G20も米当局もNO。それでもFacebookの仮想通貨リブラが“評価”できる点

ザッカーバーグ

10月23日、米議会の公聴会に望んだザッカーバーグ氏。終始低姿勢だったが、リブラプロジェクト自体を「諦める」という発言はなかった。

Reuters/Dado Ruvic

フェイスブック(Facebook)が2020年半ばの稼働を目指す暗号資産「リブラ」に関し、10月23日、マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が下院金融サービス委員会の公聴会に出席した。

公聴会では終始、殊勝な発言を繰り返したザッカーバーグ氏の姿が印象的だった。

Facebookがリブラプロジェクトの「理想的なメッセンジャー(伝え手)」ではないと述べてみたり、状況次第ではFacebook自身がリブラ協会を脱退する可能性に言及してみたり、挙げ句には「リスクのあるプロジェクト」でうまく機能するかは分からないといったことも述べたりしていた。

「取り締まる側」と「取り締まられる側」という構図がはっきり出ていたと言えるだろう。

Facebookが参画しなくとも

リブラ

G20でもIMF総会でも厳しい意見が相次いだリブラ。特に欧州勢はリブラ発行阻止に向けて、連携している。

Reuters/Dado Ruvic

とはいえ、公聴会でザッカーバーグ氏が防戦一方になること自体は予想されたものだ。公聴会前に相次いだメンバー企業脱退の背景には、米議会議員からの「リブラプロジェクトに関与した企業はその企業自体への監視が厳格化される」といった脅迫にも似た動きがあったと言われる。

そのような状況下で「殊勝な発言を繰り返して当局を刺激しない」以外の戦術が許されるはずはないだろう。

しかし、今年7月に行われたリブラ開発責任者のデービッド・マーカス氏の公聴会と同様、攻められながらも「開発を諦める」と言った趣旨の発言は一切しなかった。

むしろ信頼が得られ、リブラが稼働に至るのであれば、Facebook自身はメンバー脱退も辞さないという強い意思表示をしたようにも見受けられた 。

リブラ潰しに動く国際社会

Facebook

リブラへの危惧の背景には、Facebookへの不信感がある。

Reuters

一方、リブラ関連で見逃せないのは最近の国際社会の動きである。10月17~18日にワシントンで開催されたG20や世界銀行・IMF年次総会ではプロジェクトに対し厳しい声が相次いだ。

例えば10月18日、JPモルガン・チェースのダイモン最高経営責任者(CEO)はワシントンで開催された国際金融協会(IIF)でのイベントで、「リブラは決して実現しない良いアイデアだった(It was a neat idea that’ll never happen)」と斬って捨てて見せた。

同日、ルメール仏経済・財務相もリブラ発行の阻止に向けて欧州主要国が協力していると実情を明らかにしている。同相は同じくワシントンで開催中の世界銀行・IMF年次総会の関連イベントで記者団に対し、「リブラが欧州で歓迎されていないことを明確に示す」ために独仏伊の3カ国が今後数週間のうちに禁止に向けた一定の措置を取ると述べている。

具体的な措置こそ明らかにされていないものの、「欧州でリブラは使わせない」というのは従前から示されている強い意思表示だ。

G20としても認めず

極めつけが、同じタイミングで開催されていたG20から発表された「グローバル・ステーブルコインに関するG20プレスリリース」だ。

これは金融安定理事会(FSB)および金融活動作業部会(FATF)から提出された報告書を受けたもの。リブラという固有名詞こそ使用されていないが、当然、グローバル・ステーブルコインがそれであり、リブラの後発者もけん制した格好である。

とりわけ以下の部分が目についた:

「我々は、金融技術革新による潜在的な便益を認識しつつも、グローバル・ステーブルコイン及びその他のシステム上大きな影響を与えうる類似の取り組みが、政策及び規制上の一連の深刻なリスクを生じさせることになるということに同意する。

そのようなリスクは、特にマネーロンダリング、不正な金融、消費者・投資家保護に関するものを含め、こうしたプロジェクトのサービス開始前に吟味され、適切に対処される必要がある」

G20としては「システム上大きな影響を与えうる」ことを問題視しているという話だが、「システム」や「大きな影響」が具体的に何を指しているのか定かではない。真っ当に考えれば金融システムだろうが、金融システムへの大きな影響を与え得るものは多岐にわたる。

システムへの影響とは何か

中国人民銀行

各国の中央銀行もリブラに神経を尖らせる。

GettyImages

市場参加者の冷静な目線から整理すれば、リブラが本格的に流通すればリブラ協会は巨大なバイサイド(運用者)になるので、例えば中央銀行を筆頭とする政策当局者からすれば捨て置けない存在になる。

リブラ協会はリブラ発行と引き換えに、振り込まれた資金で国債などの安全資産を購入するのだから、量的緩和を実施している国の中央銀行にとっては「買うものが無い」という事態の遠因にもなろう。

やりたい金融政策の波及経路を阻害する存在と見なされれば、「システム上大きな影響を与えうる」との認定は十分食らう可能性がある。結局、当局の意向次第でどうとでも取れる表現だと思われる。

送金や情報で稼ぐなら同様の規制を

出稼ぎ労働者

リブラは銀行口座を持たない人たちや母国に送金する必要のある出稼ぎ労働者たちを取り込むと見られている。

REUTERS/Jose Torres

後段の「マネーロンダリング、不正な金融〜必要がある」は当然の話だ。

リブラの本領は「効率性に優れた決済機能」と喧伝されている。例えば途上国から先進国に出稼ぎに出ている労働者が、国際送金をする際のコストが抑制できるなどのメリットが挙げられる。

国際送金を収益源とするならば、同様の業務をしている銀行部門と同等の規制を最低限受け入れなければフェアではない。以前、トランプ米大統領はリブラに対し、「銀行免許を取って、同じ規制を受けて来い」といった趣旨の発言をしたが、その通りだ。

リブラプロジェクトの真の狙いは、そこから得られる決済データとも言われるが、それは要するに「個人情報で商売をする」という話であり、やはり相応の規制を被るのが当然だ。

いずれにせよ2019年6月の白書発表以降、リブラを礼賛する論陣のほとんどが、現実世界における「規制」の存在を無視して盛り上がっていた印象が否めない。既存の規制を軽視する風潮は危うい。

新興国にも支持されず

米ドル

リブラは法定通貨のあり方や将来の決済機能を議論するきっかけになるのか。

Shutterstock

G20という舞台で上記のようなメッセージが出されたこともリブラにとっては痛手である。

もとより7月のG7で「最高水準の規制が必要」とされていたリブラだが、今回はインドやブラジルなど新興国を含むプラットフォームからも規制の必要性を突き付けられてしまった。

リブラは世界に17億人存在する「unbanked」と呼ばれる金融サービスにアクセスできない層に安価で利便性の高い決済手段を提供しようという「社会貢献的なプロジェクト」の色彩が強いとも言われていた。

ザッカーバーグ氏も23日の公聴会でこの点を強調していた。だが、unbankedを多く抱えるはずのG20というプラットフォームからも一顧だにしてもらえなかったという現実だけが残った。

最大の受益者を抱えるはずのそうした国々からも支持されていないところに、プロジェクトとしての根回しの悪さを感じざるを得ない。

風穴を開けたという評価は可能

一方で、リブラプロジェクトにも意味はあった。

まがりなりにも国際経済外交の最高峰であるG20で、「国際租税」と共に「グローバル・ステーブルコイン」が主要議題として設定されたのだから、「時代の徒花」と軌って捨てるのは言い過ぎだ。

既存の法定通貨とこれを軸とする決済システムについて、「改善の余地あり」という問題意識を惹起し、議論の端緒を開いた意味は真摯に考えるべきだ。

今年7月の公聴会でマーカス氏は、「我々がやらなくても誰かがやる」という趣旨の発言を残している。中国のデジタル人民元計画を意識した発言だと言われている。

近い将来、先進性を備えた効率的な決済手段が生み出されるために、時代が動き始めているという事実は不可逆的なものがあるのだろう。多くの人々にそれを気づかせたという意味で、リブラプロジェクトの啓蒙的な意味は、積極的に評価される部分があると考えたい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める

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