日本の議論

リブラは世界を変えるか 「国際送金など利点」「普及にハードル」

 米交流サイト大手フェイスブックが発行を計画している暗号資産(仮想通貨)「リブラ」は、世界中の人々に安価な金融サービスを提供する可能性がある一方、犯罪に悪用されるリスクも懸念されている。リブラは世界をどう変えるのか。金融とITが融合した「フィンテック」を手掛けるジャパン・デジタル・デザインの楠正憲最高技術責任者(CTO)と京都大大学院の岩下直行教授に聞いた。

(経済部 蕎麦谷里志)

楠氏「国際送金など利点多い」

 --リブラで暮らしはどう変わるのか

 「これまでフェイスブックでは友達同士で自由にメッセージのやり取りができたが、お金も送れるようになる。しかも手数料は安く、国境を越えた送金も手軽にできればメリットは大きい。さらに、音楽やゲームなどのサービスが安価に提供される可能性もある。今はスマートフォンのプラットフォームを提供する(米IT企業の)グーグルやアップルが、コンテンツの提供者から3割程度の手数料を取って販売しているが、リブラを使った決済が普及し、コンテンツ提供者が直接販売できるルートが確立されれば競争原理がもたらされるかもしれない」

 --リブラは新興国などへの支援も目的に掲げている

 「日本人だと中高生でも銀行口座が簡単に作れるので、口座が作れないという状況はイメージしにくいが、銀行口座がなければお金をためておく場所がなく、他人への送金もできないし、インターネットでの買い物もできない。銀行口座を持たないことで失っているチャンスも多く、リブラはこうした人たちに金融サービスを提供する可能性をもっている」

 --課題やリスクを指摘する声も多い

 「マネーロンダリング(資金洗浄)対策をはじめ、課題がたくさんあるのは事実だ。どうクリアしていくか考えないといけない。ただ、『(仮想通貨の代表格である)ビットコイン』が出てきた段階でこうした課題は分かっていた。指摘されている一連の課題は27億人のユーザーがいるというスケールの大きさ以外は既に出ていた論点で、リブラによって惹起(じゃっき)された問題ではない。リブラが今後、普及することなく消滅したとしても、第2、第3のリブラのようなものは出てくると考えた方がいい」

 --リブラは広がるか

 「それほど簡単ではない。27億人のユーザーがいるといっても規制をクリアするのに不可欠な本人確認はできておらず、一人一人をチェックしていくのは大変だ。銀行口座を持っていないような新興国の人にとってはリブラを買うことも容易ではないだろう」

 --やれることは

 「例えば(運営団体の)リブラ協会には、配車大手ウーバー・テクノロジーズなども入っている。恐らく、こうしたサービスを使う際、今はクレジットカードで支払っているが、リブラで支払えばお得になるといったサービスは出てくるだろう。また、フェイスブックに載せる広告の支払いはリブラでしか受け付けなくすれば、使い始める企業も増えるのではないか」

 くすのき・まさのり 昭和52年、熊本県生まれ。神奈川大卒。マイクロソフト、ヤフーなどを経て、平成29年10月から現職。日本仮想通貨交換業協会理事、東大院非常勤講師なども務める。

岩下氏「普及へハードル高い」

  --リブラについて、どう見ているか

 「価値を安定させ、安価な決済サービスをアフリカなど新興国に提供するというのが彼らが掲げる目標だ。確かに世界には銀行口座を持っていない人がたくさんいるのは事実で、こうした問題を解決しようという面白い試みだが、新しい決済手段として普及させるハードルは相当高いと言わざるを得ない」

 --何が難しいのか

 「決済に使うには価格を安定させる必要がある。ビットコインは、価格の乱高下が激しく決済手段としては使われなかった。これに対し、リブラは法定通貨などを裏付け資産としてリブラ協会が保有し、価格を安定させるとしている。ただ、価格は市場が決めるともしており、実際に価格を安定させられるかは未知数だ。リブラが値上がりすると考える人が多ければそれだけ価格は上がってしまう。裏付け資産があるため、その価値よりは下回らないという下限がある点でビットコインとは異なるが、値上がりは止められないだろう。もちろん、リブラ協会がリブラを大量に売却して価格を強制的に引き下げることも可能だが、それだとリブラを支持して買った人を損させてしまうことになる」

 --価格が維持できたとしたら

 「そうなると次は、どうやって広めるかという問題に突き当たる。法定通貨と同じ価値しか持たないならば、あえて信用の低いリブラと交換して使う理由はない。ビットコインは価格高騰を期待した人たちが買うことで広がったが、リブラも普及させるには同じような力が必要だ。価格を維持しないと決済に使われないが、広めるには価格上昇が不可欠。リブラは相反する2つのことを同時に追い求めているように見える」

 --各国の規制当局はリブラが持つリスクを警戒している

 「みんなが使いたい便利なものは、犯罪者にとっても便利なものになる。いま世界では麻薬や武器の取引、脱税、テロリストの資金調達などができないよう、銀行などの規制を強化している。同じような対応をフェイスブックが果たしてできるのか疑問だ」

 --新興国などでは、有益なのではないか

 「新興国でも一部の国では自国通貨を使った電子決済のイノベーション(技術革新)が既に起きている。例えば、ケニアでは『エムペサ』という電子決済サービスが普及し、銀行口座を持つ人がこの10年で4割から8割へと倍増した。リブラでなくとも、こうした形で金融サービスを届けることは可能だ」

 いわした・なおゆき 昭和37年、栃木県生まれ。慶大卒。日本銀行でFinTechセンターの初代センター長を務め、平成29年4月から現職。金融庁参与も兼務する。

【記者の目】課題は各国の協調

 リブラの発行に備え、重要となるのが国際的な協調とルールの整備だ。仮想通貨は簡単に国境を越えるため、犯罪者も世界中から規制の緩い場所を探し入り込もうとする。各国が足並みをそろえ、規制水準を底上げすることが、犯罪抑止の面では不可欠となる。

 しかし、簡単ではない。従来の仮想通貨でも各国の姿勢はバラバラで、全面禁止する国もあれば政府主導で発行を検討する国もある。リブラについては、7月の先進7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議で「最高水準の規制」を満たす必要があるとの認識で一致したが、今後、新興国を含めた国際ルールの早期構築が求められている。

 その際にはイノベーションへの配慮という観点も重要だ。規制を厳しくし過ぎた結果、リブラが使われないものになってしまっては意味がない。

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