なくしたはずのビットコインが、100倍になって戻ってきた:その「価値の変化」から見えてきたこと

かつて購入したビットコインの情報を記録した紙切れを紛失したと思いきや、8年後になって価値が100倍の状態で見つかった。この体験はビットコインへの投資の賢明さを示しているようにも思えるが、その“過ち”を指摘しているとも言えるのではないか──。『WIRED』US版エディター・アット・ラージ(編集主幹)のスティーヴン・レヴィによる、実体験に基づく考察。
実録:なくしたはずのビットコインが、100倍になって戻ってきた!
PM IMAGES/GETTY IMAGES

年末の休暇の時期、この数年でたまっていた不用品の片づけに励んでいた。そのときシュレッダーにかけようと脇によけておいた書類のなかに見つけたのが、2014年の取材旅行の際のレシート類が入った封筒である。うなりを上げるシュレッダーに放り込む前に封筒の中身をのぞいてみると、その年の8月に利用した少し風変わりなATMから出力された紙片が出てきた。

それが何なのかはすぐにわかった。ときどきその紙切れのことを思い出しては、何となく探したりもしていたからだ。

紛失していたと思っていたし、あの機械に投入した20ドル(当時のレートで約2,080円)も消えてしまったと思っていた。そのレシートを現在の価値に換算した場合のかなりの大金も失われてしまったのだと、結論づけるしかなかったのである。

ところが、その正確な金額を知るときがついにやってきた。


RELATED ARTICLES

ビットコインのATMで2014年に起きたこと

まずは時計の針を14年8月19日に戻そう。インキュベーターとして老舗ののYコンビネーターが半年ごとに開催する「Demo Day」の当日のことだ。

カリフォルニア州マウンテンヴューにあるコンピューター歴史博物館が会場だったこのイヴェントには、80社ほどのスタートアップが参加していた。各社の業績はまちまちだったが、なかには21年に150億ドル(約1兆7,250億円)の評価額で上場を果たすまでに成長した企業もあった。

取材に支障をきたさぬようハイテク企業には投資しないことにしているが、あの日はBitaccessというスタートアップに財布のひもを緩められてしまった。同社は博物館のロビーにATMを設置し、来場者にその場でビットコインの購入を勧めていたのだ。

Bitaccessはカナダ人のモー・アダムが3人のパートナーと共同で創業した会社である。14年の初めごろ、退屈な仕事を辞めた彼は暗号通貨(仮想通貨、暗号資産)の魅力にとりつかれていた。そんな彼は親の家の地下室を作業場にしており、借り物の自動券売機を改良したビットコインの自動販売機を、ある日の晩に完成させたのだ。

そんなことをしたのはアダムが初めてではない。Robocoinという企業が13年10月にヴァンクーヴァーのコーヒーショップにビットコインのATMを設置している。

このATMの最初の客になったジェイソン・ラマーシュは、20ドル相当のコインを購入した。そしてコインの一部を、“ビットコイン歓迎”だったその店が出すヴァニラ風味のホットミルクの支払いに、その場で使ってしまったという(ラマーシュを探し出してコメントを求めたが、断られてしまった)。

ビットコインの概念はなかなか受け入れられずにいたが、昨今のブームによって暗号通貨はより一般的な投資対象となった。米国内でビットコインを販売するATMの数は、いまや30,000台に達するとみられている。だが、14年当時の暗号通貨は、かなり目新しい存在だった。

アダムは共同創業者たちが去った現在もBitaccessを経営しているが、彼によると当時のDemo Dayでは65人の客が合計930ドル(当時のレートで約95,000円)相当のビットコインを購入したという。このとき販売したビットコインは当時の創業者たちが個人的に保有していたものだが、現在の価値を考えると、彼らは90,000ドル(約1,035万円)を超える金を気前よくばらまいていたことになる。

紙と共に消えたビットコイン

14年のDemo Day当日に購入されたビットコインの記録の一部は、紛失しがちな紙の印刷物からデジタルウォレットへと移行されている。だが、その数は全体の半分にも満たない。つまり、多くの受領証が行方不明になっている可能性があるということだ。

記録によると、その日に購入された最高額の200ドル(当時のレートで約20,800円)分のビットコインは、16年にデジタルウォレットに移されている。しかし、その次に高額だった100ドル(同10,400円)相当の2件については、そのままになっている。

100ドル分のビットコインの購入者のひとりであるオースティン・ニューデッカーは、YコンビネーターのOBとしてDemo Dayに参加していた。「受領証は家に持ち帰ったものの、さほど大事に扱ってはいませんでした」と彼は振り返る。「時間とともに紙が劣化していると思いますし、どこかの時点で誰かが掃除のついでにゴミ箱に捨てたりしたのかもしれません。とにかく、紛失してしまったことは確かです」

つまり、現在の価値にして10,000ドル(約115万円)分のビットコインも、紙と一緒に消え去ったのだ。

もうひとりの購入者は、出展企業の経営者として参加していたドクター・ガーソンである。彼は投資した20ドル分の受領証を上着のポケットに押し込んだきり、すっかりそのことを忘れていた。あるとき、当日のデモの様子を撮影していた妻に録画を見せてもらい、その日に着ていた上着を確認してみたが、ポケットは空だったという。

20ドル相当のビットコインの現在の価値は?

わたしがビットコインを購入したのは、その仕組みを知りたかったからにすぎない。

当時、ATMに20ドル札を入れると、2枚の紙片が出てきた。1枚は受領証で、もう1枚にはQRコードが印刷されている。このコードには、コインの所有者であることを証明する公開鍵(パブリックキー)と秘密鍵(プライヴェートキー)のほか、コインの購入金額に対して4%あまりの請求権を保証するというブロックチェーンの情報が埋め込まれていた。

これらの2枚の紙を封筒に入れた記憶はないが、クローゼットにしまったことはかすかに覚えていた。折に触れてあちこち探してみたが見つからず、そのうちに諦めてしまったのだ。

いずれにしても、『WIRED』US版編集部が自分たちでマイニングした13ビットコイン分のプライヴェートキーを13年に故意に消去したときほどの痛手を被ることはないだろう。あのコインの価値は、いまなら56万7,000ドル(約6,520万円)ほどになっていたはずだ。

関連記事実録:時価1,000万円相当のビットコインは、こうして永久に失われた

ところが、いまになって受領証が出てきた。これはまだ有効なのだろうか。Bitaccessのアダムに問い合わせてみると、彼は資産をデジタルウォレットに移行する手順を教えてくれた。あのときの20ドルは、いまや2,000ドル(約23万円)近くまで価値を上げていたのである。

見えてくるのは「賢明さ」か「過ち」か

わたしは数少ない幸運な人のひとりにすぎなかった。あのときコンピューター歴史博物館のホールに集まった大勢の投資家のうち、わざわざあの機械を試してみた人はほとんどいなかったのである。1ドル札を差し込めば7年後に100ドルにして戻してくれる機械だとは、ほかの誰も思いもしなかったのだ。

「投資家がわたしたちに投じた資金を引き上げてATMにそっくり投げ込んでいれば、はるかに大きな利益を得ていたはずです。そう考えると、ちょっと面白いですよね」と、アダムは言う。

一見すると、この話はビットコインに投資することの賢明さを大いに裏付けているようにも思える。だが、別の見方をすれば、過ちを指摘しているとも言える。

ある通貨を使うことに対し、その通貨の歴史全体が異議を唱えているとしたら、その通貨はどのように語られるのだろうか。あるものに対する評価がその実用性から切り離され、はかないものに価値があるという脆弱な集団的合意に完全に依存しているとしたら──。ビットコインをはじめとする“仮想通貨”は莫大な富を生み出したが、その基盤そのものは決して盤石にはなっていない。

実際、わたしが所有していたビットコインの価値は、ブロックチェーンにひも付けられたデジタルウォレットに移行してから、24時間のうちに100ドル(約11,500円)ほど下落してしまった。この記事を書いている時点で、その価値は1,790ドル(約20万5,800円)にまで落ち込んでいる。

受領証がクローゼットのどこかで迷子になっていると思っていたころのほうが幸せだった。それでも手持ちのビットコインを現金化して盛大にホットドリンクを買い込もうとは思わない。よくも悪くも、いまや暗号通貨の世界に足を踏み入れてしまったのである。

※『WIRED』によるビットコインの関連記事はこちら。仮想通貨の関連記事はこちら


RELATED ARTICLES

限定イヴェントにも参加できるWIRED日本版「メンバーシップ」会員募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サーヴィス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催の会員限定イヴェントにも参加可能な刺激に満ちたサーヴィスは、1週間の無料トライアルを実施中!詳細はこちら


TEXT BY STEVEN LEVY

TRANSLATION BY MITSUKO SAEKI