乱高下するビットコインの価格と、「反通貨」としての価値の本質

ビットコインの価格が乱高下を繰り返している。本来なら政府や金融機関に管理されていない“反通貨”がもたらす理想主義的な役割を“開発者”のサトシ・ナカモトは期待していたはずが、いつの間にか投機的な資産になり、犯罪活動の際に好まれる決済方法になってしまった。いったいどこを間違えてしまったのだろうか──。『WIRED』US版エディター・アット・ラージ(編集主幹)のスティーヴン・レヴィによる考察。
Cameron Winklevoss
ビットコイン長者であるキャメロン・ウィンクルヴォス。彼はビットコインの“栄光の予測”について、しばしばツイートしている。MARCO BELLO/AFP/AFLO

わたしはサトシ本人に会ったことがあるかもしれない。

「サトシ」とは、2008年にビットコインを世界に紹介した論文の著者が名乗った名前「サトシ・ナカモト」のことだ。論文は、サトシが「サイファーパンク」というグループに参加したか、あるいは少なくとも交流をもったことから生まれたとされている。そのことについては、『WIRED』US版の創刊第2号に書いた通りだ。

そうしたいわゆる「仮想通貨の反逆児たち」に、わたしは直接会ったりインタヴューしたりしてきた。それからというもの、そのうちの“ひとり”が革新的なピアツーピアのデジタル通貨(「ブロックチェーン」という革新的なアイデアだ)を世に放ち、いまでは経済を大混乱に陥れている人物と同一人物だった可能性について、ずっと思いを巡らせてきた。

だが、ビットコインはかなり昔にピークを過ぎている。サトシの論文の内容は、デヴィッド・チャウムなどの暗号研究者がもたらした成果に立脚した数学的なプロセスだった。チャウムは二重支払いを回避しながらデジタル通貨の主な問題を解決する方法を最初に編み出した人物だ。

もともとビットコインは、大金を稼ぐための仕組みとして意図されていたわけではなかった(ただし、この仕組みが本当に大きな人気を集めれば、初期に“採掘”されたビットコインに大きな価値が生まれるであろうことは論文でも示唆されている)。サトシは、仮想通貨(政府や金融機関に管理されていないという意味で「反通貨」と呼んだほうがふさわしいかもしれない)が受け入れられれば、社会全体にとっていい結果が生まれるだろうという理想主義的な見方をしていたように思える。

しかしいま、ビットコインは次のふたつのことで有名になっている。ひとつは、市場が乱高下する投機的な資産であるということ(初期に取引した者の一部は、すでに億万長者になっている)。もうひとつは、ランサムウェアや薬物取引などの犯罪活動の際に好まれる決済方法ということだ。

とっくに訪れたデジタル通貨の時代

皮肉なことに、ビットコインを実際に使用している人はほとんどいない。一方で、デジタル通貨の時代そのものは、25年前から到来している。

わたしが90年代半ばに初めてデジタル通貨の記事を書いたとき、それは時代の最先端のように思えた。94年に電子マネーに関する記事を『WIRED』US版に掲載すると、政府の規制当局者が、それまで知らなかった内容だったと話してくれた。

そして95年に『ニューズウィーク』に寄稿した記事「The End of Money」は、同誌の編集者たちを驚かせた。それは「将来的に電子メールに金銭を添付して送るようになる」ことを説明した記事だった。

そしていまでは、ほとんどの取引は電子的に処理できる。現金はというと、完全に過去の遺物といった感じだ。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が現金の利用にとどめを刺した感もある。

あなたたちが最後にポケットに手を入れて小銭を探したのは、いつのことだろうか? 2020年3月に新型コロナウイルスの感染拡大が本格化するなか、パニック状態になりながらATMに行ったときにおろした紙幣は、まだ大部分がわたしの財布に残されている。いまではパーキングメーターでもクレジットカードが使える時代なのだ。

ビットコインへの失望

ビットコインをはじめとする仮想通貨の価格が高騰しているにもかかわらず、法定通貨と同じように使われている様子は見られない。一部の大手企業がビットコインを受け入れ始めたことは事実だが、消費者がビットコインを使っているわけではないし、そうする利点も明確ではない。

「ビットコインの関係者は何も成し遂げていません!」と、ビル・ゲイツは今年のインタヴューでわたしに指摘している。「誘拐の身代金のやりとりや麻薬取引のコストを改善したかもしれません」(なお、ブロックチェーン技術に関しては、わたしはビル・ゲイツよりも楽観的だ。取引環境の安全性向上の面で大きく期待できると考えている)。

個人的に特に失望しているのは、90年代にわたしが精力的に書いていたデジタル通貨の機能のうち、マイクロペイメント(少額決済)が実現していないことだ。そうした機能があれば、例えばデジタルメディアの読者は自分の好きな記事だけ買えるようになるだろう。


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ブロックチェーンが夢見る分散型社会は到来するか ── ビットコインや仮想通貨の熱狂と失望の先に、ブロックチェーン技術は幻滅の谷を超え、社会のあらゆる領域へと実装されようとしている。「価値のインターネット」と言われるこの技術は、はたして「リブラ構想」のように新たなグローバル通貨を生み出すのか、あるいはトークンエコノミーや地域通貨のような形で新たな社会関係資本を生み出すのか、次の10年を検証する。


どこを間違えたのだろうか? 当時のわたしは、デジタル通貨が主に投機的な投資のために使われるとは想定していなかった(エネルギーを大量に消費するとも思っていなかった。だが、それはまた別の話だ)。

ところが、マネーゲームをある種の抵抗の手段として捉え、仮想通貨をまるで救世主のようにみなす運動の台頭によって、事態が思いがけない方向に進み始めた。「ビットコイン長者」のウィンクルヴォス兄弟がTwitterでビットコインの成功を予言したことがその一例だが、それだけにとどまらない。

米国でゲーム販売を手がけるゲームストップなどの不人気株の値を(おそらくは面白半分に)つり上げたRedditユーザーの振る舞いにも、そうした考えを見てとることができる。そしておそらく、その最たる例は「ドージコイン(Dogecoin)」だろう。文字通り冗談から始まったコインの評価額は、いまや500億ドル(約5兆5,000億円)以上にまでつり上がっている。

「反体制的な経済活動」の本質

わたしは実際のところ、そうした「反体制的な経済活動」を支持したいという人々の気持ちは十分に理解できる。米国の金融界は長年、ルール無用の巨大なカジノのような場所であり続けてきた。90年代や2000年代のはじめに大企業が考案した「金融商品」は、企業にとって有利な仕組みになっていたのだ。

そして08年に大企業が経済の運営に失敗すると、わたしたち間抜けな一般庶民はそうした企業を救済した。「反体制的な経済活動」は、大企業が使っているものと同じ仕組みを巧みに利用して、一般の個人投資家が反撃できる手段を提供するものである(ただし最近では、生み出された価値の多くが、すでに裕福なヴェンチャーキャピタリストの手に渡っているようだ)。

そうした個人トレーダーの多くは、「Robinhood」という証券取引アプリを駆使している。その名はまさに、そうしたムーヴメントの無法者のような精神を体現している。それは従来の強者に対して明確にノーを突きつけるものだ。

しかし、そうしたやり方では通貨の信用性を高めることはできない。サトシは「サイファーパンク」の理念に共鳴していたかもしれないが、彼の思考は必ずしも反体制的な経済観と結びついたものである必要はない。わたしはまだ仮想通貨の可能性を信じているが、長らく待たなくてはならないといまでは覚悟している。

通貨の柱となるべきもの

奇妙なことに、フェイスブックの仮想通貨「Libra(リブラ)」(現在の名称は「Diem」)には、好ましい点がいくつかある。Diemはいまのところうまくいっていないが、その原因は技術的な問題にあるわけではない。自社の利益だけを追求する大手テック企業が独力で通貨を生み出そうとすれば、常に疑惑の目が向けられてしまうものなのだ。

個人的に好ましく感じている点のひとつは、Diemが「ステーブルコイン」の原則に基づいていることである。つまり、信頼性の高い流通貨幣の価格に裏付けされているのだ。

くじのような確率ではなく、安定性こそが通貨の柱となるべきである。これまでピザに費やした金額を計算してみたら、NFLのチームをひとつ買収できるくらい使っていた──なんてことは、誰も望まない。

ビットコインの価格は6月第4週に暴落し、その後は少し値を戻している。価格の変動は予測不可能だ。いずれにせよ、ビットコインが救世主になるという望みはまだ人々の間で生きている。そしてそれは、消費者の実際のお金の使い方とはまったく関係がないものだ。

サトシなら何と言うだろうか?

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TEXT BY STEVEN LEVY