中国デジタル人民元、日米政府に緊張感──国はプラットフォーマーと手を組む時か【自民党キーマン】

中国によるデジタル人民元の開発が、米ドル・ユーロ・円の基軸通貨体制を脅かそうとするなか、日本やアメリカ政府内に緊張感が高まりつつある。欧州と日本の中央銀行が共同でデジタル通貨(CBDC)の研究を行う一方、安倍政権は今年、アメリカ政府との連携を強めていく。

通貨のデジタル化は、中国人民元の国際化を一気に加速させる。第二次世界大戦後の約75年間にわたり、アメリカの経済力と軍事力を支えてきた米ドル覇権だが、デジタル人民元構想は、この通貨体制を覆すほどのインパクトを持つ。ユーロ・円・ポンドの主要通貨を発行する欧州各国や日本の経済安全保障を揺るがしかねない。

自民党で、この問題に迅速に対応する必要性を訴えているのが、甘利明・衆議院議員率いる「ルール形成戦略議員連盟」。同議連は2月、デジタル人民元に対して日本がとるべき政策提言を政府に提出した。

そして、甘利氏とともにこの問題を追及するキーマンが、証券マンを経て政治の世界に入った中山展宏(なかやま・のりひろ)衆議院議員。ブロックチェーンを基盤とする暗号資産・ビットコインに加えて、次世代社会における通貨の役割についての研究を行ってきた人物で、現在は外務大臣政務官を務める。

米中の覇権争いがエスカレートし、世界のパワーバランスが大きく変われば、日本の経済安全保障に打撃を与える。中国の通貨政策の早い動きに対して、安倍政権はどう対応していくのか。中山議員に聞いた。

「デジタル円」、G7、リアルタイム決済…政策提言のキーポイント

今回、政府に提出した議連の提言をブレットポイントにまとめるとこうなる。

・実用化を想定して、デジタル円(円のデジタル化)を準備する。
・金融仲介機能のあり方、マネーロンダリング・テロ資金対策、セキュリティ対策、プライバシーへの配慮、法律面の対応などの角度から専門的な検討を早急に進める。
・日本銀行、財務省・金融庁、関係省庁が一体となって取り組む。
・国家安全保障局(新設された経済班)は、通貨安全保障の観点から主体的役割を果たす。
・2020年のG7議長国のアメリカに対して、デジタル通貨をサミットのアジェンダに設定するよう要請する。
・分散型台帳技術(DLT)に限ることなく、Suica(スイカ)などの中央集権型システムや、アメリカ連邦準備理事会(FRB)が検討しているリアルタイム決済システム(FedNow)についても調査を行う。

──経済安全保障という新たな領域で、アメリカと協議・連携を進める上で、日本はその準備を整えているのか?

中山議員:経済力をテコにして、安全保障上の外交政策を展開していく。経済と安全保障は、車の両輪のように動くようになってきました。

アメリカとは規模感が違いますが、日本の国家安全保障会議(NSC:2013年に設立)の中に、今年4月から経済班が発足します。この経済班が、アメリカ国家経済会議(NEC=経済政策の立案において大統領への助言を行う行政機関)の日本のカウンターパートになります。

アメリカには、安全保障をやっているNSC(国家安全保障会議)もありますが、NECと両輪で動いているわけです。我々の議連は2019年、日本版・NECを発足するための提言を行いました。5月に甘利会長と私とで、安倍首相とひざ詰めで話をさせて頂きました。

デジタル通貨に関しても、NEC同士の協調も必要ですし、FRBと日銀の協調も必要です。政治レベルの協議も含めて、全てのチャンネルを通じて話して頂きたいと思っています。

米FRBは次世代決済システムを開発──デジタル通貨は最前線で研究

アメリカ・シカゴの連邦準備銀行(写真:Shutterstock)

米ドルは依然として、国際決済に占める通貨別割合のおよそ4割を占める。それに対して人民元のシェアはわずか2%。しかし、中国の国際取引額が増え続ける中、アメリカは、デジタル人民元が普及するシナリオを想定しながら、デジタル通貨の調査・研究を行なっている。さらに、FRBは、次世代決済システム「FedNow」の開発を急ピッチで進め、早期導入を計画している。

FedNowは、24時間365日、銀行間のリアルタイム決済サービスを可能にするもので、顧客はいつでも、どこでも、数秒で資金プールにアクセスし、送受金ができるようになるという。

──アメリカ政府は、デジタル人民元の対抗策をどこまで真剣に考えているのか?

中山議員:基軸通貨体制を脅かすという部分で、アメリカは黙っていないでしょう。ジェローム・パウエルFRB議長の発言は既に報じらていますが、FRBは最前線で(デジタル通貨に関する)研究・分析を進めています。

我々の議員連盟も昨年末くらいから、アメリカに対して投げかけています。4月のG7財務大臣・中央銀行総裁会議で、デジタル通貨をアジェンダに設定してほしいと、お願いしようと思っています。G7で議論できるようにしていきたい。

日米ともに緊張感は芽生えてきていると思います。

Facebookのリブラは、デジタル人民元開発の起爆剤──アリババ、テンセントを巻き込む中国の通貨戦略

「通貨をデジタル化、電子マネーにさせた時点で、資金移動とそれに付随するデータを掌握できていると思います。それに対して、中国政府は非常に脅威を感じたのではないでしょうか」(中山議員)(写真は習近平国家主席–Shutterstock)

中国の習近平国家主席は昨年、中国はブロックチェーンの開発と、ブロックチェーンを活用したプロジェクトを積極的に進めていくと、公の場で宣言した。その後、中国の大手テクノロジー企業やeコマース大手は、既に水面下で進めてきたブロックチェーン関連事業を国内外に向けて発表。中国国内における開発スピードの速さが明らかになった。

一方、中国のデジタル人民元の開発では、Facebookが主導するデジタル通貨・リブラのホワイトペーパーが発表された昨年6月以降、その進展は一気に速度を増した。

──中国が着々と進めるデジタル人民元プロジェクトを、どう考えるか?

中山議員:やはりリブラの存在は、デジタル人民元を動かしたのだと思います。電子マネーやキャッシュレス決済という観点で、アントフィナンシャル(アリババ傘下の金融会社)やテンセントは、中国市場を席巻しています。

通貨をデジタル化、電子マネーにさせた時点で、資金移動とそれに付随するデータを掌握できていると思います。それに対して、中国政府は非常に脅威を感じたのではないでしょうか。アリババやテンセントをパートナーと呼んでいますが、(アリババやテンセントの事業に)かぶせるかたちでデジタル人民元構想を展開していくのだろうと思います。

電子マネーで資金が国外に流出する可能性も高く、キャピタルフライト(国から資産やお金が流出すること)を防ぐためにも、また、隠し資産を防ぐためにも、中国はデジタル人民元を進めていこうと考えたのでしょう。

日本の出遅れ感とデジタル人民元のポテンシャル

「現金の利便性が、不便をそこまで感じさせない。今の金融インフラがある程度、充実しているので、(日本の)出遅れ感は生じてきた」(中山議員)

日銀の雨宮正佳副総裁は2月、現金流通高の増加を理由に、日本におけるCBDCの発行の必要性は高まっていないと発言した。同時に、CBDCの設計によっては、店舗側は民間マネーよりもCBDCを選ぶ可能性があり、結果的に民間企業を圧迫する恐れがあるとも述べている。

──CBDCにおいて、日本の出遅れ感の原因は何か?デジタル人民元が世界で普及する可能性は?

中山議員:中国が、よく言われるリープフロッグ型・経済発展は遂げてきたことは、日本との差を生んでいる一つの理由だと思います。

信頼される金融機関が多く存在し、充実した金融インフラを持つ日本では、もともとキャッシュレス化は進んでいませんでした。1800兆円にものぼる家計金融資産がある日本は、現金社会であって、消費においても現金をよく使います。

現金の利便性が、不便をそこまで感じさせず、今の金融インフラがある程度、充実しているので、出遅れ感は生じてきたのだと思います。

一方、アフリカ諸国やアジア太平洋の国々では、金融包摂が大きなテーマです。スマートフォンが金融インフラの一翼になっている地域で、近くに銀行もなければ、銀行口座も持てない人たちが多くいます。これらの地域と、中国の「一帯一路」は重なっていますね。

一帯一路とは:2014年に中国の習近平主席が提唱した経済圏構想。ユーラシア大陸を経由して欧州までの陸路(一帯)と、中国沿岸部からアジア、中東、アフリカまでの海路(一路)のエリアで、インフラ整備や資金循環を拡大するというもの。

中国がそういった地域にアウトバウンド投資をやっていった場合、デジタル人民元がどんどん広く使われ、浸透していく可能性は高いように思います。

自国の金融システムが脆弱で、自国の通貨も脆弱だとしたら、生活の中においてデジタル人民元が安定した価値があると思えば、一気にそちらへ行くのだと思います。

ある日突然、中国がこれを始めると言った時には、すでに席巻されているということがないよう、日本は準備を進めていこうというわけです。

リブラの魅力は失われていない──国とプラットフォーマーは手を組むのか

2020年3月現在のリブラ協会パートナー企業(LibraのHPより)

デジタル通貨・リブラのホワイトペーパーが発表された2019年6月以降、一度はそのパートナー企業リストに名を連ねたビザやマスターカード、ストライプ、eBayなどが離脱してきた。リブラは、世界各国の規制当局からの反発を受け、開発の一時中断をも求めらてきている。

しかし、多くの各国政府高官は依然、リブラが持つ魅力と、それがもたらす脅威を口にする。カナダ中央銀行・副総裁のティモシー・レーン氏もその一人だ。レーン氏は2月、最も明白な脅威はリブラだとした上で、カナダ銀行が未来のお金に対して考える時、リブラは影響を与える革新的な技術であると述べている。

──改めてリブラとは、どのような存在か?日本でも、多くのユーザー数を獲得する決済サービスを手がけるテクノロジー企業が存在する。国と民間プラットフォーマーの連携を図るべきと考えるか?

中山議員:主要5通貨・バスケットのステーブルコインであるリブラは、魅力がありますよ。今後も台頭してくる可能性はあると思っています。

経済安全保障の観点からいうと、中国の体制は、リブラ連合によって変わる可能性はあるとも思っています。ですから、ものすごく中国もアメリカも研究していると思います。

日本もそれは研究しなければいけない。デジタル人民元の脅威もありますけど、民間プラットフォーマー発の世界共通デジタル通貨と国家のCBDCは、非対称の戦いではないでしょうか。これをどうおさめていくのかということだと思います。

Facebook、PayPay、LINE…民間プラットフォーマーが抱える巨大なユーザーベース

「若い人は「LINE Pay」や「PayPay」を使う金額の方が、現金決済よりも多くなっているのではないでしょうか」(中山議員)(写真:Shutterstock)

中山議員:フェイスブックの強いところは、27億人を超える利用者がいるということです。その利用者がリブラを始めたら、世界人口の3分の1以上がそれを使うことになります。

この利用者の大きさが大事なのだと思います。官が作ったデジタル通貨よりも、そちらの方が使い勝手が良いということにもなり得るわけです。若い人は「LINE Pay」や「PayPay」を使う金額の方が、現金決済よりも多くなっているのではないでしょうか。キャッシュレスを進める中で、プラットフォーマーのサービスを使う人が増えている。

金融政策を機能させるためには、プラットフォーマーと一緒にやることが大事だと思っています。デジタル通貨を社会実装するためには、利用者の存在は大きい。

これから、世界で動きは速くなると思います。デジタル人民元化(Digital Yuan-ization)・リブラ化(Libra-zation)・ドル基軸通貨体制、この三つどもえをどうするかという話なのだと思います。

インタビュー・文・構成:佐藤茂
写真:多田圭佑