博報堂がブロックチェーン活用、トークンエコノミーにおける広告価値とは

松嶋真倫

株式会社博報堂および博報堂DYメディアパートナーズ(以下、博報堂)は、2018年9月に社内で「HAKUHODO Blockchain Initiative」を発足して以降、マーケティング領域におけるブロックチェーン活用に向けたR&Dに積極的にとりくんでいる。

昨年1月には、生活者がデジタル広告をアセットとして収集・交換しながら、企業からさまざまな特典を受けられる、新しいプロモーションサービス「CollectableAD」を開発した。また、同年2月にはブロックチェーンを活用したデジタルアセットのリアルタイム配布メディアサービス「TokenCastMedia」を開発し、3月には関西のラジオ番組で、12月には神奈川のテレビ番組で、実用化に向けた実証実験を実施した。その直後、関連サービスとして、ファン育成プラットフォーム「LiveTV-Show」の実運用テストも、新潟総合テレビのある番組を対象に開始されている。

これらに共通して、博報堂が強調しているのは、「生活者参加型」の新しいサービスをつくるということである。その最終ゴールである「生活者に価値を一斉に届けることができる媒体」、言い換えれば「価値を一斉に届けることによるマーケティング」とは一体どのようなものなのか。以下ではその在り方を考察する。

博報堂が掲げる「生活者主導」と「コミュニティ」


かつて、テレビがメディアの主流であった2000年代初頭にかけては、家族みんなが決まった時間にリビングに集まり、一つの画面に夢中になったものである。

いまでは考えられないことだが、人気番組の視聴率が20%を超えることも決して珍しくなかった。そのたった1度の放送を見逃しただけで、翌日の友だち同士の会話にはいることができず、どこか寂しい思いをした人も多いのではないだろうか。このとき、コンテンツを選ぶ主権は企業側にあり、生活者はそれを一方的に受けとるだけであった。

ところが、インターネットの進展によってメディア媒体の多様化がすすむと、その力関係は一変した。スマートフォンの普及によって、生活者はいつでもどこでもコンテンツをみることができるようになり、SNSの普及によって、個人が情報を発信できるようになった。さらにはネット独自のコンテンツまでが登場し、一層の従来型メディア離れがすすんでいる。今では生活者が自分たちでみたいコンテンツを選ぶ時代になったのである。

そのような個人を主体とする社会では、「面白い」「つまらない」といったものの良し悪しにかかわらず、共感が集まるものに多くの評価が集まる。さらに、それが不特定多数の人に伝播することで、さらなる評価そしてヒトが集まる。企業がなにかを誘導したわけでもなく、「生活者主導」で、コンテンツを中心とした「コミュニティ」が形成されるのである。

博報堂はこうした社会を「生活者主導社会」とよび、今後その流れは加速していくとみている。

博報堂がいうトークンコミュニティにおける「価値」とは


博報堂は、つづけて、ブロックチェーンがいまのコミュニティの在り方にさらなる変化をもたらすと指摘している。単に情報だけがやりとりされるコミュニティではなく、「トークンコミュニティ」、すなわち共通の価値観をもった生活者同士が、トークンを介して価値交換できるようなコミュニティが形成されるというのだ。果たしてここでいう「価値」とはなんなのだろうか。

ここで、博報堂が昨年12月に実施した実証実験を振り返ると、その答えがみえてくる。本実証実験では、神奈川テレビの「関内デビル」という番組内で、出演者の12種類のオリジナルトレーディングカードがトークンとして視聴者に配られた。

大抵の人は「こんなの必要ない」と思うかもしれない。しかし、出演者あるいは番組のファンにとってはどうだろう。これらのトークンに用途はなくとも、「好きなタレント・番組の限定コンテンツ」というだけで、彼らにとってはたしかに価値を感じるにちがいない。ブロックチェーンによって、こういった金銭に依らない「価値」のやりとりが可能となるのである。

このトークンコミュニティ社会の到来を予測したときに、博報堂は「マーケティング領域においても、企業と生活者のエンゲージメントを高めるため、生活者も主体的に参加し楽しめる新たなプロモーション手法がより効果的である」と述べている。

博報堂の取り組みはただのばらまきマーケティングではない


冒頭で、博報堂がデジタルアセットとしてのトークンを利用した生活者参加型の新しいサービスづくりをめざしている、と紹介した。プレスの文面だけを読みとると、単に「お金」をばらまくことで視聴者を集めようとしているようにもみえる。しかし、彼らがやろうとしていることはおそらくそうではない。

ばらまきマーケティングは、PayPayをきっかけに近頃主流になった手法と思われているが、ポイント還元だったり、アフィリエイトだったり、「金銭報酬をえさに生活者を釣る」という意味ではもっと昔からある手法である。そして、いまでは、デジタル化の進展によって、同様の広告が世の中に溢れかえっている。

この金銭に基づくマーケティングは、先ほど博報堂が述べた「エンゲージメント」の観点からは、さまざまな問題点を抱えている。たしかに企業は不特定多数の生活者に訴えかけることはできるが、お金というインセンティブがなくなったとたん、生活者が離れていってしまうという事態が起きやすい。

また、生活者側の目的がただのお小遣い稼ぎ、あるいは節約になってしまいがちである。さらには、対象範囲が広いため、生活者同士でつながりを感じることがむずかしい。

エンゲージメントを高めるための「価値」マーケティング


一方で、博報堂が目指している「価値」に基づくマーケティングはどうだろうか。

再び、実証実験の話にもどるが、「出演者のトークンを番組中に配布する」というよび文句に惹かれる視聴者は、お金ではなく「好き」を理由に集まってくる。おそらくそこにはお金目的で番組にふらっと訪れる流浪人はほとんど存在しない。また、トークンのコレクション以外にも、それによって好きな番組の特典が受けられるという明確な目的も存在する。なにより、ファン同士や番組との間でトークンのやりとりができるため、そこには双方向のコミュニケーションが生まれる。

こうした内発的動機によるつながりは、外発的動機によるそれにくらべて、弱まりにくい。なるほど、企業が配布するトークンによって「価値」が見える化され、そこに集まる生活者とのエンゲージメントが高まるというわけだ。

博報堂がブロックチェーンを使って目指すプロモーションの姿


これまでを踏まえて、いま一度、博報堂のめざす「価値を一斉に届けることによるマーケティング」を考えてみよう。

スマートフォンやSNSの普及により「コミュニティ」という言葉がもてはやされるようになったが、そこでのマーケティングは金銭的かつ一方向で、企業と生活者のつながりが希薄なものであった。しかし、そのなかでも、表にはみえづらいが「好き」同士の強固なつながりは存在して、それを顕在化するのがブロックチェーン、そして、その上でやりとりされるトークンである。

アセットとしての広告を使うのか、番組などのコンテンツに関連したアセットを使うのか、どちらがよいのかはこれからの博報堂の活動を観察しなければわからないが、彼らのめざす「マーケティング」によって内発的動機で集まるコミュニティがいくつもできれば、それは企業にとっても当然嬉しい話だろう。生活者に対し、つながりがより強固な形で、それぞれに適した広告あるいはサービスを提供することができるだろう。

企業と生活者、さらには生活者同士の距離が近く、深くなる。そんなWin-Winなマーケティング手法がブロックチェーンによってこの先もたらされるのだろうか。国内を代表する広告代理店「博報堂」にはぜひともその未来に向けて社会を引っ張っていってほしい。

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