ビットコインとグローバル規制当局との隔たりを埋めるには

ビットコインがニューヨーク州などの規制当局にとって取り組むべき課題となった2015年以来、仮想通貨(G20は現在、暗号資産と呼んでいる)の規制は、金融システムの安定化を図る金融安定理事会(FSB)や、マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与対策で指導的役割を果たす政府間会合の金融活動作業部会(FATF)といった組織を主として、多くの場で議論されてきた。

しかし、大手ソーシャルメディアのフェイスブック(Facebook)の仮想通貨リブラ(Libra)が様相に変化をもたらし、おそらくこの先、規制に関しての議論が非常に多く行われることが予想される。確かにこれらの議論は、テクノロジーアーキテクチャについてよりも、インターネットテクノロジーに特化した企業のサイズについてのものになるだろう。

それでも、大半の政府がブロックチェーンをベースとした新しい金融イノベーションを求めているにもかかわらず、暗号資産とブロックチェーンの歴史を通じて、規制当局は敵とみなされてきた。

主な問題は、このエコシステムにおけるステークホルダー間の適切なコミュニケーションのルートがいまだに無いことだ。規制当局はオープンソースエンジニアと語り合うための機能的言語を持たない。オープンソースエンジニアは時に、規制当局と話し合うことを望まない。

企業は、規制との衝突を避けつつ、新しく未成熟なテクノロジーを利用することを望む。市民は企業に透明性を必要とするが、ビジネスの透明性を確保するための標準的基準は存在していない。(私自身もそうであることを望むが、)一般的に規制当局はイノベーションを妨げることを望んでいないし、オープンソースエンジニアも犯罪の手助けをすることを望まない。両者の目指すところはほとんど同じである。

しかし、状況をより生産的なものにするためには、このコミュニケーションにまつわる問題を解決する必要がある。そして今、解決に向けた動きが始まりつつある。

G20における歴史的議論

2019年6月8日と9日の両日、G20の財務大臣と中央銀行総裁が福岡市で会合を行い、経済に関連する問題を議論する20の国の政府が一堂に会した。

FSB、FATF、そして世界各国・地域の証券監督当局や証券取引所等から構成される証券監督者国際機構(IOSCO)は、G20の指揮の下に規制を整備する組織である。G20福岡会合を前に、FSBは「分散型金融テクノロジー:金融の安定性、規制とガバナンスへの影響に関する報告書」と題した洞察に満ちたレポートを発表した。

このレポートはマルチステークホルダーによる議論の重要性と、健全なエコシステムの形成のためには、規制と法律が完璧なツールではない、ということを強調している。そして、オープンソースエンジニアを含む、すべてのステークホルダーの貢献が不可欠だと結論づけている。

G20は6月8日、「G20技術革新にかかるハイレベルセミナー(デジタル時代の未来)」を開催し、マルチステークホルダー・ガバナンスの問題を議論した。

このセミナーこそまさに、FSB副理事長のクラス・ノット(Klas Knott)氏、世界の主要銀行の集まりである国際金融協会(IIF)のマネージングディレクター、ブラッド・カー(Brad Carr)氏、有名な暗号作成者のアダム・バック(Adam Back)氏、中立的な学術界の見解を代弁する私、松尾真一郎、そして、モデレーターを務めた、日本初の大学間のインターネットコミュニケーションネットワークを開発し「インターネットサムライ」の異名を持つ有名な村井純氏を含む、様々なステークホルダーによる議論のジェネシスブロック(ブロックチェーンにおける最初のブロック)であった。

パネリスト:村井純氏、アダム・バック氏、ブラッド・カー氏、クラス・ノット氏、松尾真一郎氏(左から)(写真:松尾真一郎氏・提供)

まずノット氏が最初にFSBレポートと、規制上の目標を含む、規制当局の見解について説明した。続いてカー氏が、ファイナンシャルインクルージョンを含む分散型金融の適用可能性についての議論を展開した。バック氏は、ブロックチェーン技術がいかに規制上の目標を実現するための優れたツールであるかを説明した。

私は、マルチステークホルダーによる議論が、いかにして分散型金融の世界において、誰の許可もなく起こせるパーミッションレスイノベーション(パーミッションレスイノベーション:Permissionless Innovation)を健全に促すことができるかについて説明した。我々はさらに、マルチステークホルダーによる議論が分散型金融の実現のために必須であるという点で同意した。

このセミナーとG20議論の結果として、次の歴史的文言が公式声明に書き込まれた。

「我々は分散型金融テクノロジーと、金融の安定、規制、ガバナンスにもたらすその影響、そして規制当局がいかにしてステークホルダーのより幅広いグループとの対話の質を高めるかについてのFSBのレポートを歓迎する」

マルチステークホルダー・ガバナンスが持つ意味

一般的に政府は、すべてをコントロールする権利を維持する傾向にある。通信の世界でグローバル空間を作り出したインターネットは、コミュニケーションのグローバル空間を作り出すもので、そのような秩序に対する最初の挑戦だった。ここで、「グローバル」は「(国家間のという意味の)インターナショナル」とは異なる。国とは無関係のものだからである。

インターネットはまた、マルチステークホルダー・ガバナンスの最も成功した事例の一つである。

インターネットの場合でさえも、政府は唯一のガバナンスのエンティティ(存在)であろうとしたが、その試みは失敗に終わった。政府はインターネットガバナンスフォーラム(IGF)や、インターネットのIPアドレス、ドメイン名などのリソースを管理する非営利団体ICANNのステークホルダーの一つである。

この構造は膨大な数のパーミッションレスイノベーションを促す素晴らしい基礎であるが、一方で規制への準拠も実現できる。同様の状況は金融の世界でも起こることになるが、このことこそ、マルチステークホルダーの関与が自らのガバナンスの力を制限することになるかもしれないのに、FSBやG20が声明を成立させるために努力を行った理由である。

ここではステークホルダーには、オープンソース開発者、規制当局、企業、消費者、学術界が含まれ、それらは皆、金融の世界で規制とイノベーションが現在置かれた混沌を解決しようとしている。私は、金融の安定、消費者の保護、犯罪の防止という規制上の目標についての共通の理解を持つことから始めるのが良いだろうと考えている。

これらの目標に関するマルチステークホルダーの議論は、「規制」よりも健全な「ガバナンス」を作り上げることになるだろう。

学術界が対話を促す

残念ながら、ステークホルダー間のコミュニケーションは、現状では十分ではない。しかし、共有された理解と学術的に検証された証拠に基づいた、より落ち着いた対話が必要である。

喜ばしいことに、ステークホルダー間の対話を促進する既存の取り組みがいくつか存在している。スケーリングビットコイン・ワークショップは、学者が主導するテクノロジーを議論するフォーラムを作るために2015年にスタートした。 同様に現在では、規制当局も学者や経済学者と議論を行っている。

カナダ・バンクーバーで開かれた「G20 meets G-20」ワークショップの様子(写真:松尾真一郎氏・提供)

このような背景から、学術界はすべてのステークホルダーを一つの場所でつなげる優れた信頼点として中立的な土台となることができると、私は考えている。

BSafe.networkと呼ばれる大学のグループ(現在は14か国の31の大学)は、そのグローバルな中立性に基づいて、マルチステークホルダーの議論を促進するために新しい取り組みを開始した。G20財務大臣会合の直後、BSafe.networkはブリティッシュコロンビア大学と共同で「G20 meets G-20」というマルチステークホルダーワークショップを開催した(ここでのG-20は、G20以外の世界中の全ての国を指す)。それはマルチステークホルダーの議論の一連の事前イベントの最初のものであった。

分散型金融アーキテクチャワークショップ(Decentralized Financial Architecture Workshop)という同様のワークショップが、スケーリングビットコイン2019・テルアビブと同じ場所で開催される予定で、我々は規制当局とビットコインエンジニアの真の関わり合いが見られることを期待している。

フェイスブックのリブラを巡る現状の議論を見ていると、イノベーションをより健全なものにするためには、より節度を持った、そして学術界が下支えした議論が必要という結論に至る。実はリブラ協会は、リブラのアーキテクチャがどのように規制上の目標を実現するかについて説明していない。規制についての議論を始めるためには、規制上の目標とアーキテクチャに関するすべてのステークホルダー間の共通の理解が必須である。

マルチステークホルダー・ガバナンスを適用するのには、これは優れたテストケースである。

マルチステークホルダー議論のための公式の組織を設立するのは、インターネット・ガバナンスの場合よりも、金融に関しての方が難しいかもしれない。1年以上はかかるかもしれない。しかし、G20と一連のワークショップに触発された歴史的なメッセージは、健全なブロックチェーンエコシステムへ向けた新しい時代のドアを開けると信じている。


松尾真一郎氏はジョージタウン大学で研究教授およびB-TED研究センターのディレクターを務めている。31の大学が利用する国際的なブロックチェーンリサーチテストネットワークのBセイフネットワーク(BSafe.network)の共同創設者でもある。松尾氏は、10月2・3日に都内で開かれる日本最大級のブロックチェーンカンファレンス「b.tokyo 2019」に出席し、「なぜマルチステークホルダーの議論が必要なのか:G20の議論を振り返る」と題するキーノートスピーチを行う予定だ。


翻訳:山口晶子
編集:佐藤茂
写真: Shutterstock
原文:Bridging the Gap Between Bitcoin and Global Regulators