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 新規の仮想通貨を売り出して広く資金を調達する「ICO(Initial Coin Offering)」や、ICO前の仮想通貨を限定販売する「プレセール」については、まっとうな資金調達なのかどうか、何年たっても判断がつかない例が多い。未公開株の販売やIPO(新規株式公開)のような、情報開示や反社会・反市場勢力排除に関わるルールが明確でないためだ。

 2015年から2016年にかけて日本で仮想通貨のプレセールがあったブロックチェーンプロジェクト「カルダノ(Cardano、通貨の単位はエイダ)」は、その中でも判断が大きく割れるプロジェクトの1つだ。

 仮想通貨の情報サイト「CoinMarketCap.com」のデータによると、カルダノの発行コインの価値総額は約20億ドルで、全仮想通貨の中で11位につける。イーサリアム(Ethereum)の初期プロジェクトメンバーとして知られる米IOHKのCEO(最高経営責任者)を務めるチャールズ・ホスキンソン(Charles Hoskinson)氏がブロックチェーンソフトの設計・開発を主導する。

 カルダノエイダは2015年から2016年にかけ主に日本でプレセールされ、60億円以上を集めたとされる。

 ただ、数千もの代理店を介して多方面でコインを販売したため、これら代理店の行動を適切に統制できていたのか、「確実にもうかる」など違法性の高い勧誘がなかったかなどの疑念が残った。さらにカルダノのブロックチェーンソフトの開発が当初予定より遅れた結果、仮想通貨交換所による新規取り扱いも遅れ、「詐欺コインではないか」との評判が立った。

 予定から約1年遅れの2017年10月、米仮想通貨交換所のBittrexがカルダノエイダの売買の取り扱いを始めた。これを皮切りに中国や韓国などの取引所が相次ぎ取り扱いを始めた。

 だが、プレセールの中心地だった当の日本で、カルダノエイダを取り扱う仮想通貨交換所はない。

 日本の交換業者が新たな仮想通貨の売買を始めるには、仮想通貨の特徴を説明する資料を作成し、自主規制団体を通じて金融庁に提出する必要がある。だが、金融庁が何を根拠に新規取り扱いを認めるか、基準は明確ではない。

 近年はマネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与対策に関するリスクを重点的に見ているとされる。企業の上場審査との類推で考えれば、プレセール時の販売手法や販売先についても実質的な審査対象に含まれる可能性がある。

 これまでカルダノプロジェクトの関係者はプレセールの実態について詳細に語るのを避け、それが「疑念」を生む要因になっていた。

 これまで明らかにされていなかったプレセールの実態について、当時日本のプレセールを統括していたアテインコーポレーション元社長で、カルダノの商用化を担うEMURGO(エマーゴ)のCEOを務める児玉健氏が取材に応じた。

 以下、児玉氏の証言を基に、当時のプレセールの妥当性について検証する。

EMURGOの児玉健CEO(最高経営責任者)
EMURGOの児玉健CEO(最高経営責任者)
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イーサリアムの初期メンバーとプロジェクト立ち上げ

 児玉氏が仮想通貨を知ったのは、保険販売などを手掛けていた2013年ごろだという。「これは面白い」と考えた児玉氏は、生命保険を販売する顧客に対し資産形成の手段としてビットコイン(Bitcoin)やリップル(Ripple)の購入を勧めることもあった。

 カルダノプロジェクトと初めて関わったのは2015年初頭。当時大阪に住んでいたジェレミー・ウッド(Jeremy Wood)氏と知り合ったのがきっかけだった。

 ウッド氏はイーサリアムプロジェクトの初期メンバーの1人。同じくメンバーの1人で暗号学者のホスキンソン氏と共に、2014年にイーサリアムプロジェクトから離脱していた。

*チャールズ・ホスキンソン氏がイーサリアムから離脱した経緯はリンク先記事参照。イーサリアムを開発したヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏は非営利の組織でプロジェクトを進めたいと考えており、米リップル(Ripple)のような営利企業の設立を考えていたホスキンソン氏と意見が対立した。

 ウッド氏とホスキンソン氏は本来イーサリアムで手掛けたかったブロックチェーンのビジネスを、カルダノでやりたいと考えていた。日本で仮想通貨のコミュニティーを盛り上げたいと考えていた児玉氏は、2人と意気投合。他のメンバーを含め、新たなブロックチェーンと仮想通貨を開発するプロジェクトを立ち上げた。

 開発資金を調達するため、先行するイーサリアムのようにブロックチェーン上で仮想通貨を発行して販売する「プレセール」をする考えだった。「運営企業の構成、役割、資本政策など様々な点を議論した」と児玉氏は語る。

 その結果、以下のような組織構成が固まった。ホスキンソン氏はブロックチェーン開発企業「IOHK」を立ち上げる。仮想通貨の販売は児玉氏が社長を務めていたアテインが統括。さらに第3の組織として「カルダノ財団」を設立し、開発とセールスの双方を監査する形とした。

 当の児玉氏はプレセールに際してアテインの社長を別の社員に譲り、カルダノのブロックチェーンの商業的な用途を開拓する事業を始めた。これが後のEMURGO設立につながる。

 児玉氏が社長を務めていた当時のアテインの従業員は5人ほどだったが、事業をカルダノのセールスに一本化し、新たに人材を採用した。プレセール中は20~30人が在籍していたという。

法的位置づけが定まっていなかった仮想通貨

 カルダノプロジェクトが始まった2015年当時、仮想通貨が有価証券に当たるか、集団投資スキームに当たるかなど、法的位置づけは明確ではなかった。仮想通貨を法的に規定した改正資金決済法が施行されたのは2017年のことだ。児玉氏によると、プレセールに関する法的アドバイスを法律事務所に求めたところ、多くの事務所は依頼を断ったという。

 「最終的に2つの大手法律事務所から意見が得られた」(児玉氏)結果、弁護士の意見を基に、カルダノエイダのプレセールを適法に進められる国・地域として8カ所に販売地域を絞り込んだ。日本、韓国、中国、タイ、マレーシア、フィリピン、台湾、ベトナムである。米国やロシア、カナダでは法に触れる可能性があるとして候補から外した。

 仮想通貨の販売に関する明確な法規制はなかったが、金融商品取引法の規制に準じたコンプライアンス(法令順守)が求められる可能性はあった。新興の仮想通貨は株式などと同じく将来の値上がりや配当を期待できるほか、仮想通貨によっては運営の意思決定にも関与できるためだ。

 順守すべきコンプライアンスの項目としては「取引先が反社会勢力に属していないか」「知識の乏しい投資家に販売していないか」「『確実にもうかる』『元本保証』など利益確定をうたう勧誘をしていないか」などがあり得た。

購入者の反社チェックは適切だったのか

 このうち購入者の犯罪歴や反社会勢力のチェックはどのような態勢でしていたのか。児玉氏は「弁護士のアドバイスに従い、本人の身元を確認する『KYC(Know Your Customer)』を実施していた」と回答した。

 だがチェック体制は万全と言えたかについては、疑問の余地がある。

 アテインは月当たり購入額4800ドル未満の顧客については身分証明書と顔写真のコピーをアテインに送ればよしとした。一方、月2万4000ドル以上の高額購入者は犯罪歴や反社会的勢力か否かをチェックしていたとする。

 高額購入者の具体的なチェック方法を聞いたところ「主に日経テレコンで顧客の名前を検索していた」(児玉氏)との回答だった。

 個人の犯罪歴はともかく、個人が反社会的勢力に属しているかのチェックは日経テレコンの検索では難しい。例えば保有クレジットカードの有無の確認はしていたか、との問いに、児玉氏は「クレジットカードチェックはしていなかった」と回答した。