不正流出事件を経て“復活”したコインチェックが見据える仮想通貨の未来とは?
撮影:西山里緒
2021年4月、仮想通貨(暗号資産)業界は空前の大景気に沸いた。
4月14日にはアメリカの大手取引所・コインベースが上場し、評価額は一時1120億ドル(約12兆2000億円)に達するなど、そのブームには株式市場も熱い視線を送る。
日本でブームを盛り立てるのは、大手仮想通貨取引所のコインチェックだ。4月27日に発表された親会社・マネックスグループの決算資料によると、2021年3月期第4四半期のコインチェック事業の利益(税引き前)は前四半期比2.7倍となる66億円を記録した。
2018年に発生した580億円相当の仮想通貨・不正流出事件からの立て直しを経て、グループ入り後最高益を更新した同社が目指す、仮想通貨の未来とは?同社の共同創業者でもあり、現在は執行役員を務める大塚雄介氏に聞いた。
10〜12月期で最高益の24.2億円
4月14日のアメリカの大手仮想通貨取引所・コインベース社によるナスダック上場は、市場を活気付かせた。時価総額は一時1120億ドル(約12兆2000億円)に膨らみ、同日にはビットコインが史上最高価格となる700万円を突破した。
ブロックチェーン上に記されたデジタル資産「NFT」(ノン・ファンジブル・トークン、非代替性トークン)も2021年に入って急速に注目を集めた。
NFT(非代替性トークン):ブロックチェーン技術を使ったデジタル資産の一種。ビットコインなどの仮想通貨とは異なり、それぞれが唯一無二で分割ができない。その性質上、デジタルアートやゲームにおける「偽造不可能な鑑定書」として活用できるとされる。
世界で景気の良い話が続く中、日本のブームを牽引するのは、大手仮想通貨取引所のコインチェックだ。
現在、アプリのダウンロード数と取り扱い通貨数では国内トップにつけているほか、3月24日には他社に先駆けてNFT取引プラットフォーム「Coincheck NFT(β版)」をサービス開始。
2021年3月期第4四半期のコインチェック事業の利益(税引き前)は前四半期比2.7倍となる66億円となった。
画像:マネックスグループ 2021年3月期 決算説明資料より
コインチェックを傘下に収めるマネックスグループの2021年3月期第4四半期(1〜3月)の決算資料によると、コインチェックが手がけるクリプトアセット(仮想通貨)事業の利益(税引き前)は、グループ入り後の最高益を更新する66億円を計上した。
2021年3月に公開された月次概況によると、コインチェックの取引所の売買代金は2021年1月で前月比の2倍超となる7800億円と急伸している。
業界を震撼させた不正流出事件から、3年あまり。コインチェックは息を吹き返した。
NFTの波に「突然、来た!」
「仮想通貨の次のブームは、僕も知りたいくらい」と笑う、大塚氏。
ここで簡単にコインチェックの歴史を振り返ろう。
不正流出事件後の2018年4月、コインチェックはネット証券大手・マネックスの子会社になった。2019年1月には仮想通貨交換登録業者への登録が完了。同年11月には、社長が前任の勝屋敏彦氏から蓮尾聡氏に変更したことで「攻めの経営というと語弊があるが、よりフレキシブルに対応できる体制(が可能になった)」(大塚氏)。
「コインチェックのDNAとして、僕も和田(創業者であり、現副社長の和田晃一良氏)も、例えばFX(通貨を売買してその差益を狙う取引)の出身ではない。だからあまりそこをやろうという話にはならないんです」
大塚氏は、NFT事業に参入した背景として「新しいテクノロジーを誰でも身近に使えるように」というコインチェックのミッションに即したものだったとした上で、こう答える。
「(NFTは)自分たちが目指す未来だね、ということは分かっていた。けれど(仮想通貨業界では)いつ行くか?が重要でもある。そうしてタイミングを見計らっていたら、突然『来た!』と」
2021年2月にはNFT取引プラットフォーム「miime」を展開するメタップスアルファを買収。こうした「先手」が、NFTブーム最盛期でのサービス開始にもつながった。
中国・バイナンスが牽引する“分散型金融”
中国の大手仮想通貨取引所「バイナンス」はテスラ株を仮想通貨で売買できるサービスを開始した。
REUTERS/Dado Ruvic/Illustration
NFTに限らず、2020年から2021年にかけては、多くのイノベーションが仮想通貨ブームを後押ししている。中でもキープレイヤーとなるのが、中国で2017年7月に運営開始した世界最大級の仮想通貨取引所・バイナンスだ。
仮想通貨のデータサイト「CoinMarketCap」によると、バイナンスが提供している独自の仮想通貨(トークン)「BNB」は2021年4月現在、ビットコインやイーサリアムに次ぐ3位の時価総額につけている。
バイナンスの強みのひとつは、独自のブロックチェーン、バイナンススマートチェーン(BSC)を開発・運営していることだ。BSCは、2020年に急成長した「DeFi(Decenctralized Finance、分散型金融※)」を推進するテクノロジーだとして注目を集めている。
※DeFi(分散型金融):中央集権的な運営主体によらない金融取引のこと。パブリックブロックチェーン上で構築される金融サービスを指す(マネックス仮想通貨研究所の定義より)
バイナンスの躍進はそれだけに止まらない。
2021年4月に同社は、仮想通貨で株式を取引できるサービス「バイナンス・ストック・トークン」の開始を発表した。第1弾としてテスラの株式をトークン化、第2弾にはコインベースの株式がトークン化された。
バイナンスと「(戦略は)同じ」
一方では、誰もがブロックチェーン上でアプリ(dApps、分散型アプリケーション)を開発できるプラットフォームを提供し、他方では伝統的な金融市場と仮想通貨の架け橋を作る ── 。バイナンスは「バイナンス経済圏」とも呼ぶべき、独自のエコシステムを築き上げようとしているようにも見える。
こうした他国の動きを日本大手の取引所としてどう見ているか、との質問に対し、大塚氏は「(各国で)規制の違いがあるので違う面も多くあるが、(目指すべき未来は)同じようになっていくのでは」として、NFT事業はその足がかりになる、と答えた。
「すでに仮想通貨取引をしているお客様に新しいサービスを提供していく、という戦略は同じ。(NFTに参入したことで)仮想通貨取引の上のレイヤーに、事業が成り立った。アートやゲームアイテムをデジタル上で売買できるような仕組みを作り、そしてコインチェックの経済圏が回っていく(ことを目指す)」
一方で、日本でこうした事業を進めていくには、大きな規制の壁がある。
大塚氏は規制について、まずはユーザーの不便さの解消という観点から、規制を変える機運を高めていくことが大切なのでは、との見方を示した。
「例えば(顧客からの声として)税務をどうにかしたい、と。今ではイーサリアムを使ってNFTを買った時点で(利確しているので)税が発生してしまう。使い勝手が良くなければサービスも使われない。ユーザーの方が困っている声を、我々が代表して伝えていき、仕組みを変えていく必要がある」
コインベース上場で「大海賊時代が来るのでは」
コインベース上場は、仮想通貨業界全体に大きなインパクトをもたらすだろう、と大塚氏はいう。
REUTERS/Shannon Stapleton/File Photo
ブームの高まりを受け、今までは仮想通貨事業を手がけていなかった企業も、続々と参入している。アメリカでは決済大手のスクエアやペイパル、ネット証券大手のロビンフッドなどが仮想通貨事業の拡大を進める。
日本国内でも、メルカリ(新会社メルコイン)を始めとして、新たに仮想通貨関連事業に新規参入すると表明した企業も少なくない。こうした動きを受けて大塚氏は、とりわけコインベースの上場が、仮想通貨業界の今後を切り開く大きな一歩になるのでは、とみる。
「今まで暗号資産の会社はイグジット(株式公開や事業売却)できないのでは、という懸念があった。(コインベース上場で)VCマネーも投資できるようになるし、起業家もそこでチャレンジしていいんだと(自信がついた)。漫画『ONE PIECE』でいうところの、海賊船がどんどん出てくる(大海賊)時代のように、次世代のチャレンジがどんどん出てくるのでは」
一方で、過熱した市場からは、詐欺やマネーロンダリングなどの新たな問題も生まれやすい。特に今のNFTの盛り上がりは、違法出品などの問題もはらんでいるとして、大塚氏はこう警鐘を鳴らした。
「(過去のICOブームなどを経て)失敗した歴史をもう一度繰り返すことはない。まずはある程度本人確認をして、我々としては完成形に近いところからちゃんとやっていく。長い目で見れば、それが健全に業界を発展させていくと思っています」
(文・写真、西山里緒)
【UPDATE】決算資料の内容を元に、一部内容を加筆しました(2021/04/27 16:05)