2020.01.09 [木]

ブロックチェーンは今、幻滅期。等身大で評価された先に期待

SF小説を使って、新しいテクノロジーの社会実装を考える「サイエンスフィクション・プロトタイピング」。この手法を使って、デジタル通貨やブロックチェーンが近未来の社会をどう変えようとしているかを研究し、発信している早稲田大学大学院教授の斉藤賢爾氏。彼から、ブロックチェーン技術が、どのように見えているかを聞いた。

テクノロジーによる変化を物語で紐解く「サイエンスフィクション・プロトタイピング」

斉藤賢爾さんは、1993年にコーネル大学で工学修士号(計算機科学)を取得した後、2000年から慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に在籍し、2006年にはデジタル通貨の研究で博士号(政策・メディア)を取得。現在に至るまで、「お金はインターネットでどう変わるか」「インターネットが可能にする新しいお金のかたちとは」などの問いと向き合っている。

その著書でユニークなのは、近未来を舞台にしたSF小説があること。例えば、こんなものだ。

 夜行バスの車掌さんから、不思議の国には銀行がないと聞いたのは、つい夕べのことでした。そうでなくても、お母さんは、あっちゃんこたちの冒険話から、不思議の国では、インターネットと同じように、真ん中はがんばらないものだと聞いていました。首都もなく、学校もなく、交差点には信号もなく、あらゆる面で自律と分散を重んじる社会が作られていると聞いていたのです。

 そんな真ん中ががんばらない不思議の国に、銀行でなくても「真ん中」がつく名前のものがあるなんて、ちょっと奇妙です。

「だから銀行があること自体がおかしいってば」

 建物の玄関のまえでは、銀行の制服を着た行員とおばあさんが、何か口論しているようでした。あっちゃんこのお母さんは、気になって、真ん中銀行の建物のほうへ歩いていきました。

「銀行に口座をつくるのです。そうすれば、利息が手に入るのです!」

「興味ないわ」

「では、わが銀行からお金を借りてください」

 おばあさんは、もううんざりという顔をしています。

「借金をして、その利子のために働くのはごめんなの。そのためにわたしは、不思議の国に引っ越したんだからさ」

「いいから口座をつくれよ!」

 行員は声を荒げましたが、あっちゃんこのお母さんをふくめ、人びとが集まってくるのを見て、よい宣伝になると考えたのでしょう、口調を改めてしゃべりだしました。

「考えてもみてください。銀行にお金を集中させることで、莫大な資産を運用できるのです。お金は無限に増えていきます。信用創造を使って!」

 行員は大げさな身振りをしながら、遠くを見つめました。

(中略)

「そんなこと、ありえないわ」

 あっちゃんこのお母さんは、反論を開始しました。

「人間圏が無限に成長していくことを前提にしているみたいだけど、無理よ」

「なんだ、おまえは」

 あっちゃんこのお母さんは、簡単に地球の歴史を引用しながら話を進めました。

『不思議の国のNEO』(太郎次郎社エディタス、2009)61ページ~

不思議の国のNEO』はインターネットの不思議に目覚めた、おしゃまな女の子のあっちゃんこたちが、不思議の国で起きた様々な体験、発見、思索などを通じて、私たちが常識と思っている貨幣経済の世界は、テクノロジーによって変わりうることを物語で示したもの。実は、この話は慶應義塾大学の村井 純氏の著書『インターネットの不思議、探検隊!』(太郎次郎社エディタス、2003)の続編として作られたという。

このように、SF小説を通じてテクノロジーについて研究する手法を「サイエンスフィクション・プロトタイピング」と呼び、この手法はインテルなどでも用いられている。

「将来なりたかった職業がSF小説作家だったこともあるんですが、著書にはそうした物語を載せることが多いです。最近は、その理由づけとしては『サイエンスフィクション・プロトタイピング』と呼ぶ研究手法に則っているということにしています。

今、早稲田大学のMBAコースのFinTechの授業で『スマートコントラクト』を扱う時にも、学生たちにSF小説を書いてもらっています。というのも、物語にしようとして書いてみると、いろいろとわかることがあるんですね。

例えば、結婚をスマートコントラクト化するみたいなことを考えるとします。すると、どういう風に不都合が生じるかが簡単にわかる。秘密鍵を失くしたので離婚ができなくなったとか(笑)。

また、人の死をどのように社会が扱ったらいいか、とか。それをセンサーに任せちゃうと誤診で死亡が判定され、それで自動的に離婚されて、みたいなことが起こってしまう。さらには、奥さんは旦那さんがまだ手術中なのに追い出されて、家にも入れなくなる、ってことを学生が書いてくる。

それは、要するに具体的なシチュエーションに入れることで、技術はどのようにデザインしなければならないか、どういう問題が生じるかみたいなことが明確になるということ。だから、『サイエンスフィクション・プロトタイピング』という手法自体は、非常にわかりやすい、問題発見方法だと思っています」

近著の『2049年「お金」消滅』(中公新書ラクレ、2019)では、次のような物語りが用意されている。同書では、なぜSFという手法が用いるのかといったことが紹介された後、最近のキャッシュレスの話題、ブロックチェーン、そしてどんどん広がる「無料」の世界が紹介された後で、次のような物語が始まる。

西暦2049年--15歳(2034年生まれ)の女性の話

 今年は2049年。21世紀もそろそろ折り返しですよね。私は今世紀に起きた社会の変化に興味を持ち、個人的に調べています。

 たとえば両親が子どもだった頃には、“お小遣い”という風習(?)を通じて紙や金属で作られた「お金」を親からもらい、それを欲しいモノと交換していたそうです。

 でも「お金」って、何なのでしょう。考えれば考えるほど、よく分かりません!

 つい30年くらい前まで盛んにやりとりされていたそうですし、確かに親が使っていた、その名残を目にすることもありますが、その「お金」か、それをデジタル化したものがないと、食べ物も得られなかったというじゃないですか。

 それが原因で格差ができて、時には飢えて死んだり、借りた分を返せずに自殺する人もいたそうだし、ますますなんでそんなものが必要だったのかが分からなくなってしまいます。昔の人には申し訳ないけど、そんな野蛮なものがこの世から消えて無くなってよかったと思います。

2049年「お金」消滅』60ページ~

 2049年「お金」消滅』でもタイトルのとおり、貨幣をやり取りする社会が近未来においてなくなる可能性があることが紹介されている。約100年前、資本主義による格差や貧富が拡大したことによる処方箋として、大きく2つの対抗思想が現れた。ひとつは国家の統制のもとで経済活動を行なわせるファシズム、もうひとつは資本主義そのものを否定し、経済活動に相当することを国家が行なう共産主義である。その末路がどうなったかは、20世紀の歴史が雄弁に物語っている。が、しかし、斉藤氏が提示するのは、テクノロジーによって再分配を効率的かつ適切に行ない、疎外された人間を少なくする新しい世界。それがどのようなものかは、ぜひ同書に目を通していただきたい。

等身大で評価されるようになったブロックチェーンが求められる領域は?

実は今、斉藤氏からはブロックチェーンは幻滅期に入っていると見えているという。

「私の感覚では、一時期よりもブロックチェーンの注目度は下がっていると思います。私は、大学でブロックチェーンの寄付講座をやっていますけれど、学生の数が目に見えて少なくなっているんです。この講座は2017年に始まり、2018年の秋学期では、150人近くの受講者がいましたが、2019年は38人なので、だいぶ減っている印象です」

ただし、それはブロックチェーンが技術として正当に評価されるようになってきた証しでもあると斉藤氏は考える。

「ブロックチェーンの本当の価値はなにか、というところに少し誤解はあったと思うんです。夢の技術のように言われましたが、実際には、ものすごい狭いところ、つまり記録を証明することしかやらないんです。ただ、記録が安価に証明できるなら、新しい使い方はある。社会で、いろんな局面が自動化されていくという中で、その仕組み(=ブロックチェーン)がないと安心できないのです」

AIやロボットなど、様々な分野で自動化が進んでいるが、その根幹を支える技術としてブロックチェーンが必要とされる。例えば、こんな具体例が考えられる。

「自動運転の自動車を実現するために、ニューラルネットワーク(人間の脳神経系を抽象化し、情報の分散処理システムとしてとらえたモデル)を用いるとします。これによって自動運転を実現するのですが、例えば、ある会社の自動運転車が事故を起こしたとします。その時、その会社は自分たちのニューラルネットワークによって事故が引き起こされたのでないなら、そのことを証明したいでしょう。

では、どうしたら証明ができるかとなると、ブロックチェーンに興味がわいてくる。これは他の第三者による証言では、証明にならないんですね。それは事故を起こしたその会社をよく思っていない人たちかもしれないし、お金をもらって、その会社の都合に合わせたことを言っている人かもしれない。本当は事故を起こした自動運転車のニューラルネットワークは、誰かにハッキングされていて、別のソフトウェアに書き換えられてしまっていたのだとすれば、そのことを誰かが言い張るのではなくて、証明できる仕組みが必要です。

ブロックチェーンのような仕組みによって記録が証明されていかなければ、自動運転などが普及した社会は実現しないのです」

とはいえ、斉藤氏も触れているとおり、社会を一変する夢のような技術というのは、少し贔屓の引き倒しのようだ。斉藤氏によれば現在各社によって独自に開発されている台帳技術の多くは、タイムスタンプの進化形(詳しくは、こちら)という側面は確かにあるが、1980年代から分散システムの世界で研究が重ねられている議論の繰り返しで、状態をもつ機械が複製される、というステートマシン・レプリケーション(ststate machine replication; 耐障害性のための技術 )と混同されていることが少なくないのだとか。このステートマシン・レプリケーションは、Googleなどのシステムにも使われているもので、決して新しくはない。斉藤氏から見ると、技術担当者とマーケット担当者の議論がまったく噛み合っていないと感じられるのだとか。そうではなく、ビットコインやイーサリアムに使われている技術そのものを着実に捉えること。そして、ブロックチェーンに等身大の役割をさせるべき、斉藤氏は考える。

上述の自動運転車のような技術が実用化されようとしている中で、データの内容も存在も誰にも否定できない記録を保存・維持するためには、その確かさを誰でも確認でき、また、誰にも止めさせないことが必要になる。このようなブロックチェーンならではの特徴が、どんな分野に活かせるのか、斉藤氏の指摘を改めて考えていく必要がある。

斉藤賢爾氏
1964年、京都市生まれ。早稲田大学大学院経営管理研究科教授。一般社団法人ビヨンドブロックチェーン代表理事、株式会社ブロックチェーンハブCSO (Chief Science Officer)、一般社団法人アカデミーキャンプ代表理事などを務める。著書に『インターネットで変わる「お金」』(幻冬舎ルネッサンス新書)、『これでわかったビットコイン』(太郎次郎社エディタス)などがある。
取材・文/編集部 撮影/篠田麦也

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