マネックスグループは今年、20周年を迎えた。インターネットの黎明(れいめい)期で、かつ株式売買委託手数料の自由化が決まった1999年に創業したマネックス証券は、ネット専業証券のパイオニアと言える。

 一方、2012年創業のコインチェックは、2014年から仮想通貨交換業を始めた仮想通貨業界のパイオニア。しかし、2018年1月に仮想通貨流出事故を起こし、同年4月にはマネックスグループによる買収を受け入れた。

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 ともに新時代の幕開けに敏感で、似た遺伝子を持つ両社。だが、金融を母体とした老舗企業と技術を背景に急成長してきた新興企業は、事業内容も違えば文化も違う。今後、どのようにシナジー効果を出していくのか見えない部分も多い。

 マネックスグループ取締役会長兼代表執行役社長CEOの松本大氏と、コインチェック創業者でありマネックスグループの執行役員にも名を連ねる和田晃一良氏が、この1年を振り返りつつ、金融の未来について語り合う。

マネックスグループ取締役会長兼代表執行役社長CEOの松本大氏(以下、松本氏):マネックスグループは今年で20周年を迎えました。20年前の起業時を思い出すと、当時の敵は野村証券や郵便局など、いわゆる「体制側」。でも、今は違う。対峙しているのはオンライン証券であり、IT企業になっている。そういう意味では、この20年で大きくゲームの戦い方、競争のフレームワークが変わりましたね。スマートフォンと4Gの登場がそうさせたんじゃないかな。

コインチェック創業者の和田晃一良氏(以下、和田氏):20年を振り返って一番辛かった時期はいつですか?

松本氏:うーん、性格的なものかもしれないけど、常に今が一番厳しい(笑)。あまりアップダウンはないかな。

 でも一番うれしかったことは明確に覚えている。それは初めて法人税を払えたとき。赤字で上場して、累損を解消して、ようやく法人税を払えたときに、ようやく人間になれた気がした(笑)。当時は不良債権処理に追われた銀行が税金を払えない時期だったしね。「俺たちは払ったぜ!」と思った。

(写真:山田 愼二)
(写真:山田 愼二)

和田氏:証券業界を見て20年前と今で変化していないことはありますか?

松本氏:この数年でさらに金融の世界に急速にテクノロジーの波が押し寄せてきた。オンライン証券の世界でも、サービスが以前と比べて格段に良くなっている。取引スピード、情報量、商品のラインアップ、分析ツール、あらゆる面がけた違いに改善された。でも変わっていないものがあるんだ。

 それが投資家のマインド。投資に対する考え方は当時と比べてもさほど変わっておらず、サービスの進化に比べて投資家の厚みが増したわけでもない。

 ひとえに証券業界、官公庁、メディアなどの責任が大きい。「何のために投資すべきなのか」というディスカッションも足りなければ、啓蒙も足りなかった。

和田氏:僕はそもそも投資したことありませんでした。資産が特にあったわけでもないですし。

(写真:山田 愼二)
(写真:山田 愼二)

松本氏:僕だって35歳で起業するまで株買ったことなかったよ(笑)。

和田氏:株式投資をする際、日本に住んでいるのであればまず分かりやすく日本株を買うと思うんです。でも、若年層からすると、日本株が上がっていくイメージがないんです。米国だと次々に成長する企業が生まれていくのに、日本企業は元気がなかった。リターンが得られそうな気がしなかったんですよね。

松本氏:成功体験の問題は大きいよね。

和田氏:だからこそ仮想通貨に比較的若い人たちが集まったんじゃないでしょうか。価格が上がっていく中で、若い人の中にも成功体験が生まれた。ちなみにマネックス証券が登場したときはどのように顧客から受け入れられたんですか?

松本氏:そもそもマネックスグループを創業した頃は、まだインターネットの黎明期。インターネットに接続しても実は何もやることがなかった。当時、「逸品.com」という人気のEC(電子商取引)サイトがあったんだけど、アクセスすると商品数が20くらいしかない(笑)。

和田氏:20ですか?(笑)

松本氏:そうそう。通信速度は遅いし、商品数も少ない。そもそも、インターネット上にコンテンツが全然なかった時代。そんなところに3000銘柄の値動きが見えて売買できるオンライン証券が登場したもんだから、それまで株に興味がなかった人までオンライントレーディングの世界に引き込まれた。

 仮想通貨も恐らく中身うんぬん以前に、新しい体験として受け入れられたんじゃないかな。だからこそ一気に人が集まった。

和田氏:仮想通貨に最初に触れたのはいつですか?

松本氏:2013年頃に初めて仮想通貨に触れた。香港・ザポ(Xapo)の創業者のウェンセス・キャサレス氏とは古い友人で、東京・渋谷にビットコイン保有者がいるから会ってきてくれとお願いがきたのがきっかけ。彼らに会ってみると、仮想通貨そのものが怪しいというよりは仮想通貨について熱く語る人たちが怪しかった(笑)。

 早速、マネックスグループでも検証のためにビットコインを持ってみて、ブロックチェーンの動きを確認したりした。

和田氏:その頃のビットコインはまだ残っているんですか?

松本氏:いや、全部検証が終わったから売っちゃった。そういう意味ではすごい後悔がある。まだ業界の誰も興味を示していない時期に仮想通貨に触れていたにもかかわらず、放っておいてしまった後悔が。

 2017年の春くらいから、仮想通貨の相場が熱を帯び始め、仮想通貨で資金調達する「ICO(Initial Coin Offering)」も盛り上がってきた。金融オタクとしては「ネオキャピタルマーケットだ!」と思って、いてもたってもいられなくなった。

 会社で「仮想通貨部」を立ち上げて、自分で秋葉原にパーツを買いに行ってマイニングマシンを作った。本もたくさん読んだ。これは変わる、いやもう変わり始めちゃっていると思って。もっと早く仮想通貨やICOに関わっていかなければならなかったのに、1年も後れをとってしまっていた。

 思いは日々募っていって、仮想通貨やブロックチェーンに真剣に取り組んでいく覚悟を決めた。そして組織変更と同時に2017年10月、「第二の創業」をミッションステートメントとして打ち出した。ボードメンバーには事前に説明したけど、あれはみんなで話し合って作ったプランではなく、沸き起こる自分の思いをぶつけた宣言だった。

 和田くん、「第二の創業」のステートメント読んだ?

和田氏:ごめんなさい、読んでません(苦笑)

エンジニアはミュージシャンやアスリートと同じ

松本氏:マネックスグループの経営陣は最近、一気に若返った。経営者というのは、突然生まれるものじゃない。新入社員から経営している人はいなくて、おのおのの得意とする仕事で経験を積みながら、経営者として育っていく。つまり、経営能力とは別に核となる仕事がある。

 だが、デジタル領域のエンジニアというのは蓄積が関係のない世界。例えば、営業や商品設計、マーケティングなどの仕事はすべて経験や蓄積が必要な世界だけど、エンジニアについては「できる人はできる」。高校生でも世界一になれる世界だ。

 つまり、和田くんのようにエンジニア出身の経営者というのは、若かろうが既に半分の能力は持っている。

 あとマネックスグループがもともと年齢は一切関係のないフラットな企業風土を持っているということもある。

和田氏:最近思うのは、若い人たちが自らのエンジニア力でプロダクトを作れるようになったことで起業家が増え、またさらに下の世代が生まれていくという、いいエコシステムができてきたということ。もともとは簡単なスマホアプリを作るという領域が主戦場。でも、最近ではその市場は取り尽くされていて、金融や製造業といった領域に若いエンジニアが浸食し始めていると感じています。

 コインチェックはマネックスグループに入ったことで株主が変わりました。単にベンチャーキャピタル(VC)がマネックスグループに変わったということではなくて、その先に個人や機関投資家といった一般の株主がいるということです。会社が存続していくためのステークホルダーが変わりました。そこはきちんと意識していく必要があります。

松本氏:これまで、日興ビーンズ証券との経営統合、米トレードステーションの買収などいくつか経験してきたけど、コインチェックとの融合を考えると、これまでのどれとも違う。日興ビーンズ証券の場合は同じオンライン証券の統合だったし、トレードステーションの場合は国も文化も人も違うけど、オンライン証券という同じ領域での融合だった。コインチェックは国も文化も人も一緒だけど、全然やっていることが違う。

 異なる部分をどのくらい残しつつ、互いにシナジー効果を出していくか。まったく互いの融合がなければそもそも意味がないし、完全に同化してしまうとメリットが無くなってしまう。絡みの度合いをどうするかという点では大変な1年だったことは確か。

 私自身はCEO(最高経営責任者)として、若い人主導の企業の考え方からすごい刺激を受けている。

和田氏:マネックスグループ入りしてからこの1年を振り返ってみると、問題があったり、大変だったりする部分がありつつも何とかうまくやれたかなと考えています。金融庁による業務改善命令が1年近く続き、その間にサービスを段階的に再開させ、無事、仮想通貨交換業として登録できました。なかなかハードな1年でしたが、マネックスグループからはコンプライアンス強化の部分でかなり助けてもらったと思っています。

 逆に今個人的に感じている課題はコインチェック側からマネックスグループ側に提供するというところまで至っていないという点。一方的にもらっているだけで、技術的な部分での協力体制が築けていない。そこの強化を図っていかなくちゃと思っています。

松本氏:この1年は抜けなくちゃいけないトンネルがあったからね。しかも、簡単なトンネルじゃなかった。

歴史が示す、あらゆるものの「分化」が進む世界

和田氏:松本さんは仮想通貨やブロックチェーンの未来を今、どう見ていますか。

松本氏:マーケットは鏡。仮想通貨やブロックチェーンの未来を考えるとき、価格の動きはその期待を表している。仮想通貨の価格が下がり、そしてまた戻ってきているということは未来を示唆しているんじゃないかな。

 恐らく2018年の秋ぐらいに過剰な資産の投げ売りがピークを迎え、マイニングマシンの領域にも逆風が吹いた。人もそう。過剰期待で集まったものがすべて投げられたのが昨年の秋だったと思う。需給調整がされた状態と言える。米国だと東海岸、つまり金融業界の人たちがこの領域に入ってきている。これから上がっていくと思う。

 でも、問題は世界的な規制の動き。クロスボーダーでデジタルコンテンツを売買してビットコインで支払ったら、各国の当局が税金を取れない。そして、一番面白いと思っているのは匿名通貨だけど、通信の秘匿にも使えてしまうため同じ技術を使ってテロ組織がコミュニケーションを取ってしまう。国は税金、安全保障の両面で介入して止めにかかるだろう。

 でも、ブロックチェーンと金融の世界がマージされていく世界を夢見ている。あらゆる金融商品は「コード」と「データ」だ。それは債券でも同じだ。計算式と数字で表される以上、あらゆる金融商品はブロックチェーンに書き換えられていくだろう。

 昔は株券も債券も紙。紙を交換することで価値が移転していたわけだから、ブロックチェーンと一緒。ブロックチェーンなら小さな価値の交換でも使えるし、未来にわたってお小遣いをプログラムすることもできるし、おばあちゃんの面倒を見たらお小遣いを払うといったプログラムにすることもできる。

(写真:山田 愼二)
(写真:山田 愼二)

和田氏:僕が個人的に面白いと感じているのは「NFT(Non Fungible Token)」です。ブロックチェーン上で動くゲームでも使われていますが、イーサリアム上にある1個しか作れないトークンです。ここの部分に今、規制がかかっていません。将来的には分かりませんが、自由度が増すことで市場として発展する可能性があるとみています。

松本氏:歴史を振り返ってみても、基本的には「分化」していくんだよね。芸能界だって人気の対象が山口百恵さんからAKB48になっていったように、分化は生物の理でもある。

 金融の世界も同じで、分化が進んでいくのは当然の流れ。レギュレーションとイノベーションは絶対に相反してしまう存在だけど、総じてブレーキをかけるのではなくて、例えば1万円以下であれば何をやってもいいといった柔軟性を持つべきだとこの前金融庁に言ったばかりだよ。

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