プライムブローカーがもたらす暗号資産市場の新たなリスク

暗号資産(仮想通貨)市場で注目を集めているのが、同市場におけるプライムブローカーの出現だ。複数の企業が過去数週間にわたり、大口投資家向けに暗号資産取引の統合サービスを開始している。

5月27日、暗号資産取引所コインベース(Coinbase)は暗号資産プライムブローカーのタゴミ(Tagomi)の買収を発表した。買収により、コインベースは機関投資家向けサービスを強化し、タゴミは強力な財務基盤を手にする。

プライムブローカー:機関投資家向けに取引の代行など、必要なサービスを総合的に提供する金融事業者。

例えば、ヘッジファンドは、1社のプライムブローカーと契約することで、さまざまなブローカーと取引可能になり、個別に契約を交わす手間を省くことができる。さらに個別取引のリスクもプライムブローカーがカバーする。

一方、プライムブローカーは多くの取引を囲い込むことで、手数料収入を得る。

モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、クレディ・スイス、UBSなどが従来の金融市場における代表的なプライムブローカー。

業界最大級のカストディアンであるビットゴー(BitGo)は、独自のプライムブローカーサービスをローンチし、既存サービスに融資のサービスを追加した。

ジェネシス・キャピタル(Genesis Capital)は5月21日、カストディアンのVo1tの買収を発表。従来の機関投資家向けの貸付、取引にカストディサービスを加えることが可能になる。

なぜ今なのか?

複数のスタートアップ企業が機関投資家向けに、彼らが「プライムブローカー」サービスと呼ぶものを提供し始めている。

そこでは効率的なオーダールーティング(複数市場から最良の取引を選択して注文すること)に焦点があてられているが、彼らはまだ、融資、清算、カストディといったきわめて重要なプライムブローカーとしての機能を提供するには、財務基盤や業界としての実績と経験が不足している。

こうしたフルサービスの欠如は、暗号資産市場への機関投資家の参入を妨げてきた。

暗号資産市場は、取引所がそれぞれ「孤立したサイロ」として運用されている点で従来の市場とは異なる。例えば、同じ暗号資産でも取引所によって取引価格は異なっている。

投資家は、それぞれのプラットフォームでアカウントを開設し、資金を入れる必要があり、時間のかかる面倒な作業で、資本の使用も非効率なものになる。またこの状況は「ベストプライス」での取引を不可能なものにする。つまり、ある取引所が有利な価格を提示していたとしても、アカウントを開設していなければ取引することはできない。

プライムブローカーは注文を別の取引所に向け、投資家が1つのアカウントで複数の取引所にアクセスできるようにすることで、こうした暗号資産市場の分断の一部を解決できる。だが機関投資家はさらに、レバレッジ、担保の相殺、便利なカストディ(保管)サービス、幅広い商品へのシームレスなアクセスといった、より優れた資本効率性も期待している。

規模の勝負?

コインベース、ビットゴー、ジェネシスは、売上規模、成長の経緯、財務基盤、ネットワークなどで暗号資産市場ではよく知られた企業だ。3社とも最近は買収戦略を強めており、人員とサービスを強化している。そして3社とも、強力な後ろ盾を持っている。

これは重要だ。ベアー・スターンズやリーマン・ブラザーズの痛ましい破綻を経験した投資家なら誰でも、破綻リスクが少しでもあるプライムブローカーには近づかない。

もう1つ重要な理由は、十分な後ろ盾があり、大きな支払い能力を持った企業のみが、バランスシートに過度のリスクを加えることなく、オーダールーティングやカストディに加えて、融資を提供できることにある。

融資サービスは、資本の非効率性という大きな障壁を取り払い、より幅広い機関投資家の参加を促すかもしれない。

残念なことに、プライムブローカーとしてフルサービスを提供できる企業が限られていることは、この業界で集中化が進む可能性が高いことを意味する。これは業界に新たなリスクをもたらす。

新たな2つのリスク

1つは、分散化とレジリエンス(回復力)を前提として築かれた業界に、強いレベルの集中化が生まれるリスクだ。

伝統型な金融市場の構造を再現することで、(検閲の可能性を伴う)権力の集中、(1社の危機が市場全体に波及する)少数サプライヤーへの依存、そしてコスト増といった弱点や脆弱性のようなものも再現することになる。

一方で、「主流の」機関投資家にまったく新しいタイプの資産と市場構造への理解を求めることは、難しいだろう。特に新しい技術が、機関投資家が依存しているものの破壊を目的としている場合はなおさらだ。

慣れ親しんだ投資プロセスは、多くの機関投資家の参入を容易にする。

もう1つのリスクは利益相反だ。コインベース/タゴミのプライムブローカーサービスは、ベストプライスを提供するために、必要なときは注文をコインベースではなく、他の取引所に送ってくれると、顧客は信用するだろうか? コインベースを有利にするために、競合の取引所が除外される可能性はないだろうか?

伝統型金融の世界では、最大手のプライムブローカー(ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーなど)が、最大手のブローカー/ディーラーでもある。しかしこれらの企業は、「ベストプライス」の提供が法的義務になっている、より規制された業界で業務している。暗号資産市場はそうではない。

再担保もまた、警戒すべき問題となる。

伝統型なプライムブローカーにとって重要な収益源の1つは、顧客の担保およびカストディサービスに預かっている顧客資産をもとにした融資だ。再担保によって、資本の利用はより効率的になるが、暗号資産の担保は所有権にまつわる複雑な問題を引き起こし、無記名資産の意味そのものを弱め、カストディアンやその顧客に問題が起きた際には、連鎖的な問題を招くことになりかねない。

次の展開は?

暗号資産プライムブローカーへの新規参入は、市場インフラの専門性がより高まるという点で業界全体を活性化し、それが新しいタイプの市場参加者を引きつける可能性も高いが、暗号資産業界はまだ新しくニッチな業界だ。

コインベース、ビットゴー、ジェネシスは大手だが、ゴールドマン・サックスではない。業界内の人間にとっては、彼らは「優良企業」かもしれない。だが、大手機関投資家は彼らの名前を聞いたことがないかもしれない。

大手の保守的な機関投資家は、昔からのプライムブローカーが暗号資産サービスを提供するまで待つという決断を下すこともできる。その方がより大きな変革をもたらすことになる。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:Chris Li, Unsplash
原文:Crypto Long & Short: The Emergence of Prime Brokers Adds Resilience but Also Risk