(写真:shutterstock)
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 米フェイスブックが6月に発表し、世界を揺るがせたデジタル通貨「リブラ」。その動向に主要各国の政府や中央銀行関係者が神経をとがらせている。日経ビジネス9月30日号の特集「リブラ・インパクト お金と国の進化論」では、技術の進化がもたらしたデジタル通貨の潜在力や、それが国家をはじめとする既存社会に及ぼしうる影響などを論じた。

 リブラの登場で火がついたのが、中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)発行についての議論だ。ここへきて、研究段階にある日本や欧州でも関係者らの発言が活発になってきた。CBDCは日本でも導入されるのか。

日銀・雨宮副総裁はCBDCに一定の評価

 当の日銀が表明している姿勢は次のようなものだ。

 「多くの中央銀行は、近い将来CBDCを発行する計画はないが、調査研究はおこなっていくというスタンス。日銀も同様の考えだ」。7月、日銀の雨宮正佳副総裁は「日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか」と題した講演の中でこう語った。

 CBDCを「デジタル社会にふさわしい、信用力の高い中銀マネーの供給体制を整備すべきという見方は説得的であるように思う」と評価しながらも、発行すれば役割が縮小するとみられる民間銀行の立場に配慮する姿勢を示した。

 CBDCには大きく2つのタイプが考えられる。現在の法定通貨と同様に一般の人が日常取引に使えるタイプと、中央銀行当座預金に情報技術を応用する大口専用タイプ。前者の場合は、個人が中央銀行に口座を持つことが想定される。CBDCを巡る議論は以前からあり、日本でも2018年半ばから関係者が会合を重ねていたという。

リブラの登場で、CBDCを巡る日銀の議論が深まったと指摘する元日銀の井上哲也・野村総合研究所金融イノベーション研究部主席研究員
リブラの登場で、CBDCを巡る日銀の議論が深まったと指摘する元日銀の井上哲也・野村総合研究所金融イノベーション研究部主席研究員

 「これまでは遠い先の話という雰囲気だったが、リブラが出てからにわかに論点が具体的になった」。日銀出身で野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員を務める井上哲也氏はそう指摘する。

 リブラが政府や中央銀行を刺激した理由は、リブラの持つ利便性にある。「世界中の人々に、安価で最低限必要なサービスを提供することができれば、法定通貨から利用者が離れ、現在の金融システムが一変する可能性がある」(井上氏)からだ。つまり、価格の安定といった条件を満たせば、リブラが現在の通貨以上に便利な存在になる可能性を秘めているということだ。

デジタル人民元について会見で初めて言及した中国人民銀行の易綱総裁(写真:ロイター/アフロ)
デジタル人民元について会見で初めて言及した中国人民銀行の易綱総裁(写真:ロイター/アフロ)

 そんなリブラ出現を受け、具体的な行動を取り始めた国がある。中国だ。7月初旬、中央銀行に相当する中国人民銀行前総裁の周小川氏が講演で「中国政府は人民元をより強い通貨にすべきだ」と訴え、デジタル人民元構想の存在を示唆した。10月1日の建国70周年に関連し、9月24日に記者会見した現総裁の易綱氏は「現時点で具体的なスケジュールはない」と述べたが、会見で総裁がデジタル人民元について初めて言及。研究が進んでいることを印象づけた。

 「中国が人民銀行発行のデジタル通貨の導入に踏みきった場合は、デジタルな情報の活用が一段と広がり、同国の経済力がさらに高まる可能性がある。それを見習う新興国があってもおかしくない」。日銀出身で、あずさ監査法人の金融アドバイザリー部ディレクターを務める水口毅氏はそう指摘する。

 中国はアジア、中東、欧州など広域に及ぶ経済圏構想「一帯一路」を主導している。ここでの決済通貨にデジタル人民元が使われれば、周辺諸国に多大な影響力を持つことになる。人民元はリブラの裏付けとされていないことから、リブラに流出するリスクを未然に防ぐ狙いがあるとの指摘も出ている。

日銀が国民の財布をコントロールできるようになる

 それでは、日本はどうするのか。日銀がCBDCを出す可能性について、日銀出身のエコノミストらは「大いにある」と口をそろえる。法定通貨そのものがデジタル化されるCBDCは「安定」「安心」「低コスト」といった特徴を持つ。基本的に決済にかかる費用は無料。現金がなくなればタンス預金もなくなり、金融政策を機能させやすい。

 だがその一方で、通貨に関わる権限は中央銀行に集中し、極端にいえば、日銀が国民の財布をコントロールできるようになる。その点をどう考えるか。

 さらに、CBDCが出てくると、銀行をはじめとする既存の金融システムは根本から見直される可能性が高い。「現在の通貨の主体は一民間企業にすぎない金融機関の預金通貨。その預金通貨を基に銀行は信用創造の機能を持つ。CBDCなら、そういった機能はなくなる」と井上氏は指摘する。存在意義が問われることになる金融機関が抵抗することは想像に難くない。それが日銀の姿勢を煮え切らなくする。

 法定通貨が広く流通しているのは、その信用が定まっており、持ち運びがしやすく、便利だからだ。テクノロジーの進化でそうした利便性が上回るものが登場するのなら、法定通貨の絶対的な地位は崩れる。リブラの登場など、お金を巡る進化が見込まれる中、井上氏は「(日銀は)座して待つよりもアクションを取った方がいい。長い目で見れば、(現在の通貨制度の)終わりの始まりなのではないか」と話す。

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