットフォームを運営し、ウェブを介してエンドユーザーがアクセス、利用する。この仕組みはオンラインバンクからECモールやオンラインゲームまですべて同じで、運営企業はそのシステムを利用する個人や法人から利用料を徴収してビジネスが成立している。

 法人取引が銀行を介して行われるのは、売買契約が当事者間で成立しているとしても、企業が扱うすべての取引を当事者間で直接現金で授受していたら、事務処理だけで膨大な労力が必要になるからだ。そのため手数料を払ってでも銀行を介したほうが合理的である。

 それに対してブロックチェーンでは、取引や利用データは直接的な当事者間だけで保持し、必要が生じれば目的に応じてその履歴を集約して可視化する。この仕組みを商取引に応用する際のクレジットが仮想通貨である。一見前時代的な取引方法だが、一切の事務処理がインターネットを介してアプリケーション間で行われることから人的負担が発生しにくい。

 この仕組みは何も金融サービスにだけ適用可能なものではない。当事者の中間に入り煩雑さを省いて利便性を提供し、その対価を得るビジネスのほとんどすべてに適用可能だ。旅行、広告、不動産、保険などの代理店ビジネス、農業、漁業などの市場ビジネス、オンラインゲーム・エンターテインメントなども適用範囲に入ってくる。

 ここにベンチャー企業や新興国は、従来の序列を覆すチャンスだと着目している。その背景にはワイヤレスネットワークとスマートフォンの急速な普及により、資本力に乏しい国や地域であってもインフラが整い、またブロックチェーンであれば巨大なデータセンターを調達する必要もなく、総じて参入ハードルが低いことが大きい。

 今回のサミットでも、いわゆる非金融系ビジネスについてのセッションが全体の約半数を占めたが、その中には構想やテストの段階を越えてビジネスとして離陸を果たしたものもある。実ビジネスの運用から得られる知見は、後続企業の成功率底上げに役立つものとして特に注目を集めた。

 その中の1つであるパシフィカルは、ツナ缶を主力商品に南太平洋で水産加工品を製造しているオランダの食品メーカーだ。消費者は同社のツナ缶のシリアルコードを基にスマートフォンでブロックチェーンをたどって原料であるマグロをとった海域、漁船、船長、漁港、加工工場などをトレースできる。同社は、そのプロセスのすべてのデータを中央集権的に集積しているわけではなく、それぞれのフェーズを担うさまざまな当事者たちがマグロ各個体のIDで形成されたブロックチェーンに情報を書き込んでいるだけである。どこにもDBを持つことなく、書き込まれた履歴をたどってスマートフォンに表示する仕組みだ。

 食の安全性は日本のお家芸のように言われるが、徹底した透明性を現状の中央集権的な仕組みで実現・運用するには膨大なシステム投資が必要であり、販売価格を押し上げて消費者の負担増になる状況が避けられない。ここにブロックチェーンを操る新興勢力のチャンスが生まれている。

日本経済の復活、ブロックチェーンが鍵

 もう1つの例が、ブロックチェーンを活用した分散型IDプラットフォームを開発しているタイのフィネマだ。同社は、自国の大学に対してブロックチェーンを介した学生向けサービス・アプリケーションを提供している。学業の成績や取得単位のステータスなどは、これまで大学の事務局が一括管理してきたが、これをブロックチェーンに載せることで管理業務そのものをなくした。さらに授業料の授受や、学食、図書館の利用など、学生のIDにひも付くサービスをすべて同一ブロックチェーンに載せている。その結果、人為ミスが起きない、スマートフォンで学生自身が大学生活のほとんどすべてを自己管理できる、というメリットが生まれ、一気に広がりを見せている。

フィネマが提供する、ブロックチェーンを活用した学生支援システムのインターフェース・ワイヤフレーム(画像提供:フィネマ)
フィネマが提供する、ブロックチェーンを活用した学生支援システムのインターフェース・ワイヤフレーム(画像提供:フィネマ)

 タイでは、政府が主導する形で行政サービスのブロックチェーン化も進んでいる。そもそも役所の仕事は労働集約型になりがちでミスも多い。日本で起きた、いわゆる消えた年金トラブルは最終的な解決を見ないまま封印されようとしているし、その後も行政における人為的なトラブル・ミスの類は毎年のように発生している。ブロックチェーンを使うことで、どこかに「集約する」のではなく、必要に応じて個々の履歴を遡るようにすれば、管理すること自体が不要になり、万が一事故が起きたとしても、そもそもDB化されていないので、最小単位(1取引)のトラブルとして処理できる。タイでは政府を挙げて徴税、選挙などさまざまなシーンの実用化に2~3年以内のマイルストーンで、取り組もうとしている。

 もちろん課題がないわけではない。ブロックチェーンでクリティカルな情報を扱うには、その利用者について偶然の重複や意図的ななりすましなどを排除するID発行の仕組みが必要になる。中央集権的なDBが存在しないので、データの更新や検索には都度連鎖するチェーンを追跡しなければならず、システム上のタイムラグが生じる恐れがある。日本のように産業ごとに成熟したビジネス構造を持つ国では当然ながらゲームチェンジに抗う勢力に踏みつぶされるかもしれない。

 日本はこの25年で国内企業の序列にほとんど変化がない極めて特殊な国である。結果として日本の経済力は、名目GDPシェアで世界全体の18%を占めるポジションから6%を割り込む水準にまで落ち込んだ。戦後復興が世界中から「奇跡」として羨望の目で見られた時代は終わった。それでもなお「今を大事」にして、奇跡の国から「化石の国」になってしまうのか。それとも再び成長エンジンを発火させるのか、まさに大きな分岐点に立っている。

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