Facebook仮想通貨「リブラ」は本当に危険か?グローバル金融システムの破壊者にはなれない

リブラ。

Reuters/Dado Ruvic

フェイスブックが発行を予定する暗号資産(仮想通貨)「Libra(リブラ)」を巡る議論が熱を帯びている。7月は米議会の公聴会や主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などで議論が重ねられた。

フランスで行われたG7は、リブラに対し「最高水準の規制が必要」との議長総括で締めくくられている。これまでもトランプ米大統領や米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長、ムニューシン米財務長官など、米政府高官が相次いでリブラに対し否定的な発言を口にしている。フェイスブックにそのような意図があるかどうかはさておき、「リブラ vs. 既存権力」という二項対立の構図は明白である。

表向きの意図は「社会貢献」

天秤座(リブラ)。

天秤座(リブラ)は公正さ、正義、そして「公平な分配」を意味する。

Hulton Archive / Getty Images

リブラの表向きの意図はあくまで社会貢献だと言われており、このプロジェクトを支持する論陣もおおむねこの「大義」に乗っているという印象である。

リブラによってシンプルかつ低コストで国境のない金融インフラが確立され、「アンバンクト(Unbanked)」ないし「アンダーバンクト(Underbanked)」と呼ばれる金融サービスを享受できない層も受益することができるという、いわゆる金融包摂(Financial Inclusion)のコンセプトがこのプロジェクトのミッションだと言われている。

金融包摂とは「全ての人が金融サービスにアクセスできて経済活動に活かせる状況」を実現しよう、という社会貢献の目線からフィンテック界隈で注目されている新語だ。

後述するように、マネーロンダリングや個人情報保護、既存の金融システムへの打撃など論点は出そろっているものの、いち民間企業によるこの壮大かつ清廉な主張をどこまで信じるのか、というのが上述した二項対立の根本的な出発点である。

現時点で、リブラプロジェクトの正否や善悪を完璧に議論するのは難しい。プロジェクトの生殺与奪を握る政策当局の姿勢が定まらないうちに言えることは限られている。

だが、それ以前の問題として、リブラがマクロ経済に与え得る影響についてやや誤解が見られるように思うので、エコノミストの立場から適切な解説を試みたいと思う。

筆者は技術的なことはよく分からない。しかし、マクロ経済分析との絡みにおいては、リブラの影響を不必要に過大に見積もる論調がしばしば見られており、非常に気がかりである。

利用者保護など「規制」の方向

カリブラ。

Libraの送金に対応する「カリブラ(Calibra)」 の送金画面。

Facebook

7月15日、国際通貨基金(IMF)が『FINTECH NOTES:The Rise of Digital Money』(デジタルマネーの台頭)と題したデジタル通貨(e-money)に関する報告書を発表しており、警戒感を露わにしている。

報告書の中で、IMFはデジタル通貨に伴うリスクとして、匿名性の高さに起因するマネーロンダリング、利用者保護の問題(≒民間企業が大量の個人情報を掌握する弊害)、貨幣需要の減退に伴う金融政策への影響、金融システムの不安化、国際資本移動に関する重要データの取り扱いなどに言及している。

マネーロンダリングや利用者保護などにかかる論点は、暗号資産ブームに伴ってしばしばG7を筆頭とする国際会議でも取り上げられており、しかるべき規制を敷く方向で国際的な意見集約が進んでいる

フェイスブックはアメリカ企業なのでアメリカの規制が適用されるわけだが、リブラの持つ超国家性ゆえに規制は国際的に合意の得られる規制が必要という背景がある。

既存の決済システムが前提

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO。

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO。

Getty Images/Justin Sullivan

リブラの仕組みは法定通貨の信認と既存の頑健な中央銀行決済システムを前提としており、その意味で「既存の金融システムからの解放」というコンセプトにべったりというわけではない。

具体的には、運営主体となるリブラ協会はリブラの発行金額に対してリブラリザーブと呼ばれる安全な裏付け資産を保有することになっており、これは主要通貨バスケット(複数の通貨を入れた「バスケット」を想定し、それらの通貨の価値を加重平均して交換レートを算出する方式)を前提とする銀行預金や短期国債などで運用することになっている。

つまり、繰り返しになるが、リブラは既存の法定通貨の信頼の下で、顧客から振り込まれた資産および供給するリブラの価値を担保することになるのだ。これが他の多くの暗号資産と異なる点である。

こうした設計ゆえに、かつての暗号資産と異なり価格変動も最低限に抑制され、決済手段としての利便性に期待できるとの評価は多い(ちなみに、バスケット通貨に対して安定はするのだろうが、これを構成する各国通貨に対しては変動が予想されることは注意されたい)。

しかし、「法定通貨に裏付けられる」ということは当然、既存権力が法定通貨向けに提供する中銀決済システム(Fedwire、TARGET2、日銀ネットなど)に依存するということでもあり、フェイスブックが「規制当局の承認なしにリブラを発行することはない」と証言しているのは当然と言えば当然である。

イランにそうしたように、規制当局は意にそぐわない事業者を国際送金網から孤立させることができる。何を置いても当局の承認は必要である。

「新興国にリスク」IMFが警告

フェイスブック。

Reuters

フェイスブックのユーザーは27億人と世界人口の約3割に及ぶこともあって、マクロ経済への実質的な影響が取りざたされていることは、エコノミストの視点からも無視できない。

リブラが既存通貨や銀行部門の機能に取って代わることで想定される、中央銀行や金融政策への影響が論点化されることが多いようだ。これまで粗製乱造されてきた一連の暗号資産においては、ここまでの次元の議論は出てこなかった。

現時点で筆者が最も受ける照会はやはり金融政策への影響であり、その中でも脆弱な新興国経済に与える影響について関心が高いように見受けられる。

リブラの登場によって既存の銀行部門から預金が枯渇するという懸念も頻繁に見受けられるが、これは「信用創造」というマクロ経済における銀行機能を正しく理解していないことから生じる誤解である。今回は割愛するが、別途機会を設けて解説できればと思う。今回はリブラが新興国経済に与え得る影響に焦点をあてて議論を進める。

IMF報告書でも「例えば、脆弱な政策当局の下、高インフレ体質の国の場合、新しい形の貨幣が普及することによって貨幣の代替が進み、金融政策の波及経路に対するリスクが浮上する(Risks to monetary policy transmission, for instance, could emerge from currency substitution in countries with weak institutions and high inflation if new forms of money become widespread)」との指摘が見られた。

さらに「外貨としてのデジタル通貨の利用が広がれば、国内の計算単位はデジタル通貨建てに移行し得る(As usage of foreign e-money spreads, the domestic unit of account could switch to that in which e-money is denominated)」と続ける。結果、「中央銀行は金融政策のコントロールを失う(central banks could lose monetary policy control)」と明記している。

IMFがここまで書けば、当然、国際社会は脅威と受け止めざるを得ないだろう。要するに、リブラがあることで脆弱な新興国の自国通貨が駆逐され、当該国の金融政策が無効化するという懸念

「資本流出の懸念」はリブラ特有ではない

ドル紙幣。

「脆弱な新興国」はリブラがあろうがなかろうが、資本流出の懸念にさいなまれるのが歴史の常だ。その国の既存通貨と置き換わるのが米ドルでもリブラでも変わりはない。

Shutterstock

しかし、これはリブラに特有のリスクとは言えない。というのも、「脆弱な政策当局の下、高インフレ体質の国」はリブラがあろうがなかろうが、資本流出の懸念にさいなまれるのが歴史の常だからだ。

それがドルではなくてリブラだったからといって特段、新しい議論ではない。いや、リブラの裏付けとなるバスケット通貨(で構成されるリブラリザーブ)の50%以上がドル建てになると言われているのだから、本質的には「ドル化寄りのリブラ化」である。

もちろん、違いはある。法定通貨がある国で流通するドルは基本的には違法であり、違法だからこそ不適切な闇レートを通じて当該国経済に少しずつ浸透していくことが予想される。

片や、家計部門や企業部門が高インフレゆえに購買力の低下が危惧される自国通貨を回避し、リブラを選ぶ動きが強まること自体は違法ではない。

その意味でドル化よりもリブラ化のスピードはおそらく速いだろう。影響速度に違いはありそうだ。

だが、あくまでも事の発端は「物価の安定に失敗した政策当局」であり、ここにリブラが登場することで自国通貨が駆逐されやすくなるというのが理解の順序になる。リブラは確かに脆弱な新興国経済への影響を持つだろうが、それはリブラがなくても潜在的にあったリスクである。選ばれない通貨はリブラがなくても選ばれないだろう。

その上でリブラがもたらす影響として議論を進めるのであれば、リブラの存在ゆえに既存通貨との置き換えが進みやすい環境が用意されてしまうという点を指摘すれば良い。新興国の中央銀行がこの事態を乗り越える方法としては、「あらかじめドルもしくはリブラ(の背景にある通貨バスケット)との交換レートを固定化する」ことなどが考えられる。

この時点で当該国の通貨・金融政策は制約を受けており、それ自体が既存権力のリブラに対する敗北だという考え方は確かにある。

リブラプロジェクトはもうかるのか?

リブラの設立パートナー。

リブラの設立パートナー。

Facebook/Libra

「リブラには金利が付かない」という事実も気になるところだ。法定通貨の金利が今後上がり始めた場合、無利子のリブラへの需要は後退するので、現時点でリブラの金利の有無について断言するのは危ういようにも感じられる。

また、リブラリザーブで運用される主要通貨建ての資産は低金利で張り付いており、ユーロ圏と日本に至ってはマイナス金利である。これはリブラプロジェクトの収益性を考える上でどの程度考慮されている話なのかも気になる。

もっとも決済事業でもうからなくても、そこで得られる取引データを売買することが狙いなのだという見方はある。ただし、それは既存権力も警戒するところであり、それゆえに非常に厳格な規制を受ける可能性が高い。トランプ大統領は銀行免許を要求する発言をしており、そうなるとデータの活用に応じた高収益事業はそもそも制限されるのではないか。

金融包摂という社会貢献に根差したコンセプトを根本に抱えることや、危機を経て金融界自体が世論の反感を買いやすくなっているという事情を考慮すれば、既存権力がリブラプロジェクトを邪険にして、無視し続けるのは難しいだろう(また、そうすべきでもないのだろう)。

しかし、議論がマクロ経済や物価、これを制御する中央銀行の領域にまで及んでいる以上、当初宣言されていた2020年前半はおろか、見通せる将来において簡単に発行に至るようなプロジェクトには思えない。壮大なテーマだからこそ十分な時間と議論を経て、良い形で実現に至ればいいと思う。

今後も制度設計は逐次修正が予想されるため、マクロ経済・金融分析の目線からもウォッチしていきたいテーマである。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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