弁護士が指摘するデジタル証券 3つの法的課題──AMT長瀨弁護士【セキュリティ・トークン】

2020 年春の改正金商法の施行を前に、注目を集めているセキュリティ・トークン(デジタル証券)だが、法律的には“落とし穴”が存在すると、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の長瀨威志弁護士は指摘する。デジタル証券の法的な課題とは何なのか。長瀨弁護士に聞いた。

「ICO&IEO」と「STO」は別物だ

──ICO(イニシャル・コイン・オファリング)や IEO(イニシャル・エクスチェンジ・オファリング)などトークンを用いた資金調達はいくつか種類があります。STO(セキュリティ・トークン・オファリング) はどのように整理されますか。

STO は、ICOやIEOと並べて語られることが多いですが、ICOやIEOとは別物と見たほうがいいです。ICOは世界中で話題になり、詐欺案件もありましたので、「STOはICOが規制に準拠して、より法的に安全になったものです」という説明をいまだに見かけますが、これは誤りです。

AMT長瀨弁護士
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 長瀨威志弁護士

たしかにICOとIEO、STOは、いずれもトークンを用いた資金調達手法という点では延長線上にあります。

ICOはトークン発行者と投資家を直接結びつける資金調達手法であり、IEOはトークン発行者と投資家との間に取引所が介在する資金調達手法です。IEOでは、トークン発行者と投資家との間に介在する取引所がトークンやその発行者を審査する引受証券会社のような役割を担いますが、ICOもIEOもいわゆるユーティリティ・トークンを用いた資金調達手法という点では同じです。

ただし、これらに対してSTOは、有価証券をデジタル化したトークンを用いた資金調達手法と見たほうがいいです。STOにおいても、ICOやIEOと同じように世界中の投資家に対してセキュリティ・トークンを販売しようと思えばできますが、トークン化されているとはいえ有価証券を世界中で販売していることと同じですので、各国の証券規制で厳格に規制されることになります。そのため、各国の証券規制を考慮せずに世界中でセキュリティ・トークンを売った瞬間に、発行地と販売地域の両方で証券規制違反になってしまいます。

セキュリティ・トークンの概念は2つに分類できる

──セキュリティ・トークンとは法律的に何を指しますか。

「セキュリティ・トークン」といっても、法律で定義された用語ではありません。また、法律は基本的にテクノロジーに中立的なので、ブロックチェーン技術を用いた証券だからといって、既存の証券規制が適用されなくなるわけではありません。

日本の証券規制である金融商品取引法(金商法)の下でセキュリティ・トークンの概念を整理すると大きく2つに分かれていて、「伝統的な株券や社債をトークン化したもの」と「電子記録移転権利」に分けられます

前者はいわゆる一項有価証券に位置付けられるもので、ブロックチェーン上で発行されるトークンに株券や社債に表示される権利を乗せたもの。後者は二項有価証券に位置付けられ、「投資家から集めたお金でビジネスや投資を行い、得られたリターンの一部が配当される権利」であるファンド持分などをトークン化したものです。

来年に施行される改正金商法の「電子記録移転権利」は、後者だけを含みます。

──それはどういう意味なのでしょうか?

二項有価証券をトークン化したものが電子記録移転権利に該当し、一部の規制との関係では規制が格上げされて、一項有価証券並みの厳格な規制に服することになる、ということです。

これまでファンド持分などの二項有価証券は、一項有価証券と比べて流通性が低いので、その分、開示規制なども緩やかなものでいいと考えられてきました。これに対して、二項有価証券をトークン化するとブロックチェーン上で移転できてしまうので流通性が事実上高くなってしまう。そこで、流通性の高い一項有価証券並みの規制をかけようというコンセプトで法律が改正されたわけです。

ただし、電子記録移転権利の中でも「流通性その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合」は、一項有価証券としての取り扱いから除くことになっています。

このようにファンド持分をトークン化したらすべて電子記録移転権利になるわけではありませんが、ではどうなるかというと、正直なところ現時点ではまだ分かりません。内閣府令案が公表され、パブリックコメントの手続きを経てから内容が固まりますから。たとえば、トークンの移転を技術的に制限した場合、流通性を制限しているので通常の二項有価証券と同様に考えていい可能性はありますが、詳細が決まるまでは分からないわけです。

セキュリティ・トークンが抱える3つの主な課題

──現在のセキュリティ・トークンには、どのような法的な課題がありますか。

下のように、主に3つの問題があります。

1 開示規制の問題
2 トークンの移転と権利の移転の一致
3 セカンダリー市場があるか

1つ目の「開示規制の問題」ですが、重い開示規制のかかる一項有価証券の扱いになるのか、二項有価証券なのかは、大きな違いです。開示規制の適用の有無や、勧誘・販売できる投資家の数が違ってくるからです。

電子記録移転権利は通常の二項有価証券よりも規制が格上げされ、開示規制との関係では一項有価証券としての扱いになります。一項有価証券になると、開示規制が重くなります。基本的に、適格機関投資家以外の投資家50人以上に対して勧誘行為をすると「有価証券の募集」に該当し、場合によっては百ページ超もある有価証券届出書を作成・開示し、また継続的に有価証券報告書等の書類を開示しなくてはいけません。非常にコストがかかります。

ファンド持分をトークン化して広く流通させたいと考えても、一項有価証券の規制がかかる電子記録移転権利にあたり、50人以上に対して勧誘行為をしたら有価証券届出書の作成等の重い開示コストがかかるなら、コストがメリットにあわない可能性があります。

一方で、先ほどの例外(「流通性その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合」)にあてはまれば、通常の二項有価証券としての規制がかかります。二項有価証券であれば開示規制は原則として適用されません。

例外的に開示規制が適用される場合でも、有価証券届出書の提出等が必要となるのは500人以上が取得した場合のみです。体力のないスタートアップ企業がデジタル証券を発行して資金調達したい場合、重い開示コストを回避するために、「トークン化はするけれども流通性は抑えるので、二項有価証券として認めてほしい」となるでしょう。

そもそもファンド持分は、基本的に流通性がないから規制を緩くしていました。その権利をトークン化すると、事実上、流通性が高まってしまう。アドレスさえ知っていれば、誰に対しても送れるからです。そのため投資家を保護するために規制をかけますが、規制の結果、「かえって流通性が低くなる」という皮肉な結果にもなりかねません。

──2つ目の課題は「トークンの移転と権利の移転をどう連動させるか」。

もっとも大きな問題は、トークンの移転と裏付けになっている権利の移転をどう連動させるのか、まだ解釈が定まっていないことです。

注意したいのは、今回の改正金商法は“証券規制の改正”でしかないことです。私法である民法が改正されたわけではありません。

たとえば電子記録移転権利の中でも、匿名組合契約型のファンド持分を例に話します。たとえば、各投資家と運営者との間で匿名組合契約を結び、出資したお金を運営者が運用して利益が出たら配当するというファンドを作ったとします。そのファンドの“権利者としての地位”をトークン化した場合に、そのトークンを移転したからといってファンドの持分権者の地位が移転するかというと、定かではありません。

なぜかというと、ファンドの持分権者を移転するとき、民法の世界では契約上の地位を移転するには運営者の合意が必要になっているのですが、トークンを移転しただけでは、運営者の合意を得たことにならない可能性があるからです。

AMT長瀨弁護士
AMT長瀨弁護士

ファンドの権利者だった A さんが別の全然関係のない B さんにトークンを渡しても、それは A さんと B さんの間でトークンを移転する契約が交わされただけ。運営者との間で契約上の地位を移転させる契約をしたわけではないので、トークンを移転させたとしても、私法上、それが表章している権利が一緒に移転したと言えるとは限りません。

むしろ私法で考えたら、ファンド運営者の同意がない限りは移転しない可能性があります。トークンを移転しても、その裏付けになっている権利や契約上の地位の移転がひもづかないことになってしまうので、それが実務上大きな問題の一つですね。

手形や小切手と同じように、一度振り出したら権利は手形を持っている人に移転すると考えればいいと考える方もいますが、本当にそう考えていいのか、慎重に判断する必要があると思います。

──最後の問題は「セカンダリーがあるか」ですか。

はい。プライマリー(発行市場)ができて、とりあえずデジタル証券を発行できるようになったとしても、セカンダリー(流通市場)で流通させられるのかは別問題となります。開示規制やトークンの移転と権利の移転の一致に関する問題は、開示コストの負担やスキームの工夫次第で解決することができますが、流通市場が整わなければ日本だとセキュリティ・トークンを流通できないことになりかねません。

現在、株式のような一項有価証券の流通市場は、東証のような金融商品取引所か、各証券会社で私設取引所として提供しているPTS か、店頭取引の場としての株主コミュニティしかありませんが、いずれもセキュリティ・トークンを上場させるのか、取り扱い対象になるのか分かりません。

この 3 つ以外にも問題・課題はあります。たとえば不動産をセキュリティ・トークン化する際に重要なのが税金の整理です。税法上、既存のスキームより不利にならないスキームである必要があります。セキュリティ・トークンを使って発行・組成コストを削減し、既存商品よりも高い利回りの商品を作れるとしても、税の観点でデメリットになるならば、投資家が買うメリットがないからです。

それぞれの商品のスキームごとに、以上の点を整理する必要があります。

私法上の性質が分からないのはSuicaと同じ

──私法上、トークンに対する所有権とは、何を示すのでしょうか

そもそもトークンを持っていること、デジタル証券の秘密鍵を持っていることが、私法上どのような権利を有していることを意味するのか、まだ明確になっていません。デジタル証券の保有と私法上の性質の関係について、明確な整理がつかないまま、法改正によりデジタル証券の取扱いが始まることになります。

Suica/shutterstock

しかし、これは必ずしも不合理なことではなくて、Suica(スイカ)のような電子マネーも同じ。実は電子マネーも私法上の性質はスキームによってもさまざまで、一意に解釈が定まっているわけではありません。利用者は、発行主体に対する債権を持っているのか、それとも現金の類似物のようなものを持っているのか、誰もその私法上の性質を意識しないまま電子マネーを使って決済しています。

デジタル証券についても、たとえばハッカーに盗まれたり、デジタル証券が乗っかっているブロックチェーンがハードフォーク(分岐)したりなど不測の事態が起きたら、その都度私法上の性質に関する議論を含めて個別に対応していかざるを得ない場面が生じると思います。

――こうした課題がある中で、どんな規制や議論が必要だとお考えですか?

ブロックチェーン上のトークンだから、事実上流通性が高くなるので「一項有価証券並みの規制をかけよう」と安易に制度設計するではなく、トークン化された権利の実体を見て、それを反映した規制が必要だと考えます。

現在の国内でのデジタル証券の議論は、既存の日本の証券規制と比較するばかりで、海外の先行事例との比較が十分ではないように思います。

日本の証券規制は非常に厳格です。アメリカも厳格ですが、幅広く柔軟な例外規定が多くあります。たとえばアメリカでプロ私募を行うには Reg. Dと呼ばれる例外規定がありますが、日本で同じように私募をしようとしても、適格機関投資家の要件を満たす個人の資産要件のハードルが高いなど規制が厳しい。

AMT長瀨弁護士
AMT長瀨弁護士

その厳格な既存の証券規制からデジタル証券の規制を作ってしまうと、日本では、「何もできないから何も起きませんでした」となりかねない。すでに法律レベルの改正は決まりましたので、今後公表される内閣府令や自主規制では、実態に即した解釈の余地を残したり、デジタル証券に適したルールを定めたりすることが重要です。

「インターネットが専門です」と名乗る弁護士は、20 年前は奇異の目で見られていましたが、今はあたり前の存在です。今、私が「ブロックチェーン専門の弁護士です」と言うと、同じように奇異の目で見られます。

ブロックチェーンは応用可能性が広く、世の中を便利にすることも可能にする技術です。物事はいずれ便利なほうに流れていきますので、ブロックチェーンもますます普及していくと考えています。そして気づいたらブロックチェーンの存在は自然なものになり、誰も「ブロックチェーンがすごい」などと言わない世界がくるでしょう

取材・構成:小西雄志
編集・写真:濱田 優