仮想通貨交換業登録に向けた手続きの中止を2019年4月15日に発表したマネーフォワード。登録間近とささやかれていた同社が突如、仮想通貨事業から手を引く判断を下したのはなぜか。
 その内幕を知るキーパーソンが神田潤一氏。この1年、マネーフォワードフィナンシャルの社長として同社の仮想通貨事業を率いてきた。神田氏は日本銀行出身。出向先の金融庁総務企画局企画課で信用制度参事官室企画官を務め、国内のフィンテック産業黎明(れいめい)期に官の枠を越えて振興に努めた経歴を持つ。
 マネーフォワードに移籍してから一貫して仮想通貨の未来を説き、仮想通貨交換業登録にまい進してきた神田氏。マネーフォワードが今回下した判断の経緯について、日経ビジネスの独占インタビューに答えた。

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(写真:稲垣純也)
(写真:稲垣純也)

仮想通貨市場が失った信用の回復には時間がかかる

 率直にまず伺いたい。仮想通貨交換業登録申請を断念したが、最大の誤算は何だったのか。

神田潤一氏(以下、神田):2018年9月に発生したテックビューロが運営する「Zaif」による仮想通貨流出事故だ。同年1月にコインチェックが同様の事故を起こしていたが、マネーフォワードフィナンシャルとして意思決定している段階に発生したため、織り込み済みだった。

 一方、Zaifの流出事故は、仮想通貨交換業者に対する行政処分が終わり、自主規制のガイドラインが出そうなタイミングで起きた。ようやく前向きに動き始めていた流れが、あのタイミングでまた冷え込んでしまった。仮想通貨の取引も細り、市況も冷え込んだ。この1年を振り返れば、定めたはずのゴールが都度、遠ざかっていく感覚だった。

 信用があるところにお金は集まるもの。度重なる流出事故によって、仮想通貨のマーケットはユーザーの信用を失った。この信用を取り戻すのにはそれなりの時間を要する。当初考えていたよりも、この「信用の回復」に時間がかかるというのが今回の意思決定の背景にある。

 当然だが新事業を始める際には撤退基準を持つ。我々も明確な数字として撤退基準を持っていた。累積損失をどのくらいまで許容できるのか、黒字化にどのくらい時間がかかるのか。いくつかのシナリオを持っていたが、最も楽観的なシナリオでは累積の損失を2~3年で回収できるだろうと考えていた。このシナリオの見直しの議論が高まったのはZaifの流出事故が契機だった。

 私自身の読みの甘さもある。マネーフォワードとして顧客の資金を扱う本格的な金融サービスへの挑戦は今回が初めてだった。仮想通貨交換業登録に向けて最短距離で進められていたかというと、そうではない。十分なノウハウを持ち合わせていなかった。

 流出事故が相次いだ仮想通貨業界そのものに問題はなかったか。

神田:業界として、ユーザーの信用が固まりきらないうちに様々な事件が起きた影響は確かにある。業界全体の体制が整うのにも時間をかけてしまった。だが、今は自主規制団体ができ、ガイドラインも整っている。業界の信頼回復はこれから少しずつ進んでいくだろう。

 マネーフォワードフィナンシャルは本体との兼務もあるが、60人を超える体制で事業開発、体制整備を進めてきた。それでもコンプライアンス強化や分別管理の徹底のために、もう少し人員を欲していたところだった。この規模の社員を抱え、また相応の広告宣伝費を投下できる事業者と考えると、今後、仮想通貨交換業への参入はそれ相応の規模を持つ事業会社でなければ難しいだろう。

(写真:稲垣純也)
(写真:稲垣純也)

 社員にはどのタイミングでどのように説明したのか。

神田:4月15日の取締役会の直後に、マネーフォワードフィナンシャルの社員に集まってもらった。マネーフォワードの辻庸介社長、そして私が経緯などを説明した。サービスインに向けて一丸となって取り組んできた中で、サービス開始前に参入を延期するという判断を下したことについて、大変心苦しいし、申し訳ないと伝えた。

 直前の直前まで作業をしていた社員たちだ。当然、ショックを受けただろうし、重い雰囲気だった。

 マネーフォワードは4月15日、仮想通貨交換業登録に向けた手続きの中止、取引所・交換所のシステム開発の停止、メディア事業の終了を表明した。それでも「仮想通貨関連事業への参入延期」としている理由は。

神田:仮想通貨を取り巻く現在の環境は一時的なものだと考えているためだ。だが、この状況がどのくらい続くのかが今の段階では不透明と言える。

 再びマーケットが熱を帯びる日が必ず来る。仮想通貨とブロックチェーンが両輪で受け入れられるようになるはずだ。この未来については疑いようがない。

 今回は仮想通貨交換業への道をいったん断念したが、マネーフォワードグループとして今後、この領域にどのような形であれば関わっていけるのか、参入する分野を見極める日が来るかもしれない。様々な可能性を今後も模索していくつもりだ。

 そのため、今回開発したシステムは売却しない。グループの資産として持ち続ける。マーケットやユーザーの理解が進んだとき、このシステムを手直しして改めて仮想通貨交換業参入を図るという選択肢も可能性として残している。

システムはほぼ完成していた

 システムは自社で開発していたのか。

神田:2018年3月に会社を設立した際、最も時間を要するのはシステム開発だとみていた。まずは開発に着手し、システムが完成するころに仮想通貨交換業の登録を終えているという絵図を当時描いていた。他社のシステムの利用も検討してみたが、自由度や品質を鑑みて、自前での開発を選んだ。

 システムはかなり完成に近づいていたといっていい。2019年1月からは一部社員にアプリをインストールしてもらい、テストをしていた。この2カ月間は報告のあったバグの改善を進めてきた。

 システム完成も間近。仮想通貨交換業の登録も間近だったのではないか。

神田:登録について、当事者では分からない。だが、金融庁とやり取りしているなかで手応えは感じてきていた。体制の整備、システム開発もある程度めどが立っていたことを考えると、登録までにあと1年も要するという感触ではなかった。

 だが、仮にあと2~3カ月で登録を完了できて参入できたとしても、はたしてそれでよかったのかという思いがある。その後のビジネスが本当に順調に進むのか、見通しが立たなかったためだ。仮にサービスを開始してから取りやめるとなれば、社員はもちろんのこと、顧客に多大な迷惑をかけることになる。

 今回の判断を決して早いとは思わない。だが、これ以上進む前にこの決断を下したマネーフォワードの取締役会は、適切なマネジメントが機能していると考えている。

 神田氏自身、マネーフォワードに入社してから一貫して仮想通貨事業に取り組んできた。仮想通貨交換業登録を取り下げた今後、どうするのか。

神田:振り返れば、あっという間の1年半だった。密度が濃く、変化が早く、嵐のような1年半だった。そもそも入社して半年で社長に就任するなど想定もしていなかった。

 今後は、マネーフォワードフィナンシャルが取引していた事業者の対応を最優先で進める。その後、考えているのは「地方」だ。私自身、青森県という地方出身者だ。フィンテックが地方や地域のコミュニティーにどのように貢献できるのか、金融庁時代から常に問題意識を持っていた。

 地銀や自治体と組み、どのようなサービスを作っていけるのか。電子地域通貨は個人的にすごくやりたい分野だし、マネーフォワードの既存の事業ともシナジーがあると考えている。こうした可能性を少し時間をかけて探ってみたいと考えている。

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