コインベースの上場にみるビットコインのこれから、そして「資産」としての価値

仮想通貨の取引所であるコインベースが上場した。その市場における評価からは、ビットコインに代表される仮想通貨(暗号資産)に対する評価、そして将来的な資産としての見通しまでもが透けて見えてくる。
Coinbase
ILLUSTRATION BY SAM WHITNEY; GETTY IMAGES

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物理学者たちは常に、気泡(バブル)が崩壊する仕組みについての再考を重ねている。この問題は一見すると単純そうに思えるが、実際はそうではない。走行中の自転車を倒れないように支えている力の解明と同じように、物理学者の頭を悩ませている難題のひとつなのだ。問題は気泡がわたしたちの周囲で常に破裂しているにもかかわらず、そうした破裂が一瞬で起きることから、基本的な原則の把握が難しい点にある。

ところが数年前、超高速カメラによって変わった現象が科学界で発見された。気泡が破裂する際に、多くの気泡(科学者は“娘たち”と呼んでいる)が新たに発生し、それらが“親”の気泡を取り囲んでいたのだ。要するに、ひとつの気泡には無数の子どもが含まれており、瞬間的な誕生と崩壊を待っていたのである。

こうした不確かであり“投機的”とも言える飛躍を待ち構えている気泡は、どのくらい存在するのだろうか?

金銭が現実世界から飛び立ち、デジタル資産のノンファンジブル・トークン(NFT)やミームコイン、株式市場の皮肉や不条理にを示す“ストンクス”などの奇妙な新領域に突入する動きがここ数カ月で見られている。その理由を経済学者に尋ねれば、「お金の行き場がなくなっている」という答えが返ってくるだろう。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の期間には、大量のお金が刷られた。多くの人はそれを食料や日用品、家賃へと直に回したが、すでにカネ余りの状態でさらなる利益を求める者たちもいたのだ。

現金の状態では利益が出ないことから、そのまま置いておくわけにはいかない。インフレの予兆も見えていた。また、債券の利益もかつてほどない。したがって、当初は株が理にかなった選択だった。特にリモートワークが流行した年だけに、高騰すると思われたテック系の株が有望だった。

だが論理的には、そうした株の評価額は数兆ドルといったところだ。それならビットコインに投資しない手はないだろう──。こうして人々が殺到し、めまいのするような、そして恐らく不安になるようなレヴェルにまで価値が高騰した。1ビットコインの価格は60,000ドル(約650万円)を突破し、NFTやドージコインなどの躍進につながったのである。

コインベースの将来性に疑問の声

一方で、こうした投資家の大多数がバブルを恐れており、コインベース(Coinbase)の上場を待ち望んでいた。コインベースは、仮想通貨(暗号通貨、暗号資産)の世界をより安全で使いやすくしてくれると思われている取引所である。

こうしたなかコインベースが4月14日(米国時間)、1,000億ドル規模(少なくとも書類上は)の企業としてナスダックに上場した。上場時の時価総額は史上最高レヴェルであり、2012年のフェイスブックの上場にも引けをとらない。確固たる足場が築かれたと言えるだろう。

企業が上場する際には、将来の見通しのヒントが表れるとされている。バンカーやヴェンチャーキャピタリストが上場時の価値を決めるために集まり、成長の見通しへの期待値を盛り込む。

現在のコインベースの基盤は、ビットコインのような通貨の売買やそこから得られる手数料にある。これに対して将来のコインベースは、ビットコイン以外の通貨に加えてNFTや分散型融資といった仮想通貨商品の幅広いラインナップにまで対象を広げ、より規模の大きなものを基盤にすることになる。

ところが、一部のアナリストは懐疑的だ。コインベースの最高経営責任者(CEO)であるブライアン・アームストロングの言う「クリプトエコノミー」が、期待されるような大規模なものになるかという点に疑問があるのだ。現実にそうなったとしても、業界の競争が激化し(すでに起きていることだが)、コインベースが受け取る手数料が下がると指摘されている。

ビットコインの価値と「信用」

いまのところコインベースはビットコイン企業である。そうした事実は厳密に言えば秘密ではない。新規上場時の資料によると、同社の収益の60%程度がビットコイン取引の手数料で占められている。

いずれにせよ、コインベースのプラットフォームで取引されているほかのコインも、ビットコインと共に変動している(ここにも気泡の「親と娘」が見られる)。コインベースはビットコインの変動性と値上がりの可能性に依存しているのだ。

今年はじめに仮想通貨が高騰するなか、コインベースの第1四半期の利益は18億ドル(約1,960億円)に達した。これは昨年全体を合わせた額よりも多い。ビットコインがいまよりかなり安く、誰も話題にしていなかった19年には、コインベースは3,000万ドル(約32億円)の損失を出している。

こうした状況を考慮すると、コインベースの上場とはビットコインの株式市場への上場とみなすこともできそうだ。ビットコインのそもそもの始まりを考えると、奇妙な感覚に襲われる。ノーベル賞を受賞したこともある経済学者のロバート・シラーは、19年の著書『Narrative Economics』(日本では『物語経済学: 根拠なき熱狂はどう歴史を動かしたか』として刊行予定)において、ビットコインの台頭は「物語の功績」であると述べている。

さらにシラーは、最初に参加した者に恩恵があり、また権威から独立したブロックチェーン技術の独自性に恩恵があったとも指摘している。そして展開された物語によって、ビットコインは政府の崩壊やインフレに対するヘッジ資産となったのである。

ブルームバーグのジョー・ヴァイゼンタールのように、ビットコインを「信用ベース」の資産と呼ぶ者たちも現れた。ビットコインを創始したのは匿名の“予言者”であるサトシ・ナカモトだが、彼はプログラムを仕上げると姿を消してしまった。

そこでは難解な用語が飛び交い、神聖なホワイトペーパーが作成される。そして、チェーンで新たに生み出されるブロックが半減するという儀式的なスケジュールもある。

確かに、すべての資産は信用に基づいている。だが、ドルに対する信用は物理的な紙幣や硬貨への信用ではなく、米国政府への信用だ。ビットコインの場合は、その仕組み自体や、コインを生み出して安全性を確保しているネットワークに信用が置かれている。

ビットコインの価値を証明する根拠は現実世界にはないことから、ビットコイン信奉者からの強い信頼が重要となってくる。ビットコインが希少であることは間違いない。2,100万枚という発行上限がプログラムで決まっているからだ。

しかし、そうした条件だけで適切な投資対象とみなされるわけではない。使用できる場面は限られており、ビットコインの効率的な利用を目指す動きはあるが現時点では実現できていない。信用の礎であるネットワークはいまだ未成熟な状態で、ビットコインで市場操作が起きるのではないかという不安につながっている。

変わり始めた流れ

こうした動きに対し、大衆が明確な信頼を示しているわけではない。

疫学に数学を応用しているアダム・クチャルスキー(新型コロナウイルス感染症などの疾病の伝染に関する研究で知られる)は、口コミやメディア報道によって広がる感染の一形態としてビットコインを論じている。だがネットワークの観点から言うと、にわか景気と不景気の繰り返しから浮かび上がるのは、“断続的”な感染の姿だ。

つまり、一時的な感染爆発はあるが、それほど遠くまで広がらない疫病である。盛り上がっている時期にはたくさんの人が参加し、しばらくは価値が上がる。だが、全体的な影響は限られる。最近の調査によると、仮想通貨に手を出している米国人は1割以下で、そのうち半数ほどが後悔しているという。

ところが、ここ最近になって流れは変わりつつある。テスラやSquare(スクエア)といった少数の企業が仮想通貨への投資を始め、ヘッジファンドや銀行も参入し始めているのだ。

政府からの自由という側面はあまり関係なく、ほかに行き場のないお金の影響が大きくなっているという。JPモルガンが先月投資家に示した報告書において、そうしたロジックが示されている。報告書では、同社が仮想通貨を投資に適した資産とみなしている理由も説明された。

山あり谷ありのビットコインの歩みは、その後に変化をもたらした。歩みごとに投資する者が増え、それによってルールや定義が追加され、規制当局の関心を呼び、コインベースのような企業によるインフラ整備も進んだ。

市場は成熟しつつあった。変動しやすい相場には変わりないが、投資家が利益を得ることのできる論理的な変動となるだろう。投資家は、ほかの投資家に信頼を置くことができる。

ビットコインを「信じる」ということ

そうした歩みは必然的に金との比較につながると、JPモルガンのアナリストは指摘している。個人投資家は1930年代に金の取引が禁じられたが、74年に再び合法となった。

当時、金は得体の知れない資産だった。仲買人は「必ず需要が急上昇する」と請け合い、郵便でインゴットをこぞって売ろうとした。その結果、金の価格は史上最高値を記録した。

ところが、少なくとも当初は価格変動が大きすぎるというのが大勢の見方だった。「自分の財産でブラックジャックをするようなことになるでしょう」と、金の取引が合法化された日の『ニューヨーク・タイムズ』紙でオハイオ州デイトンのある歯科医は語っている(当時の金は歯の詰め物として使われていたので、彼にとってなじみのないものではなかった)。

こうして価格は高騰し、のちに暴落した。そして、こうした動きを何度か繰り返した。しかし、やがて安定した。金は「目新しい資産」から段階的に成長し、投資ポートフォリオの標準的な要素となったのである。値動きは予測しやすくなり、学習や制御が可能な市場要因に依拠したヘッジ資産となったのだ。

いま、上場を果たしたコインベースを信じるなら、ビットコインを「信じる」ことが求められる。だが、実は逆の方向へと向かっている可能性もある。

そのうち、ビットコインに価値があると考えるためにビットコインを信じる必要は、まったくなくなるかもしれない。テスラもコインベースも信用できるようになるし、ポートフォリオにビットコインを保有している上場企業やヘッジファンドも信用できるようになるかもしれない。

そうした状況は“物語”の語り手によると、まさにビットコインが回避し、終わらせることになっていたシステムそのものだ。ひょっとすると最終的に、新たな形態のお金が奇妙に感じられるのは最初のうちだけなのかもしれない。

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TEXT BY GREGORY BARBER