デジタル通貨で中国足踏み 開発着手8年、なお実験続く
中国人民銀行(中央銀行)が発行するデジタル人民元が実験の場を広げている。今春から試験地域を23へと倍増させ、日常の買い物や公共料金の支払いなど市民がお試しで使える機会を広げる。ただ開発着手から8年、最初の実証実験から1年半余りがたっても正式発行への道のりは見えない。課題を探ると「スマートフォン決済先進国」の悩みも透けて見える。
「近所の飲食店でデジタル人民元を使えたよ。今までのスマホ決済と変わらないね」。福建省の省都、福州市で食品メーカーを経営する林さんはこう話す。
人民銀は3月末に開いた会議で、デジタル人民元の実験都市の拡大を決めた。同市のほか、天津市や重慶市、浙江省杭州市が選ばれた。
人民銀は2014年、中銀発行のデジタル通貨(CBDC)を研究する組織を立ち上げた。20年10月の広東省深圳市を皮切りに各地で市民が参加する実証実験を重ね、21年末までに単純計算で総人口の2割に達する延べ2億6100万人がアプリ上で個人用の財布をつくった。人民銀関係者は「決済情報の処理速度など、課題は解決してきた」と胸を張る。
ただ「北京五輪後にも」との見方もあった正式発行に向けたスケジュールは見えてこない。
福州市の林さんが語ったように、既存のアプリ決済との違いを実感できないことが一因だ。にせ札被害が多かった中国では、スマホ決済が浸透してきた。ウィーチャットペイ(微信支付)やアリペイ(支付宝)などが、小売決済の8割超を占めるとの試算もある。
デジタル人民元の強みはある。一つは決済手数料の軽減だ。民間のスマホ決済とは異なり、デジタル人民元の支払いでは小売店側に手数料はかからない。決済機器には近距離無線通信規格「NFC」を使った支払い機能があり、通信が途絶する災害時でもスマホと決済機器を接触させれば支払いが終わる。
問題はこれらの魅力が、慣れ親しんだスマホ決済から切り替えるほど大きくないことだ。人民銀も3月末の会議で、便利さや革新性を目立たせることを課題に挙げた。
デジタル人民元は、米国と対峙する中国の国家戦略に欠かせないツールの一つとされる。欧米はウクライナに侵攻したロシアに対し、ドルやユーロの決済網からの排除を経済制裁の柱にした。中国が経済安全保障を意識するなら、海外との資金規制を緩めてデジタル人民元を決済通貨として普及させるなど、人民元の国際化はより重要になる。
習近平(シー・ジンピン)指導部は、秋の共産党大会を控えて経済社会の安定に重きを置く。新たなデジタル決済で混乱を招くことは避けるはずで、国務院(政府)関係者は「主要国に先駆けて研究してきた中国が焦る必要はない」と話す。
国家戦略の成否は、民間に勝る使い勝手の良さやお得感を生み出せるかにかかっている。(北京=川手伊織)
日本、導入時期を明示せず
日本でも日銀がCBDCの実証実験を進めている。一部の新興国は正式導入に踏み切っており、デジタル通貨に詳しい麗沢大の中島真志教授は「日本でも、実現は10年後といった悠長な議論ではないはず」と話す。
日銀は2020年にCBDCの検討を始めた。3段階に分けて進めており、今年3月には発行や送金など通貨としての基本的な機能の検討を終えた。その後、保有額の制限や取引回数、取引額などを検証する第2段階に入っている。
CBDCは紙幣や硬貨の発行コストをなくせるほか、犯罪につながる取引の履歴を追いやすいといったメリットがある。一方で取引記録が中央銀行に管理されることはプライバシーの侵害につながると懸念がある。ネット通信がない環境でも決済できるか、銀行を中心とした既存の金融システムを崩さないかなど論点は極めて多い。
カンボジアやバハマは20年に実用化のテストを終え、正式導入に踏み切った。欧州は26年の導入に向けて検討しており、米国は22年に意見公募を実施した。日銀は発行時期を未定としおり、中島氏は「日本の検討は遅くはないが、導入を前提とする欧州と比べると今後は差が出る可能性がある」と話す。(丸山大介)
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