社会貢献のインセンティヴとしての仮想通貨と、思想としてのブロックチェーンの価値:加藤崇

この日本において、とかくネガティヴなイメージがつきまとう仮想通貨。このブロックチェーンを用いた仕組みが、実は市民を巻き込んでインフラ整備を加速させるためのインセンティヴとして使えるのではないか──。水道管などの配管インフラの更新投資を人工知能によって最適化するソフトウェアを米国で開発している、起業家でフラクタCEOの加藤崇による考察。
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D3SIGN/GETTY IMAGES

仮想通貨」と聞いて、多くの人たちは何を思い浮かべるだろうか?

2014年に起きたマウントゴックス事件や、18年に起きたコインチェック事件といった「事件」と名のつくものから、仮想通貨で一夜にして大儲けをしたとされる「仮想通貨芸人」、仮想通貨の取引によって1億円以上の売却益を得た「億り人」と呼ばれる人たちの存在まで、何やら怪しげな空気を感じるというのが正直なところだろう。

日本では、とかくネガティヴなイメージがつきまとう仮想通貨だが、大学時代に物理を専攻したぼくも、これまで「ゲームや仮想通貨といったものは、物理(というリソース)の無駄遣いだ」とさまざまなところで言及してきた。しかし、ここ最近、こうした自分の考え方が、やや視野狭窄に陥っているのではないかと思うに至った。ある構想をきっかけに、2020年になって自分の考えが180度がらっと変わることになったのだ。

過去10年というもの、ぼくはある意味ではディープなハイテク一色の生活を送ってきた。ヒト型ロボットヴェンチャーのSCHAFT(シャフト)を12年に東京大学の研究者たちと共同で創業し、13年末には米国防総省高等研究計画局(DARPA)が開催したヒト型ロボットのコンペティションでマサチューセッツ工科大学(MIT)やカーネギーメロン大学の研究チームを押しのけて優勝した。それと前後して、グーグルにSCHAFTを売却している。

その後、米国のシリコンヴァレーに渡って15年にフラクタという会社を創業し、世界で初めて人工知能(機械学習)を使った上水道配管の劣化分析ソフトウェアを世に送り出した。そんなハイテクに染まった自分にとって仮想通貨というものは、ブロックチェーンという分散型台帳システムに基づいてはいるものの、さほど技術的に意味があるとは思えず、気にもとめることがなかったというのが正直なところだった。

ソフトウェアが思うように売れず、考えたこと

一方で、フラクタは2017年ごろから、ある問題にぶち当たっていた。自信をもって送り出したソフトウェアが、思ったほど売れないのだ。

とはいえ、サンフランシスコやオークランドといった米国の主要都市から、東海岸の誰もが知る巨大都市の水道会社に至るまで、多くの会社に採用してもらっていた。その意味では、日本人がつくっている会社としてよくやっているというのが、世間の評価だろう。しかし、米国には零細企業を含めると50,000以上もの水道会社があることを考えると、スピードが足りないことは明らかだった。

水道会社が水道配管を更新する投資の最適化に関しては、技術的には問題が解けている。米国全土において今後30年で上水道配管の更新投資に100兆円近いお金が注がれるという試算があるなか、われわれのアルゴリズムを使って更新投資を最適化すれば、少なくとも20兆円分くらいの予算が削減できるというシミュレーションができていた。

だからこそ、飛ぶように売れてもいいのではないか──。そんな思惑通りにいかなかった背景には、社会的かつ構造的な問題が立ちはだかっているように思えた。それは、水道会社のインセンティヴ構造に関する問題だ。

どこの国に行っても、各地域にひとつしかない水道会社は、他社との競争に晒されておらず、新しい技術を取り込むインセンティヴに乏しい。水道料金を支払う市民にとって長期的に便益のあることが、水道会社の硬直した意思決定プロセスに阻まれているのではないかと感じていた。この問題を解くためのカギを、ぼくは17年の終わりごろからずっと探してきたのである。

着々とソフトウェアは売れていくものの、まだまだスピードは足りない。それでは水道会社に対して営業をかけるのではなく、市民に対して直接働きかけることはできないだろうか?

しかし悲しいかな、市民は水道やガス、道路といったインフラストラクチャーにそもそも興味がなさそうだ。一方で、日本などはとりわけ人口が急速に減少していくことが予想されており、中央統制でインフラを維持・管理していくにもコスト面での限界がある。市民をこの分野に引っ張ってくることはできないだろうか?

この問題を解かない限り、フラクタの本当の成功はない。そんなことを考えながら、3年の月日が経った。

仮想通貨をインフラ保全のインセンティヴに

こうしたなか、2020年の夏に仲間とディスカッションしていたとき、市民参加型のまちづくりについてあるアイデアを思いついた。

例えば、市民が上水道配管の漏水を目撃したら、スマートフォンのアプリケーションを使って水道会社に報告する。そうすれば、市民からすれば自分が住んでいる地域のインフラ保全に貢献したことになるし、水道会社からすれば一つひとつの漏水事象を自分のスタッフを使って追いかけなくて済む。

この小さな事例単体が重要というわけではない。インフラ保全に関するこうした一つひとつのコミュニケーションを市民が生活のなかでおこなうことにより、市民とインフラ企業の距離は近くなり、両者のコミュニケーションがさらに活発になる。やがて市民は自らのインフラにある意味での責任を感じるようになり、水道配管の劣化にかかるコストにも思いを馳せるようになる。問題意識が醸成できるというわけだ。

一見すると簡単なことのようだし、すでに社会的にこのような取り組みがおこなわれてもよさそうだ。しかし、なぜそうなっていないのか?

こうしたことを何カ月にもわたって考え続けると、いくつかの切り口があるように思えてきた。これらを検討するうち、仮想通貨を使ったインフラ保全エコシステムの形成という切り口を使えば、うまく問題が解決するのではないかと思うに至ったのだ。

しかし、なぜ仮想通貨を用いたシステムが効果的だと言えるのだろうか?

コミュニケーションを増大させるもの

そもそも市民とインフラ企業との間にあるコミュニケーションは、なぜこれほどまでに硬直化しているのだろうか。そこに技術がサポートできる要素はないだろうか──。そんなことを考えていると、コミュニケーション領域におけるインセンティヴ構造について思いを馳せることになった。

日本人も多く使っているLINEやFacebookメッセンジャーといったコミュニケーションアプリは、メッセージを相手が開封したことを示す「既読」というサインを実装することによって、人々のコミュニケーションの量とスピードを爆発的に増大させることに成功した。

これは「既読して、さらに無視したと思われたくない」という個人の心理をうまく突いた結果だった。「心象がマイナスにならないように、早く返信してイーヴンに戻す」。マイナスをゼロに戻そうとするインセンティヴ構造が、ここには存在している。

この事象が示唆していることは、例えば市民と水道会社などのインフラ企業との間で、起こるべきだがいまだに起きていないコミュニケーションに関してもインセンティヴ構造をきちんと設定できれば、硬直的な現象を避け、量とスピードの双方の観点から爆発的にコミュニケーションを増加させられる可能性である。

こうして仮想通貨が取引所等を介して実物通貨とのゲートウェイを確保するなら、そこには強固なインセンティヴが出現するわけだ。

米国社会でチップが果たす役割

もうひとつ例を挙げよう。米国で生活していて、いつも不思議に思っていることがあった。米国のチップ文化についてだ。レストランで食事をすると、クレジットカードでそれを払う際、伝票に支払い総額の15~20%くらいのチップの金額をボールペンで書き入れ、それを店員に渡す。

これだけ合理的な国でありながら、なぜこれほどまでに面倒なことを続けているのか? チップが必要であれば、そもそも食事代に折り込んで請求すればいいだけの話で、それを各人が毎回おこなう手間とコストは計り知れない。

しかし、5年も米国に住んでいると、だんだんとそこに意味があるのだと思えるようになった。レストランのスタッフは合理的にチップをもらうことを期待している。良いサービスをおこなえばおこなうほど、より高額のチップが支払われるというのが通例だ。多くのチップが支払われれば、そのスタッフは良い報酬と認知を獲得するし、その逆もまたしかりである。

米国という国は、この手間暇というコストを考えてもなお、チップ文化を懸命に維持しようとする。膨大なコストがかかっていることを知っていてなお、それ以上の社会的ベネフィットがあることを、社会全体が認めているからだ。

つまり、レストランのスタッフの笑顔や細やかな気配りから得られる広範な社会価値を、あえて「食事」という直接的な経済価値とは別物として扱っているのである。

そこでぼくは、この現象をインフラの世界にも写像してみようと思った。仮想通貨(=上記の例でチップに相当するもの)を持ち込むことで、経済価値の枠組みの外にある、より長期的な社会価値に対するインセンティヴを取り込むことに意義を見い出せそうな気がしたのだ。

「Whole Earth Catalogue」の思想

こうしてぼくは、仮想通貨の枠組みを用いたインフラ整備の仕組みの実現に向けて、動き始めた。米国における新進気鋭の仮想通貨領域の弁護士や、米国指折りの仮想通貨コンサルティング会社と、何度も何度も議論を重ねたのだ。

そのときに多くの人間が口にした言葉がある。それは「Decentralization(非中央集権化)」という言葉だった。仮想通貨、またブロックチェーン技術というものは、非中央集権的でなければならないというのだ。

そもそも米国西海岸、特にシリコンヴァレーがあるカリフォルニア北部は、ヴェトナム戦争の反対運動とヒッピー文化の中心地だった。ヴェトナム戦争という“不必要な戦争”に駆り出された自分の家族が外国人と殺し合いをさせられている──。こうした思いに端を発した市民の怒りは、やがて大きな反戦運動につながった。そして中央政府に頼らず生きる術を身につけ実践すべく、ヒッピーという生き方を生み出したのである。

こうした文化に心酔していた人物のひとりが、アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズだった。ジョブズは05年のスタンフォード大学の卒業式スピーチにおいて、自身が若いころにバイブルとしていた雑誌『Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)』の存在に言及する。それは、中央政府による中央集権的な意思決定に潜む罠に敏感になり、非中央集権的なアイデアに基づくライフスタイルに必要なグッズやノウハウを集めたヒッピー向けのカタログ雑誌だった。

シリコンヴァレーに暮らしてビジネスをしていることで、こうした考え方に慣れ親しんでいたぼくは、自然と非中央集権的な物の考え方をよしとする仮想通貨の世界に引き込まれていった。これは資本主義と共産主義の戦い、イデオロギーの対立に見られたように、ロジックというよりはむしろ思想に近いものなのだと納得したのである。

市民とインフラ運営との間を埋めるために

こうして徐々に、物事の全容がわかってきたように感じられた。仮想通貨とブロックチェーン技術は、技術やロジックとして語られるべきであるというより、むしろ思想として語られなければならないものだと思う。

この非中央集権的な物の見方を正としたとき、上記で述べたような、いくつかの項目が頭の中で像を結んだ。ブロックチェーンという分散型台帳の技術を使い、仮想通貨という名のインセンティヴ構造を持ち込むことによって、市民とインフラ企業との距離を縮めていけるのではないか?

2020年のある日、心の底からそう思うことができたのだ。そう思った途端に、日本のみならず世界において、玉石混交でいろんな思惑が入り混じった仮想通貨の世界が、急に面白いものに見えてきた。

しかし、この取組みがフラクタという企業の枠組みを越えていることは、容易に想像できた。こうしたものを、一企業の統制下に展開していくことは、それこそ非中央集権的な物の考え方に反すると思うようになったからだ。

そこでぼくは、フラクタとは別の財団である「Whole Earth Foundation(全地球財団)」の設立に関与し、その活動をサポートすることにした。そして、この財団の取り組みを通じて、市民とインフラ企業との間を埋めようと試みている。

市民生活のなかにあるインフラストラクチャー。それは、その土地で生活する市民のものであり、公共体といえどもそれを中央集権的に管理すべきではないのかもしれない。人口減少社会に突入する日本。その日本にこそ、非中央集権的なインフラストラクチャーの民主化が求められているのではないか?

こうした思想を体現すべく設立したWhole Earth Foundationのヴィジョンには「We Democratize Infrastructure Management(インフラの維持・管理を民主化する)」と掲げている。

ぼくはこの財団を通じて今後、インフラ全般の保全に関わるデータを集積し、またブロックチェーン化し、さらに社会貢献のインセンティヴとして仮想通貨を導入することによって、市民とインフラを運営する企業や自治体との間に横たわっていたギャップを解消していきたいと考えている。

インフラを運営する側と市民の間におけるコミュニケーション量が増大し、長期的な社会価値に対して市民に明確なインセンティヴが配られるようになったとき、市民は自らのインフラを自らの力で管理するようになるはずなのだ。

加藤崇|TAKASHI KATO
1978年生まれ。人工知能(AI)により水道管などのインフラ設備の更新投資を最適化するソフトウェアを開発するFracta(フラクタ)最高経営責任者(CEO)。早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。元スタンフォード大学客員研究員。東京三菱銀行などを経て、ヒト型ロボットを開発するSCHAFTの共同創業者兼最高財務責任者(CFO)。2013年11月、同社をグーグルに売却して世界に注目された。2015年にフラクタをシリコンヴァレーで創業、CEOに就任。2018年に株式の過半を栗田工業に売却、現在も同職。「WIRED Audi INNOVATION AWARD 2019」受賞イノヴェイター

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TEXT BY TAKASHI KATO