日本、中国の規制強化でブロックチェーン天国になったシンガポール。チャイナマネーも流入

シンガポール

香港の中国化で、フィンテック都市として存在感を高めるシンガポール。

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「コインハイブ事件(※文末に注釈)などを見ても、日本って合法かどうかグレーの技術を黒に寄せようとするじゃないですか。ルールがあいまいなものを日本やることのリスクは大きいです」

ブロックチェーン向けサービスを展開するイーサセキュリティの加門昭平社長(36)は東京に社員を残して2018年8月にシンガポールで法人を設立、単身移住した。

加門さん

IT企業を経営する加門さんは、東京に社員を残し単身シンガポールに移住した。

加門さんはサイバーエージェント勤務などを経て、インフラエンジニアとして独立。仮想通貨市場の拡大とともに、ウォレット向けインフラ構築を依頼されることが増え、2016年3月に東京で会社を設立した。

日本の事業に不安を感じるようになったのは、2018年初めのことだ。仮想通貨取引所コインチェックから580億円相当の仮想通貨「NEM(ネム)」が流出した事件を機に、金融庁は取引所の監督を強化した。リスク管理体制への要求は一気に引き上げられ、大手企業の参入が進む一方、仮想通貨・ブロックチェーンを手掛ける多くのスタートアップがビジネスモデルの見直しを迫られた。

加門さんは海外市場に活路を求め、複数の国を視察した。当初は台湾に拠点を移すことを検討したが、中国の影響が強まっていることを懸念し、最終的にチャレンジを推進する気風が高く、規制も分かりやすいシンガポールを選んだ。

「海外でビジネスをする英語力をつけるために、バンクーバーで半年語学留学もしました。ASEAN地域へのサービス展開を目指したい」(加門さん)

と、リモートワークやシンガポール国内で開発に従事する人材の採用を進めている。

パラダイスから氷河期に

as2

ACCESSのAnson Zeal代表(左)は7月、平野氏(右)が代表理事を務めるBCCCの顧問に就任した。

「2年前まで、日本はブロックチェーンのパラダイスだったのに……」

ソフトウエア開発アステリアの社長で、ブロックチェーン技術の普及推進を目的にした業界団体「ブロックチェーン推進協議会(BCCC)」の代表理事も務める平野洋一郎氏は、残念そうに話した。

日本では仮想通貨を取り扱う初の法律「改正資金決済法」が2017年4月1日に施行され、仮想通貨の存在を認めるとともに、関連する規制が整備された。

その直後の同年9月には中国がICOや仮想通貨取引を全面禁止。環境が透明な市場として評価が高まった日本には、中国をはじめとするアジアの企業が続々と進出した。

仮想通貨でプロジェクトの資金を調達するICOも盛り上がりを見せた。ブロックチェーンを活用したソーシャルメディアを展開するALISが2017年9月のICOで4億円以上集めると、スタートアップがこぞってICOの準備に動いた。

「振り返ると、あの時期が日本のブロックチェーン市場のピークでした」(平野氏)

コインチェック事件後に仮想通貨バブルもはじけ、日本のブロックチェーン市場はパラダイスから一転氷河期に突入した。

ICOも事実上禁止となり、2018年以降は国内で実行された案件はない。

政府の支援、香港の失速も追い風に

森弁護士

シンガポールで日系企業などのビジネスを支援する森弁護士。

中国もダメ、日本もダメ……となり、仮想通貨・ブロックチェーン企業の受け皿として台頭したのが、シンガポールだ。

BCCCと提携するシンガポールのブロックチェーン業界団体ACCESSの幹部は、「シンガポールがブロックチェーンのハブになったのは2017年、2018年ごろ」と語った。

シンガポール政府はフィンテックを産業の柱に置き、ブロックチェーンの取り組みもサポート。政府系ファンドが有力スタートアップに出資し、さまざまな角度から支援する。

現時点では仮想通貨取引や仮想通貨交換業の規制がなく、事業の自由度も高い。

中国支配が強まることを嫌って、香港からシンガポールに移転する中国系企業も多く、産業のすそ野を広げている。

シンガポールで企業のビジネスをサポートする森和孝弁護士は、「2018年前半はシンガポールでICOが大活況だった。テンセント(騰訊)のような巨大テック企業のチャイナマネーも流れ込み、20、30億円がすぐに集まる案件も少なからずあった」と話した。

日本でICOの見通しが立たなくなった日本企業からも、森弁護士のもとに「シンガポールでチャレンジしたい」との相談が相次いだという。

ただ、森弁護士は「私が相談を受けた中では、日本企業がシンガポールに現地法人を設立することなく、遠隔でICOに至った事例はない」とも付け加えた。

ICOの舞台を変えれば、投資家のバッググラウンドもニーズも変わるため、日本で構想していたプロジェクトでは通じにくいことが一つの理由だという。

ブロックチェーン推進……でも銀行の態度は逆

コワーキングスペース

シンガポールにはフィンテックに特化したコワーキングスペースも多く、多くのブロックチェーンスタートアップが入居する。

一方で、シンガポールも今年に入って、環境が大きく変化している。

森弁護士によると、詐欺の多発や仮想通貨の暴落が影響し、「2019年はICOで5、6億円集めるのも大変になっている」という。

また、仮想通貨交換業に3層のライセンス制とする新法が2019年1月に成立し、近く施行される。タイやフィリピン、マレーシアでも、自国事情に合わせた規制の整備が進んでいる。

日本、中国、そしてASEANのブロックチェーン企業の結節点になった感もあるシンガポールだが、森弁護士は、「シンガポール政府はブロックチェーンを推進する一方で、マネーロンダリング規制はかなり厳しい」とも強調した。

仮想通貨はマネロンに使われることが多く、銀行は仮想通貨やブロックチェーンを扱う企業との取引には極めて警戒感が強い。

アステリアのシンガポールオフィスも、シンガポールの銀行から口座開設を認められなかった。同社は香港に開発拠点を置いていたが、中国で仮想通貨が禁止されたこともあり、2018年1月に香港の研究開発チームをシンガポールに移転した。

「当社はブロックチェーン事業を始めた直後で、事業内容にもその説明を記載していました。それが理由で、シンガポールの銀行から口座開設を拒否されたのです」

その後、同社は東証一部に上場していることや、これまでの長年の事業実績を証明する書類を提出し、最終的に口座開設は認められたという。

平野氏は「シンガポールがブロックチェーンを推進しているのは間違いない。一方で、金融当局はマネロン対策に神経を尖らせており、その矛盾が現場で生じることはある。日本企業が進出するときに『え?』と思うこともあるので、現地の業界団体との情報交換や協業を密にしていきたい」と述べた。

※コインハイブ事件:仮想通貨マイニングのため、他人のパソコンを無断で作動させるコインハイブのプログラムをウェブサイト上に保管したなどとして、不正指令電磁的記録保管の罪(通称ウイルス罪)で、複数の人物が摘発された事件。略式起訴されたウェブデザイナーが処分を不服とし、正式裁判に移行。2019年3月の地裁判決で無罪の判断が下された。

編集部より:初出時、森弁護士の発言として、「私が相談を受けた中では、日本企業がシンガポールにでICOに至った事例はない」と記載しましたが、正しくは「現地法人を設立することなくICOに至った事例はない」でした。訂正いたします。 2019年8月2日 12:30

(文・写真、浦上早苗)

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