ブロックチェーンによるIDの分散管理を目指すマイクロソフト、その高い理想と課題

マイクロソフトがユーザーアカウントの管理にブロックチェーン技術を採用し、分散化を進める計画を明らかにした。個人情報の大規模な漏洩が減り、プライヴァシー保護にもつながると期待されるが、こうした高い理想を実現するまでの課題は少なくない。
ブロックチェーンによるIDの分散管理を目指すマイクロソフト、その高い理想と課題
ILYABOLOTOV/GETTY IMAGES

マイクロソフトは、ユーザーアカウントの完全支配に終止符を打とうとしている。同社の認証技術はクラウドプラットフォーム「Microsoft Azure」を含む多くのサーヴィスで使われているが、この管理をユーザー自身に移管する方針を明らかにしたのだ。

このプロジェクトを実現するのが、仮想通貨(暗号通貨、暗号資産)のビットコインを支えるブロックチェーン技術である。問題は、ユーザー側が本当にそんな責任を負ってもいいと考えているのか──という点だろう。

分散管理されるアイデンティティ

ブロックチェーンの推進派にとってデジタルIDは非常に大きな可能性を秘めたアイデアだが、実用化の見通しは立っていない。仕組みとしては、複数のプラットフォームをまたがって使える認証情報を設定し、マイクロソフトのアプリケーションすべてでこれを採用する。「Facebook Connect」に近いものを想像すればいいだろう。

ただ、Facebook Connectではフェイスブックがすべてを管理するのに対し、「アイデンティティ・オーヴァーレイ・ネットワーク(ION)」と呼ばれるブロックチェーンを利用したマイクロソフトの新システムでは、ユーザーがこの責任を負うことになる。デジタルIDの支持者は、こうすれば企業がユーザーのネットでの活動を監視できなくなり、プライヴァシー保護につながると主張する。

データをどこかにまとめて保管する必要もないので、個人情報の大規模な漏洩といったことも減るだろう。将来的には、保険証やパスポートといったより機密性の高い情報もデジタル化され、分散型ネットワークで管理する時代になるかもしれない。

ただ、ネットが細分化されている現在の状況を考えれば、そんな未来がやって来るのは遠い先のことだ。デジタルIDを広範に機能させるには、さまざまなプラットフォームでアカウントを統合する必要がある。さらに理想を言えば、異なるブロックチェーンのシステム同士でも相互運用が可能になることが望ましい。

処理速度の遅さを克服する秘策

マイクロソフトは昨年、「自己主権型アイデンティティ」というコンセプトを打ち出した。現在はワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(W3C)および分散型ID認証ファウンデーション(DIF)と協力して、オープンソースのプロトコルの開発を進めている。DIFには保険大手エトナ、IBM、マスターカードといった企業が名を連ねる一方で、フェイスブックは参加していない。マーク・ザッカーバーグはデジタルIDに対する立ち位置を明確にしていないのだ。

マイクロソフトはブロックチェーンの新システムにビットコインの技術を採用したが、これは興味深い選択と言える。ビットコインは処理に時間がかかることで有名で、仮想通貨以外への応用の障壁となっている。マイクロソフトはこの問題に、IPFS(InterPlanetary File System)と呼ばれるファイルシステムで対処しようとしている。

ビットコインの遅さの原因は、トランザクションが1秒当たり10件未満と限られていることだ。マイクロソフトのIONでは第2のレイヤーを用意し、そこでシステムを支えることで、理論的には1秒間に数万件といった大量の処理が可能になるという。

RSAセキュリティの元チームサイエンティストで、現在はコーネル大学教授のアリ・ジュールスは、マイクロソフトの発表には驚いたが歓迎すべき動きだと話す。「マイクロソフトのような大企業が業界の主流ではないテクノロジーを採用するというのは、大きなニュースです」

実現までの高いハードル

また開発の初期段階では、コンソーシアムチェーンと呼ばれる参加者を限ったシステムを使うことが予想されていた。JPモルガンやIBMなどが進めるブロックチェーンの試験プロジェクトはこの方式で運営されているが、この場合はシステムの管理主体が存在することになる。しかしマイクロソフトは、誰でも参加できるパブリックチェーンを選んだ。

一方で、プライヴァシーが完全に保護されると同時に、処理速度などにも問題のない実用的なシステムが確立されるのはまだ先になるだろうと、ジュールスは指摘する。ジュールスのチームも、個人情報が守られるような認証システムや、ブロックチェーンの弱点とされる秘密鍵の取り扱いなどを研究している(ちなみに、『WIRED』US版は秘密鍵を失った場合の結末をよく知っている)。

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取り扱う上で本当に安全なのかについても疑問は残る。ビットコインは過去10年にわたる運用実績があるが、IPFSのようなシステムは比較的新しいもので、万全を期すにはバックアップが必要かもしれない。

ジュールスは、こうした課題があるため新システムがすぐに一般に普及するとは考えにくいと話す。プライヴァシー保護の重要性については散々語られているが、その一方で、大半の人は利便性のために妥協して中央集権型のシステムを使ってきた。ただ、マイクロソフトのような巨大企業が変化を起こそうとすれば、ブロックチェーン技術を受け入れる人が増えるかもしれない。


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TEXT BY GREGORY BARBER

TRANSLATION BY CHIHIRO OKA