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FTX創業者バンクマンフリード氏、仮想通貨帝国を拡大-混乱を機に

  • 買収や苦境に陥った企業の救済に短期間で10億ドル投じる
  • 暗号資産市場における急速な影響力拡大で利益相反の懸念も
Bankman-Fried
Bankman-Fried Photographer: Lam Yik/Bloomberg

米資産家サム・バンクマンフリード氏は、暗号資産(仮想通貨)業界の短い歴史では前例のない一連のディールメークを6月のわずか14日間で電光石火のように行った。仮想通貨交換業者FTXの共同創業者で最高経営責任者(CEO)を務める同氏は、その期間に企業2社を買収。暗号資産レンディング(貸し付け)業者のブロックファイの支援に乗り出し、多額の融資提供で仮想通貨ブローカーのボイジャー・デジタルの救済を試みた。

  コミットした総額は約10億ドル(約1380億円)に上る。わずか8カ月で暗号資産市場の時価総額が2兆ドルも吹き飛んだ相場急落のさなかだったことを考慮すれば、純資産100億ドル超の資産家による投資とは言え、驚くべき金額だ。バンクマンフリード氏を「SBF」と呼ぶ多くの信奉者は、仮想通貨の守護神として業界が最も必要な時に支援の手を差し伸べる気前の良い投資家として同氏への信頼を強める結果となった。

  そうかもしれないが、バンクマンフリード氏の駆け引きは、仮想通貨業界を支配する計画の全貌をさらけ出したとも解釈できる。モルガン財閥を創設したジョン・ピアポント・モルガン氏や、資産家ウォーレン・バフェット氏のように、ライバルの苦境に乗じて割安なコストで自身の帝国を拡大するといった戦略だ。バンクマンフリード氏がまとめている救済策に業界を救おうとする要素があるとすれば、危機が大きくなれば、最終的には自身の中核事業も危うくなる恐れがあるためだ。

  2018年以来のバンクマンフリード氏の知人で、レース・キャピタルのゼネラルパートナーを務めるクリス・マッキャン氏は、「彼は親切心からこれを行っているのではない」と指摘。「彼の野心には現時点で際限がない」と語った。レース・キャピタルは、バンクマンフリード氏の中核企業であるFTXに最初に出資したベンチャーキャピタル企業の一つ。

  当然ながら裏目に出ることもあり得る。救済融資の数日後にボイジャー・キャピタルが破産手続きを申請したことが示すように、ウォール街の専門用語からすれば落ちるナイフをつかもうとする行為に見える。うまくいけば、バンクマンフリード氏は仮想通貨業界を直接的にも間接的にも大きく支配することになる。分散化こそが仮想通貨市場を他の市場と差別化し、少数の大手銀行やトレーディング企業が支配する伝統的な金融システムに勝るものにすると考えている信奉者の多くにとって、これは問題を伴う。

  仮想通貨分野のM&A・戦略的ファイナンス助言会社アーキテクト・パートナーズのパートナー、エリオット・チョン氏は「FTXと関わることは業界全体にとって危険だ」と指摘。「特に仮想通貨の熱狂者が受け入れている自由な市場のシナリオにとって良くない」と述べた。

Sam Bankman-Fried's Crypto Empire

These are just a few of the notable players tied to SBF

  一方、バンクマンフリード氏は、誰も行動しないことのほうが業界にとって大きなリスクとなると主張。「われわれが最も避けたかったのは、感染が広がり、顧客資産が保護されない事態だった」と語り、投資の見返りは最も重要なことではないとしている。

  ただ、バンクマンフリード氏の公の発言や水面下の動きは、より大規模なディールが今後さらに行われることがほぼ確実であることを示唆する。ブルームバーグ・ニュースは先月、FTXが株式取引アプリを運営するロビンフッド・マーケッツの買収を検討していると伝えた。ロビンフッドの価値はかつて600億ドル近くに達したが、この数カ月間で大きく落ち込んでいる。バンクマンフリード氏はその後、進行中の交渉はないとコメントしている。昨年には、ゴールドマン・サックス・グループをいつの日か買収する構想にも言及したが、冗談での発言だったかどうかは不明。

ロビンフッド買収可能か模索、バンクマンフリード氏のFTX-関係者

  バンクマンフリード氏は「全てを勝ち取り、さらにそれ以上」のものを望んでいると、マッキャン氏は指摘した。

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デジタル資産に関する米下院金融委員会の公聴会で証言するバンクマンフリード氏
Photographer: Tom Williams/Getty Images

  バンクマンフリード氏は仮想通貨業界に比較的遅く参入した。マサチューセッツ工科大学(MIT)を物理学専攻で卒業し、本格的に仮想通貨分野に足を踏み入れたのは、クオンツ・トレーディング企業ジェーン・ストリートを退社して自身のベンチャー企業アラメダ・リサーチを創業した17年だった。

  同氏の急激な影響力拡大は、2年後に香港でFTXを立ち上げるのに役立った。低い手数料や魅力的な品ぞろえがファンを引き付け、仮想通貨デリバティブで最大級の取引プラットフォームに成長した。バンクマンフリード氏はFTXの50%余り、20年創業のFTX USの70%、アラメダのほぼ全株を保有していると推定されている。現在はバハマを拠点としているFTXは1月に320億ドルの評価額に基づいて4億ドルを調達した。FTX USの評価額は約80億ドル。

  バンクマンフリード氏は、やみくもな成長路線より収益性を優先しながら自社の資本を巧みに管理してきたと、仮想通貨投資ストラテジストのリン・オールデン氏は指摘する。いかなるコストを支払っても成長を優先するアプローチを取ってきたライバル社は、そうした戦略が今では裏目となっている。

  バンクマンフリード氏の企業は「従業員ベースをかなりタイトに維持してきた」とオールデン氏は分析。「必ずしも必要のないときに資本を調達」したことで他の企業が混乱する中で、安値での買収に乗り出せたという。

「ブルームバーグ・クリプト・サミット」で語るバンクマンフリード氏(右)
Source: Bloomberg

  バンクマンフリード氏は6月にカナダの仮想通貨取引プラットフォームのビットボと、仲介サービス会社エンベッド・ファイナンシャル・テクノロジーズを買収。ステーブルコイン「テラUSD(UST)」の崩壊や、暗号資産レンディング業者セルシウス・ネットワーク、仮想通貨ヘッジファンドのスリー・アローズ・キャピタル(3AC)の相次ぐ破綻などで仮想通貨売りが加速する中で、ボイジャー・キャピタルへの4億8500万ドルの融資と、ブロックファイへの4億ドルの回転融資枠提供といったこれまでで最も大きな動きに出た。ブロックファイとの合意には同社を買収するオプションも含まれる。

「上がるだけ」に賭けた仮想通貨ヘッジファンド破綻、業界揺るがす

  ボイジャーは、融資発表のわずか数日後に米連邦破産法11条に基づく会社更生手続きを申請。融資を全額活用できる前だった。「数カ月のデューデリジェンス(資産査定)を行う余裕はなかった。われわれにあったのは数週間ではなく2日間だった」とバンクマンフリード氏は振り返り、目的は自身のビジネスを支えることではなく、顧客資産の保全だったと付け加えた。

Cryptocurrency Illustrations As Musk Roils Crypto Market
バンクマンフリード氏はブロックファイを割安な価格で手に入れることになり得ると業界ウオッチャーは指摘
Photographer: Gabby Jones/Bloomberg

  対照的にブロックファイとの合意は、バンクマンフリード氏の競合相手でさえも勝利だと評価している。かつては30億ドルと評価されたブロックファイを額面1ドル当たりわずか数セントで手に入れることになり得ると、業界ウオッチャーは指摘する。

バンクマンフリード氏率いるFTX US、ブロックファイ資本注入へ

Bankman-Fried's Deal Spree

The billionaire has been bargain hunting

Source: Press releases, Bloomberg data

  仮想通貨業界の一部関係者は、バンクマンフリード氏の影響力拡大による問題の可能性を既に目にしている。アーキテクト・パートナーズによれば、アラメダとFTXは22年後半に同業界における最大のディストレスト・ファイナンス提供者となる見込み。

  バンクマンフリード氏のビジネスの幅広さを踏まえると、将来的に利益相反が生じ得ると多くの業界関係者は指摘する。ボイジャーとセルシウスの破綻は、同氏の影響力の深さを浮き彫りにした。

  市場への影響力の拡大は競争の減少につながり得ると、アーキテクト・パートナーズのチョン氏は分析。「FTXがこのようなレベルで継続すれば、回りに誰もいなくなるシナリオを想像できる」と述べた。

  バンクマンフリード氏は「優しくて寛大な救世主」ではないと、レース・キャピタルのマッキャン氏は指摘。「私なら一瞬たりともだまされない」と語った。

原題:Sam Bankman-Fried Expands Crypto Empire During $2 Trillion Rout(抜粋)

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
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