HOW THE WORLD’S FIRST BITCOIN HEIST WENT SOUTH

アイスランドからアムステルダムへの逃走劇──空前絶後? のビットコイン盗難事件【後編】

北極圏に近い島国アイスランドには、アメリカ西部開拓のゴールドラッシュ時さながらに採掘者団が殺到していた。西部劇そのままのような大胆な窃盗と逃走劇がくり広げられたビットコイン盗難事件の顛末を英版『GQ』が追った。後編をお届けする。

元ドラッグ密輸業者のアンソール・クリストジャン・カールソンは、ロッテルダムからアイスランドに向かうコンテナ船を密輸に利用していた。

ドラッグ密輸人がビットコイン強盗に変わるまで

42歳のアンソール・クリストジャン・カールソンは長身で筋骨隆々とし、腕筋もまるでポパイのようで、体の横幅もめっぽう広いプロレスラー体型の男だ。そんないかつい体格でありながら、会話のセンテンスの終わりが近づくたびに、まるでジョークのオチの前ふりをするかのように皮肉っぽい笑みを浮かべるところが、いかにもアイスランド人らしく愛嬌もあって、暴行や財物強要などの罪で7年間の懲役刑を終えて1カ月前に出所したばかりの男とはとうてい思えないほどだ。

カールソンは、この道20年以上のドラッグ密輸人だ。初期には首都レイキャビクに入港する巨大なコンテナ船を利用していた。オランダのロッテルダムで港湾労働者に包みを手渡し、それをコンテナに忍び込ませていたのだ。2004年に彼は逮捕されたが、それを機に足を洗うどころか、新たな手口を見つけるほどだった。「ドラッグを箱に入れて適当な差出人名で発送するんだ。そうすると、UPSで働いている男がいて、税関検査される前の貨物からより分けてくれる」という。

カールソンの商売を支えてきたのが、総人口35万人に満たない小国とは思えないまでに旺盛なアイスランドのドラッグ需要だ。9世紀にノルウェー王の支配から逃れるために船出したバイキングたちが建国したこの国は、独立と自由の気風に満ちており、それが人口1人当たりに換算すれば世界に冠たるまでのドラッグ需要をもたらしている。コカ・コーラの消費量も、マリファナやコカインなど各種ドラッグの摂取量も、1人当たりならアイスランドが世界一なのだという。

アンソール・クリストジャン・カールソンの人脈がシンドリ・ステファンソンとつながったのも、ドラッグ取引を通じてだった。ステファンソンの幼馴染みのハフトル・フリンソンは先に述べたようにドラッグ密輸で財をなした男であり、ステファンソンもかつてはドラッグビジネスに関わっていた。

“冷却と電力。それらの条件は、神の恩籠かと思えるまでにアイスランドの国情と合致するものであった"

シンドリ・ステファンソンは1986年にレイキャビクから400kmほど離れた小都市で生まれた。子ども時代に現在でいうADHD(注意欠陥多動性障害)と診断され、施設から施設へとピンボールの球のように行き来して育った。16歳で違法ドラッグに初めて手を出し、20歳になるまでに200件もの警察の犯罪記録に名を連ねることになった。2010年に4カ月の刑期を言い渡され、更生施設に入った。その後は結婚して身を固め、3児の父となった。アイスランド大学のコンピューターサイエンス学科に入学し、人気モバイルゲーム「FlappyBird」のHTML5版を開発するホームプロジェクトに参加するなどしたあと、同大学を卒業。その後ステファンソンは、マリファナ栽培で金儲けをしようと考え始める。しかし2015年、彼はマリファナ200g、覚醒剤130gの所持で警察に逮捕され、ドラッグ成金の夢は潰える。

17年5月、ステファンソンはGorillaHitというeコマースサイトを開設し、プロテインダイエット・ピルの販売をはじめた。その商売を始めた動機は、ビットコイン採掘者たちのように「寝ている間に金を稼ぎたかったからだ」とステファンソンは答えている。

ビットコイン採掘機器の連続窃盗事件が始まるのはその年、17年12月のことだ。誰が、そして何が、ステファンソンたちの目をマイニング企業のデータセンターに向かわせたのかはいまだ定かではないが、とにかくそうして事件は起きた。

連続盗難事件とビットコインの夢の跡

2017年12月5日夜、シンドリ・ステファンソンにマティアス・ヨニ・カールソン、ペートゥル・スタニスラフ・カールソン兄弟を加えた3名の男が、アイスランド南西部のアスブルという町にあるAlgrimConsulting社データセンターに侵入し、マイニング用PC104台ほかを盗みだした。被害総額は30万ポンド(約4350万円)に及んだ。

シンドリ・トール・ステファンソンは、マイニング用コンピューター盗難に関与したアイルランド人7人のうちの首謀者である。

それから10日後の12月15日、窃盗団は首都レイキャビクに程近いボルガルネースという町に狙いを移し、ステファンソンとマティアス・カールソンの2名がAVK社データセンターに侵入してマイニング用PC28台、4万5000ポンド(約653万円)相当を盗みだした。フィヨルドの地下トンネルに設置された1台の防犯カメラが2人の姿を捉えたことで警察は尋問を行ったが、110kmほど離れた町で10日前に起きた窃盗事件との関連を警察は夢にも思わず、その場で両名を解放してしまう。

12月26日、窃盗団は再びアスブルでBDC Mining社施設を狙ったが、防犯アラームが鳴り響いて断念した。2018年1月16日、窃盗団はアスブルのAdvania社データセンターを襲った。ステファンソンの幼馴染のフリンソンが遠くスペインから糸を引いたらしく、一行は内部協力者の警備員の協力を得て防犯アラームを解除し、皆が警備員の制服をまとってわずか数分で盗み出したのは、マイニング用PC225台、30万ポンド(約4350万円)相当だった。

アスブルを所轄するレイキャネス警察のオラフル・キャルタンソン署長は、一連の窃盗事件に同一組織による犯行のにおいを感じていた。そして2018年2月1日、シンドリ・ステファンソンら3名を逮捕する。2019年1月17日、ステファンソンは4年半、フリンソンは20カ月の懲役刑を宣告され、計7名の窃盗団には21万ポンド(約3045万円)の損害賠償金支払いが命じられた。しかしそれでも、ステファンソンは詳細の供述を拒みつづけ、事件の真相はいまだ闇に包まれたままだ。

ステファンソンがアムステルダムで逮捕された直後の2018年4月、中国の国営メディアは、600台近くのビットコイン採掘機械が北京近郊で押収されたと報じた。そのニュースはキャルタンソン署長の興味を強く引いたが、中国の官僚機構を相手にすることは「汚れた水のプールで泳ぐようなもの」で、捜査は視界不良となることをキャルタンソン署長は心得ている。こちらの進展も望み薄だ。

ならば600台はどこに消えたのか? 前述のITスペシャリスト、オーディンソンによれば、600台ものマイニング用コンピューターがあれば月に8000ポンド(約116万円)のビットコインが採掘できるという。ひとりの男が遊んで暮らすには充分な額だ。盗品は内陸のどこかに隠されているのではないかと多くの人が考えている。いずれにせよ、この事件を機に、アイスランドの政治家はビットコイン採掘の膨大な電力消費を問題視しだした。ビットコイン価格も1万5000ポンド(約218万円)近い高値から3000ポンド(約4万3500円)にまで急落してしまった。

ゴールドラッシュのように降って湧いたビットコイン採掘ブームの熱気とともに萎んだ「寝ている間に金を稼ぐ」というステファンソンの夢は、かくして自由を得られぬ刑務所で描き直さなければならなくなったのだ。

TEN YEARS IN THE MAKING

ビットコイン機器連続窃盗事件に至るまでの10年

2008年9月15日 アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、アイスランドは国家破綻の危機に瀕する。

2017年12月5日 シンドリ・ステファンソンら3名がアイスランド南西部のアスブルでマイニング用PC10台など30万ポンド(約4350万円)相当の機器を盗みだす。

2009年1月9日 サトシ・ナカモトと名乗る謎めいた投資家がビットコインの理論を発表する。

2017年12月26日 ステファンソンともう1名が再度アスブルでの窃盗を試みるが、防犯アラームで断念。

2009年1月20日 国会議事堂前に国民が集まって「鍋とフライパン革命」を起こし、不良債権を膨らませた銀行の救済への「ノー」を突きつける。

2017年12月15日 窃盗団はボルガルネースという別の町に向かい、PC28台、4万5000ポンド(約653万円)相当を盗みだす。ステファンソン以下2名が逮捕されるが釈放される。

2017年12月1日 ビットコインの価値が1万4760ポンド(約214万円)の高値をつける。

2018年1月16日 窃盗団は警備員の内部協力を得て、アスブルのAdvania社施設での犯行に成功。

2018年2月1日 ステファンソン以下3名が逮捕される(その後、さらに19名が逮捕される)。

2018年4月22日 ステファンソン、オランダのアムステルダムで逮捕される。

文・ピーター・ウォード、ショーン・ウィリアムズ イラスト・ジェームズ・ヤマサキ 翻訳・待兼音二郎