イベントレポート

ディーカレット、ステーブルコイン事業化に意欲。「年度内に道筋を付けたい」

Facebookのデジタル通貨Libraは引き延ばし策で遅れる見立て

(Image: Shutterstock.com)

「各国の中央銀行らは、(Facebookが推進するデジタル通貨)Libraに対して『引き延ばし策』を続けるだろう」(フューチャー社取締役で元日本銀行決済機構局長の山岡浩巳氏)。「今年度(2019年度)中に、ステーブルコイン(法定通貨との交換レートが安定したデジタル通貨)のサービスを提供するための道筋を付けたい」(ディーカレット代表取締役社長の時田一広氏)。

いずれも、仮想通貨交換所を運営するディーカレットが10月11日に開催したプレス向け勉強会の場での発言である。以下、両氏の説明内容のポイントを見ていく。

各国の当局はLibraを警戒、引き延ばし策を取る

フューチャー社取締役で元日本銀行決済機構局長の山岡浩巳氏

山岡氏は、「世界の中央銀行や規制当局はLibraを警戒している。それは、仮想通貨に類する技術の中で、初めて本格的に(デジタル通貨として)使われる可能性があるからだ」と指摘する。「しかし、Libraを止めようとすると、既存の仮想通貨、暗号資産はどうするかという問題が出てくる。おそらく、AML/CFT(マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策)などを理由に認可を引き延ばす方策に出るのではないか」と山岡氏は見ている。

ビットコインを筆頭とする従来の仮想通貨は、現状では世界の実体経済に大きな影響を与えるには至っていない。しかし、米国の巨大IT企業FacebookがバックにいるLibraは、実体経済に影響を与える巨大な存在になる可能性を各国の中央銀行などは懸念している。

Libraの構想では、担保として各国の法定通貨建て資産を裏付けに保有し、価格を安定させることになっている。ところがその結果として、「どの国の当局から見ても嫌がられる通貨に見えている」と山岡氏は指摘する。

「例えばアメリカ人は米ドルが世界通貨だと考えている。ドル比率が50%程度のLibraは、アメリカ人から見れば世界通貨としてのドルの地位を脅かすように見える。ユーロ圏では、IMF(国債通貨基金)のSDR(特別引出権、IMFの国債準備資産)の米ドル比率が約41%なのに、Libraの米ドル比率はそれより多く50%であることから、Libraの普及はドルを強くしユーロを弱くするように見える。中国も嫌だというだろう。米国議会の公聴会でLibra担当者はLibraの裏付け資産に人民元は含まないと言明したが、これは人民元を国際通貨にしようと努力している中国の政策には合わない。新興国にとっても、Libraが入ると自国通貨に取って代わってしまい先進国通貨への資金逃避のおそれがある」(山岡氏)。

つまりLibraは、どの国の当局から見ても自国内で流通させることに抵抗がある存在になってしまっている。ただし、Libraを明示的に止めさせることも、また難しい。従来の仮想通貨の利用もダメということになる。また、Libra以外のデジタル通貨に関する「これまでの努力を潰すことになる」。

そこで、各国の規制当局は、Libraに対してAML/CFTやプライバシー問題に関する対策を「きちんとしろ、と言い続け、結論を先送りにする」(山岡氏)と予想する。

実際、米議会や欧州の規制当局の姿勢が厳しいこともあってLibraのローンチは予定より遅れるとの見方が強い。Libra協会に参加意向を表明したが、後に脱退する企業も相次いだ。2019年10月14日時点では、当初名前が挙がっていた28社のうち7社が脱落している。脱落した会社はPayPal、VISA、Mastercardと影響力が強い決済大手も含む。目下、Libraは各国規制当局の「兵糧攻め」に苦しめられている段階といえるだろう。

ディーカレットはステーブルコインの事業化に意欲を見せる

ディーカレット代表取締役社長の時田一広氏

一方、ディーカレット代表取締役社長の時田一広氏は、法定通貨との交換レートが安定したステーブルコイン、あるいは「デジタル通貨」の事業化に意欲を見せた。たとえLibraのローンチが遅れても、同社としてはステーブルコインを事業化したいという意志を示した格好だ。

ただし、時田氏は同時に「自社が発行者になることへのこだわりはない。どちらかといえばデジタル通貨を流通させていく」との立場を示した。別の発行主体のデジタル通貨を自社のプラットフォームで流通、交換することで価値を創出していく構想とも受け取れる。

時田氏が強調したポイントは、ステーブルコインの背後にあるブロックチェーンを活用して、経済システムが効率化する可能性である。「現状ではモノを納品して請求し、取引と決済が別々に動いている。本当のデジタル金融の世界では、円(連動)のステーブルコインの中に、誰がいつ何を買ったのか、取引情報と支払い情報を一緒にブロックチェーンに書き込んでいくことができる。今だと、法人の取引では納品し、月末締め、翌月末払いをしているが、それがリアルタイム支払いになるような世界ができる」とそのメリットを説明した。

また、現状では日本で各企業が独自に運営するキャッシュレス決済サービスにチャージしたお金や、企業ポイントなどは、それぞれバラバラの存在で交換できない。ステーブルコインを仲介として各社のサービス間での価値交換を可能にすれば、より大きな経済圏を作ることができる。

ステーブルコインが消費者に提供する価値
ディーカレットが目指すデジタル通貨の世界

時田氏が示した構想は、仮想通貨やブロックチェーンに取り組む多くの人々が期待しているイノベーションを具体化させる取り組みといえる。ただし、その実現には壁がある。特に大きな課題は、日本で「仮想通貨を狭く定義してしまった」(山岡氏)ことだ。

日本円のような法定通貨に連動する資金決済法上の「通貨建資産」は、現行の資金決済法では仮想通貨の定義から除外されている。従って、日本の仮想通貨交換業者は現状ではステーブルコインを扱えない。「海外から、USDTのようなステーブルコイン取り扱いの提案が来るが、現状では取り扱えない」(時田氏)。

では、日本でステーブルコインを扱える業者は誰なのか、それすら現状では定まっていない。銀行なのか証券会社なのか、資金移動業者なのか、あるいは前払式支払手段発行業者なのか、どのライセンスで本格的にステーブルコインを扱えるのか、まだ誰も断言できない段階なのである。

しかし、ディーカレットはこの状況を変える取り組みを進めていると説明する。「法的な要件の整理をやったうえで、近い将来、サービスをきちんと提供していきたい。今年度中に道筋を付けたい」(時田氏)と強い意欲を示した。

Libraは各国の規制当局から警戒されるような状況だが、ステーブルコインそのものは現実に海外の仮想通貨交換所どうしの取引のためにすでに使われ始めている実績がある。日本の現行法でどう整理するかという課題は残るが、ステーブルコインとブロックチェーンが経済システムを効率化する期待は大きい。同社の取り組みを注意して見ていきたい。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。