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ブロックチェーン改革が始動 保険業界の6分野

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CBINSIGHTS
スタートアップや保険会社がブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用して、保険業界の変革に挑んでいる。デジタル上の取引を安全に記録し、電話や紙を基にした契約をなくし不正を防ぐ。保険開発用のデータ取得も容易になり商品の改良につながる。医療保険開発では患者のプライバシーが課題だったが、技術導入により患者が自らの健康データを積極的に提供する。
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

保険は何世紀も前から存在している。中国の商人は早くも1000年前には、船が転覆した場合の陶磁器の損害を補償するために資金を出し合って蓄えていたとされる。

テクノロジーはこの10年であらゆる業界を様変わりさせたが、数兆ドル規模を誇る世界の保険業界はまだ顧客体験に革新をもたらさず、過去にとらわれている。

オンラインの保険ブローカー(仲介人)が登場しても、多くの消費者はなおブローカーに電話して保険に加入する。保険契約は紙ベースで処理されることが多いため、保険金の請求や支払いはミスが発生しやすく、人間による監督が必要だ。しかも、保険はそもそも複雑で、消費者、ブローカー、保険会社、再保険会社が関わる上に、リスクを主に扱う商品だ。

この共同作業のそれぞれの段階がシステム全体を停止させる障害点になり得る。障害が起きれば情報が失われ、保険契約が誤って解釈され、決済に時間がかかる。

このため、暗号理論で安全性が保証された共通の取引記録、ブロックチェーン技術が有用となる。

ブロックチェーンはビットコインなど暗号資産(仮想通貨)を巡る極端な期待のあおりを受けているが、普及につながる真の魅力的な用途は最も遅れている分野に潜んでいる可能性が高い。多くの仲介者の連携と協力を必要とする保険のような業界に変革をもたらすかもしれない。

もちろん、そうなれば大したものだ。ブロックチェーン技術の活用に取り組んでいる保険会社やスタートアップが業界全体に創造的破壊をもたらしたといえる状況に至るには、かなりの法規制のハードルを越えなくてはならない。クラウドコンピューティングの導入も進まない保険業界で、ブロックチェーンのハードルはかなり高いとの懐疑的な見方もある。

もっとも、保険業界でブロックチェーンの導入が進む可能性は十二分にある。しかも、保険会社もスタートアップもブロックチェーンの保険への応用に全力で挑んでいる。具体的には、以下のような取り組みだ。

1、不正検知とリスクの予防:保険金請求を改ざんできないブロックチェーン上に移せば、不正の主な原因を排除できる。

2、損害保険:共通台帳とプログラムに従って自動で執行される「スマートコントラクト」を使った保険契約の実行により、効率がけた違いに高まる。

3、医療保険:ブロックチェーン技術の活用により、カルテの安全性は暗号論的に保証され、医療提供者間で共有できるようになる。これにより、医療保険のエコシステム(生態系)での相互運用性が高まる。

4、再保険:スマートコントラクトにより再保険契約をブロックチェーン上で確保すれば、保険会社と再保険会社の間の情報の流れと保険金の支払いを効率化できる。

5、生命保険:死亡保険金の請求という手作業のプロセスをブロックチェーン上の自動システムに移行すれば、家族は死亡保険金を請求する負担から解放される。

6、旅行保険:ブロックチェーンの旅行保険は保険金請求プロセスを自動化し、関係者間の情報共有を効率化する。これにより保険会社は時間を節約し、旅行者は負担を減らせる。

ブロックチェーンが保険業界にどんな創造的破壊をもたらすかについて詳しく取り上げる。

1.不正検知とリスクの予防

ポイント――ブロックチェーン技術を活用した不正検知

・保険金の不正請求による被害は年400億ドルを超える。標準的な手段では不正を検知するのは難しい。

・ブロックチェーンの共通台帳技術を導入すれば、各保険会社の請求データを統合して不正を検知しやすくなる。

・ブロックチェーン技術を使ってデータ共有を推進することで、保険会社は不正を防ぐために活用している公開データや民間データの費用を節約できる。

不正検知の現状

米連邦捜査局(FBI)の推計では、米国での保険金の不正請求による被害額(医療保険を除く)は年400億ドルを超える。

これにより保険会社が損失を被るだけでなく、米国の平均的な世帯で保険料が400~700ドル上昇するという形で被害を受けている。

現代の保険業界は極めて複雑なため、ブラックボックスが生じ、これが不正に悪用される。保険金請求は多くの不確定要素を伴う紙ベースの遅々としたプロセスで、被保険者から保険会社、さらに再保険会社へと回される。このため、犯罪者が一つの案件で様々な保険会社に重複請求する機会が生じる。

ブロックチェーン技術を活用した不正検知

ブロックチェーン技術を活用すれば、保険会社間の連携を強化して不正に対処できる。

保険会社は分散型台帳に改ざんできない取引を記録し、データのセキュリティーを守るためにアクセスを細かく管理できる。保険金の請求情報を共通台帳に保管すれば、各社は連携し、エコシステム全体で疑わしい行動を検知しやすくなる。

大手保険会社は現在、不正行為の予測や分析を改善するために、公開情報や民間企業から収集したデータに資金を投じている。公開データは過去の取引から不正行為のパターンを特定するために使えるが、様々な組織で機微情報を共有する難しさから一貫性に欠けることが多い。名前や住所、生年月日などの個人情報の共有に関する制約が、業界全体に及ぶ不正予防策の開発の足かせになっている。

不正を防ぐためにブロックチェーン技術を導入すれば、保険会社間での膨大な調整が必要になるが、長期的には大きな恩恵をもたらすだろう。

ブロックチェーンによる不正対策は不正請求を共有し、不正行為のパターンを見つけ出すことが第一歩になる。保険会社には3つの重要なメリットがある。

・重複請求をなくせる

・デジタル証明書で所有権を定め、偽造を減らせる

・保険料の流用、例えば無免許のブローカーが保険を販売して保険料を着服する事態を減らせる

例えば、ブロックチェーンは仮想通貨の二重使用の制限と同じ手法で保険金の重複請求を防ぐ。誰かが1つのビットコインで2つの取引を始めようとしても、2つの取引の承認は台帳に記録されているこの1つのビットコインの情報のブロックに対して実施される。承認が多い方の取引のみが正当とみなされ、もう一方の取引は却下される。同一案件の保険金を重複請求する際の承認にも同じ手法が使われる。

不正な保険金請求が減れば、保険会社の利益は増える。これにより消費者の保険料も安くなる可能性がある。

ブロックチェーンの活用事例:クレームシェア

クレームシェア(ClaimShare)はブロックチェーン技術を活用して重複請求に対処するアプリだ。ベルギーの金融・保険テックスタートアップ、インテレクトEU(IntellectEU)が国際会計事務所のKPMGと共同で2021年3月にリリースした。

KPMGによると、保険会社が支払う保険金全体のうち不正請求は約5~10%を占める。クレームシェアは複数の保険会社が保険金請求のデータを共有できるようにし、不正請求の支払いを阻止する。

ある保険会社が保険金請求を登録すると、クレームシェアはこの請求に関する情報を「個人情報」と「非個人情報」に分ける。非個人情報はブロックチェーン技術「R3コルダ(R3 Corda)」を通じて他の保険会社にリアルタイムで共有される。この情報は保険会社の請求を比較して不正パターンを検知する機密コンピューティング基盤「コンクレーブ(Conclave)」に通される。

不正の疑いがある案件は、請求を受けた保険会社が調査できるよう再び個人情報にひも付けされる。

クレームシェアは保険の重複請求に対処した初のアプリで、様々な種類の保険に適用できるとしている。22年には不正検知機能を拡大し、第三者(保険ブローカーや医師)が不正に関与している可能性も検知できるようになった。

不正請求は保険業界の悩みの種で、消費者に保険料の上昇と補償範囲の縮小をもたらす。不正対策は最も説得力のあるブロックチェーンの活用事例の一つであり、請求の査定に活用できる監査証跡も提供する。

もっとも、保険の監査証跡は不正防止だけに有効なわけではない。請求処理システムを自動化し、効率化する効果もある。損害保険の一部の企業はすでにこの手法を試している。

2.損害保険

ポイント――ブロックチェーンを活用した損害保険

・損害保険の保険金請求データは様々な場所に分散し、当事者がそれぞれ管理しているため、請求の解決を難しくしている。

・ブロックチェーン技術はリアルタイムのデータ収集と分析を可能にする。一部の損害保険の保険金請求プロセスは現在よりも最大で3倍に速くなり、コストも5分の1になる。

・スマートコントラクトにより保険金請求の処理と支払いは大幅に速くなり、保険会社は年間2000億ドル以上を節約できる。

損害保険は大規模なビジネスだ。マッキンゼー・アンド・カンパニーによると、20年の保険料は計1兆6000億ドルと全体の3分の1を占める。

保険業界の最大の課題の一つは、保険金請求の査定と処理に必要なデータの収集だ。保険とは被保険者が支払う保険料を決める契約で、保険会社が損害の責任を負うのが契約の条件だと思われがちだ。だが「損害」は主観的なため、それぞれの契約を満たす条件を確認することが軸になる。

損害保険の現状

損害保険金の請求処理は、手作業での大量のデータ入力と様々な当事者間の調整が必要なミスが生じやすい手続きだ。

例えば、最近自動車事故に遭い、相手側の運転手に過失があったとしよう。損害を取り戻すには、加入している保険会社に保険金を請求しなくてはならない。その保険会社は請求を調べ、過失がある運転手の保険会社から請求を回収する。もっとも、加害者側の保険会社のシステムと請求処理プロセスは全く異なる。

このため、損害保険はブロックチェーン技術の非常に説得力のある活用事例となる。ブロックチェーンを導入すれば、有形資産をデジタルで管理して追跡し、保険をかけられるようになる。

ブロックチェーンの損害保険

ブロックチェーン技術によって個々の加入者や保険会社は有形資産をデジタルで追跡、管理できるようになる。その結果、ビジネスルールが体系化され、スマートコントラクトにより保険金請求を自動で処理する一方、恒久的な監査証跡をもたらすことができる。契約は法によって執行される合意だ。スマートコントラクトはブロックチェーン上に展開され、プログラムによって執行される合意だ。

ブロックチェーン技術を使ったスマートコントラクトは紙ベースの契約をプログラマブルなコードにし、保険金請求の処理を自動化し、全ての関係者の責任を計算しやすくする。例えば、保険会社が保険金請求を登録すると、スマートコントラクトが補償範囲を自動で確認し、一定の基準を満たす損害は手作業で確認するようリクエストする。

米ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)によると、スマートコントラクトの導入により、損害保険会社は運営費を年間2000億ドル以上節約し、事業効率を5~13%改善できる。

損害保険会社はブロックチェーンの活用により新たなクライアントを迅速かつ効率的に参加させることも可能になる。全ての顧客の情報がブロックチェーン上の共通データベースに保管されれば、あらゆる保険会社がその情報にアクセスできるようになる。このデータベースの情報は他の保険会社によって確認されているため、全ての顧客の情報を個別に確認する場合に比べて時間とコストを節約できる。

ブロックチェーンの活用事例:ステートファームとUSAA、アリアンツ

米自動車保険最大手ステートファームと米金融サービスUSAAは自動車保険の代位求償の精算にブロックチェーンを活用している。

自動車保険の代位求償とは、保険会社が被保険者に支払った保険金を、過失がある運転手の保険会社から回収する作業を指す。通常は保険会社が請求ごとに小切手をやりとりする手作業のプロセスだ。ステートファームとUSAAは最大で年7万5000枚の代位小切手をやりとりしている。

両社は仮想通貨イーサリアムを用いたブロックチェーンシステムを使い、両社間の全ての取引を記録した台帳を作成した。請求を1件ずつ手作業で精算する代わりに、ブロックチェーンの台帳が全ての請求を集計し、一定期間後に実質取引額を一括で精算する。両社は保険金請求を確認できるため、第三者に管理を委ねることなく信頼を構築できる。

ステートファームの損害保険部門バイスプレジデント、スカイラー・シュプバッハ氏は「この技術を使えば、手作業のプロセスよりも速やかに差引額を請求できるようになる」と話している。

両社は19年にこの技術の実証実験を始め、21年初めに本格稼働した。ステートファームはこのブロックチェーンの保険金請求プロセスを他の保険会社との取引にも広げる方針だ。

欧州では、ドイツの保険大手アリアンツが23カ国を対象にした国際自動車保険の請求のブロックチェーン基盤の運用を開始した。加入者が別の国で事故に遭った場合に、欧州の様々な国にあるアリアンツの子会社が保険金請求を迅速に処理できるようにするのが狙いだ。プラットフォームの稼働から6週間で、国外での事故1万件以上の保険金請求が処理された。

3.医療保険

ポイント――ブロックチェーンを活用した医療保険

・患者の秘密保持の必要性から、保険会社は患者の全ての病歴にアクセスできない場合が多い。

・データ不足は保険金請求の却下を招いている。却下件数は増えており、医療費が上昇する主な要因に挙げられている。

・ブロックチェーン技術を活用すれば患者の情報を安全に共有しやすくなり、患者のプライバシーを守りながら保険の取引を進められる。

患者は通常、生涯で何人もの医師や専門医に診てもらう。医療では関係者が非常に多く、繊細な医療データの共有や連携は困難だ。

医療保険の現状

医療保険業界は医療提供者、保険会社、患者という肥大化した非効率的なエコシステムに悩まされている。診療記録は様々な医療提供者と保険会社内でサイロ化(タコつぼ化)し、間違いや重複の多いこうした記録が事務管理費の上昇や患者にとっての無駄を招いている。

足を骨折して整形外科医の診察を受けたとしよう。診療所の事務担当者は様々な医療提供者からの書類をきめ細かく要求し、患者の保険会社から手術の事前承認を得て保険金を請求しなくてはならない。手術後は理学療法士が診療所から骨折に関する情報とかかりつけ医からの病歴を必要とし、各医療提供者に書類を手作業で要求する。それぞれのつながりはシステム全体を停止させる障害点になり得る。

現在の医療業界では、主に2つの理由からデータの共有や連携は困難だ。

理由1、医療記録の後方インフラが時代遅れ

CBインサイツの業界アナリスト予想によると、電子カルテ管理ソフトウエアの市場規模は約400億ドル相当に上る。患者データの保存規格や形式は医療提供者や保険会社によって異なり、病院や保険会社、診療所、薬局は医療データを手作業で調整しなくてはならないことが多い。医療情報誌JMIRは次のように指摘している。

「医療はバックドアからぎこちなくデジタル時代に突入した。コストが高く巨大な電子カルテ制度は教育、研修、作業フロー、研究など医療システム全体に及ぼす影響を慎重かつ計画的に考慮することなく、大々的に実装された」

理由2、厳格なプライバシー法規制により、データが組織内でサイロ化

米国には患者のプライベートなデータを保護するために「HIPAA(医療保険の携行性と責任に関する法律)」がある。だがこれにより、医療提供者と保険会社の医療連携が難しくなるという副作用が生じている。

これは医療費に深刻な影響を及ぼしている。米国では1人あたりの医療運営管理費はスイス、カナダ、ドイツ、フランスの1.5倍以上に上る。米国は医療機関と医師の意思疎通が乏しく、非効率的で無駄な仕事や事務作業が多すぎるため、運営管理費だけで医療費全体の8%を費やしている。

医療費請求と保険に関する費用はさらに衝撃的だ。米国医師会が発行する臨床誌JAMAで発表された研究では、医療費請求と保険に関する費用は全ての医師の平均収益の14%以上を占め、救急外来での受診を含めた場合にはその数値は25%にも達することが明らかになった。

さらに、16年の米国の病院における保険金請求の却下のコストは2620億ドルだった。医療処置の適切な承認を得られなかったことや、不適切なデータ入力などが却下の原因だ。複数の研究によると、却下の85%は回避できた。病院は保険会社にいったん却下された保険金請求の約63%を取り戻しているが、保険金を確保すること自体が多くの運営管理費がかかる高コストのプロセスになっている。

ブロックチェーン技術を活用した医療保険

暗号論的に安全性が保証されているブロックチェーンを導入すれば、患者のプライバシーを維持しながら業界全体に及ぶ同期された医療記録の保管場所を作成できる。これにより、業界全体で年間数十億ドルを節約できる可能性がある。

さらに、医療データの管理を患者に戻し、患者が医療者に自分の医療データへのアクセスをケース・バイ・ケースで与えることさえも可能になる。

保険会社や医療提供者が様々なデータベースの患者データを調整する必要がなくなり、カルテのブロックチェーンシステムに各記録の暗号化された署名が保管される。ブロックチェーン上に機密情報が実際に保管されることはなく、この署名が暗号化されたカルテの索引とタイムスタンプになる。

書類に変更が加えられるたびに、変更は共通台帳に記録され、保険会社や医療提供者は各組織の医療情報をチェックできる。しかも、ブロックチェーン技術は規制を順守するためにアクセス権を細かく設定したり、データを匿名化して研究目的で共有したりできる。

ブロックチェーンの活用事例:アンセム

米医療保険大手アンセムは患者が自分の医療記録やデータに容易にアクセスできるようにするなど、様々なブロックチェーンの用途を試している。

同社は19年後半にモバイルアプリの実証実験を開始した。顧客はアプリにアクセスしてQRコードをスキャンすることで、様々な医療提供者に自分の健康データを提供できる。データのプライバシーを高めるため、アクセスを提供できる時間は限られる。顧客の医療データは公開型のブロックチェーン台帳に保管されるため、全てのデータを所有する当事者はおらず、顧客が自分の健康データを事実上管理する。アンセムにとっては、この技術の活用により「大量の取引」を処理できるようになる。患者の健康データの取引件数は最大で週30万件に上る。

アンセムのデジタル部門を統括するラジーブ・ロナンキ氏は、医療分野でブロックチェーンを活用する大きなメリットは「当事者間の信頼」を確立できることだと話す。同社は23年までに保険加入者4000万人全員にこのブロックチェーンを使ったデータ共有システムを提供する。さらに、医療保険金の請求処理や他の保険会社との給付金の調整など、ブロックチェーンを「十数の事例で活用する」方針だ。

アンセムは21年、米保険大手エトナ、米大手医療機関クリーブランド・クリニック、米IBMと提携し、ブロックチェーンを用いて医療保険の様々な手続きを手掛ける米アバニール・ヘルス(Avaneer Health)を創設した。事務管理費を引き下げ、効率を高めるのが狙いだ。アンセムはアバニールに5000万ドルを出資した。

4.再保険

ポイント――ブロックチェーン技術を活用した再保険

・再保険は自然災害など大量の保険金請求が殺到した場合に保険会社を守る。

・ブロックチェーン技術を活用して情報共有を進めることでリスクが減り、プロセスの自動化によりコストを削減できる。再保険会社は最大100億ドルを節約できる。

保険は自然災害から健康問題に至るまで人々のリスクを軽減し、想定外の事態を減らすためにある。特にハリケーンや山火事などの大災害では、保険は極めてリスクの高い手段になる。

そこで再保険の出番となる。保険会社は災害時に自らを守るため、再保険会社の保険に加入する。

再保険の現状

再保険会社は1回限りの契約と手作業のプロセスによって決まる難解で非効率的なシステムで、保険会社に保険を提供している。再保険の種類によって保険会社の一定期間のリスクの一部か、地震やハリケーンなど特定のリスクを引き受ける。

現行の再保険プロセスは極めて複雑で非効率なことで悪名高い。任意の再保険では契約のリスクを個々に引き受けてもらう必要があり、契約締結に至るまでに当事者間で最大3カ月協議する。保険会社は通常、複数の再保険会社と契約している。つまり、保険金請求を処理するために様々な当事者間でデータをやりとりする必要がある。データの規格は各社によって違うため、契約の実行についての解釈が異なる場合も多い。

ブロックチェーンを活用した再保険

ブロックチェーン技術を活用して共通台帳上で保険会社と再保険会社の情報の流れを効率化することにより、現行の再保険のプロセスが大きく変わる可能性がある。

ブロックチェーン技術により保険料や損害を巡る細かい取引は保険会社と再保険会社のコンピューターシステムで同時に更新され、個々の請求ごとに各社が台帳を調整する必要がなくなるからだ。

改ざんできない台帳でデータを共有することで、再保険会社は請求を受けるとただちに資金を配分する態勢が整い、1次保険会社に頼らずにデータを入手して請求を速やかに処理し、決済できるようになる。

PwCコンサルティングの推計では、ブロックチェーンの導入により再保険会社の事業効率は高まり、業界全体で最大100億ドルを節約できる。

その結果、消費者の保険料が下がる可能性がある。再保険は既存の保険料の5~10%を占めている。

ブロックチェーンの活用事例:B3i

スイスのブロックチェーン保険イニシアチブ(B3i)は保険と再保険の大手各社がブロックチェーン技術の可能性を探るために設立した企業だ。米保険大手AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)、アリアンツ、オランダの保険大手エイゴン、スイスの再保険大手スイス・リーなどが参加している。

B3iは17年、災害保険の再保険「Property Cat XOL(不動産災害保険契約)」のスマートコントラクト管理システムの試作品の運用を開始した。このプラットフォームの再保険契約は、同じ共通インフラにスマートコントラクトとして書かれている。ハリケーンや地震などが発生するとスマートコントラクトが参加各社からのデータを査定し、影響を受けた企業の保険金を自動で計算する。

B3iの実証実験は40社が参加してフィードバックを提供し、18年9月に終了した。B3iは20年12月、シリーズBの資金調達ラウンドを完了した(調達額は公表していない)。シリーズBの実施前の調達総額は約2600万ドルだった。

B3iはブロックチェーン保険でも他社との提携を探っている。22年にはブロックチェーンコンソーシアム「インスティチュート・リスクストリーム・コラボレーティブ(Institutes RiskStream Collaborative)」と提携し、住宅所有者向けのパラメトリック保険(事前に決めた条件に基づいて保険金を自動で支払う保険)・再保険システムについて研究すると発表した。

ブロックチェーン技術を活用した再保険契約の執行により、再保険会社は資金配分や保険引き受けを効率化し、保険業界に安定をもたらす。再保険会社は保険金を支払うために1次保険会社から損害に関するデータを取得する必要はなく、ブロックチェーンに直接照会するだけで済む。

5.生命保険

ポイント――ブロックチェーン技術を活用した生命保険

・生命保険は被保険者が亡くなった場合に、家族に死亡保険金を支給する。

・ブロックチェーン技術は保険金受取人が悲しみにくれるなかで被保険者の死亡保険金を請求する責任を代わりに果たしてくれる。

不測の事態のリスクを軽減する死亡保障は、保険の主な活用事例だ。生命保険とは、被保険者の死亡時に保険金受取人に一時金を払う保険会社と被保険者の契約を指す。

生命保険の現状

家族の一員を失った際に、生命保険の請求を真っ先に思い浮かべる可能性は低い。被保険者がそもそも生命保険に加入していた事実に気付いてさえいない場合もある。

現行の死亡保険金の支払い手続きは旧態依然としている。死亡給付金を申請して受け取るには、保険証書に記載された受取人が被保険者の死亡後速やかに保険会社に連絡しなければならない。保険会社は役所が発行する死亡証明書と医師の死亡診断書を処理し、支払い手続きに着手する。このプロセスには2~3週間から6カ月以上かかる場合がある。

ブロックチェーンを活用した生命保険

ブロックチェーンを活用すれば、生命保険金を請求する際の手作業による請求登録プロセスを効率化し、自動化できる。

スムーズな請求処理プロセスを妨げている一因は、病院や保険会社、葬儀場、保険金受取人など関係者の多さだ。あらゆる関係者がアクセスできる透明性の高いブロックチェーン網があれば、問題は解決される。

ブロックチェーン技術の活用で透明性を高め、自動で執行されるスマートコントラクトを使うことにより、保険会社と被保険者の信頼が高まる。被保険者が死亡した情報がブロックチェーン上のデータベースに入力されると、スマートコントラクトによって保険金請求プロセスが自動的に始まる。ブロックチェーン上の情報はそれぞれ当事者によって確認されているため、被保険者の家族は事務手続きにより死亡を証明する負担から解放される。

例えば、病院が被保険者の死亡の情報をブロックチェーンシステムに入力すると、この情報は生命保険会社にただちに送られる。保険金受取人が保険会社に保険金を請求する必要はなくなる。

被保険者に関する情報をブロックチェーン網に保管すれば、明確な監査証跡も作成され、不正請求を減らせる。

ブロックチェーンの活用事例:メットライフとインスティチュート・リスクストリーム・コラボレーティブ

米生命保険大手のメットライフはシンガポールでの生命保険の請求を処理するため、スマートコントラクト「ライフチェーン(LifeChain)」を実証実験している。同社のアジアのイノベーションセンター、ルーメンラボ(LumenLab)はイーサリアムを活用したブロックチェーンシステムを用いて、新聞に掲載された死亡記事に基づいて保険金請求に着手する実証実験を始めた。メットライフはこの実証実験で、シンガポールのメディア複合企業シンガポール・プレス・ホールディングス(SPH)と保険協同組合NTUCインカムと提携した。

故人の家族がシンガポールの英字紙ストレーツ・タイムズに死亡記事を投稿すると、ライフチェーンの利用の可否を尋ねられる。利用に同意すれば、ライフチェーンは故人の国民登録番号(NRIC)を暗号化してポータルに入力し、スマートコントラクトを使ってこのNRICの生命保険契約を検索する。契約が見つかれば、NTUCに保険金請求プロセスを開始するようメールが送られる。

ブロックチェーンコンソーシアム「インスティチュート・リスクストリーム・コラボレーティブ」は20年、生命保険システムの実証実験「モータリティー・モニター(Mortality Monitor)」を始めると発表した。関係者間で死亡情報をリアルタイムで共有することにより、保険会社はコストを削減し、時間を節約できる。このコンソーシアムは21年、モータリティー・モニターの事業化調査の結果を発表し、「情報への速やかなアクセスとサイクル時間の短縮、保険金受取人の体験向上をもたらす」可能性があると指摘した。

6.旅行保険

ポイント――ブロックチェーンを活用した旅行保険

・新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)により、旅行保険商品の需要が高まった。

・だが、保険金請求の処理はなお遅く、多くは紙ベースであるため、消費者にとって使い勝手が悪い。

旅行保険は航空機の遅延や欠航、急な病気やケガ、携行品の紛失などの際に旅行者を守る。ブロックチェーン技術を導入すれば、旅行者と保険会社の請求プロセスはスムーズになる。

旅行保険の現状

旅行保険会社の現在の主な問題は保険金請求への迅速な対応だ。請求を受け付けるまでに1週間以上、旅行会社が保険金の支払いの可否を判断するまでに数週間かかる。

一方、新型コロナの感染拡大により旅行プランの不確実性が高まり、旅行保険商品の需要も急増している。例えば、保険商品のプラットフォームを手掛けるオーストラリアのカバージーニアス(Cover Genius)の保険継続率は、コロナ前の6倍に増えた。米マリオット・インターナショナルなどの大手ホテルも保険会社と提携し、宿泊客に航空機の遅延や救急医療の受診に備えた保険を提供している。

旅行保険に加入する旅行者の増加に伴い、保険金請求を速やかに処理するシステムも必要になっている。

ブロックチェーンを活用した旅行保険

ブロックチェーンは手作業のプロセスを自動化し、情報を共有することで旅行保険の請求を容易にする。例えば、加入者が搭乗する航空機が遅延した場合、ブロックチェーン保険会社は搭乗便の遅延や欠航を共通台帳で航空会社に確認し、保険金を自動で支払う。

さらに、ブロックチェーンは旅行中の医療保険の請求プロセスも効率化する。カナダの保険テック、クックハウスラボ(Cookhouse Labs)は保険金請求プロセスを1カ月から1週間に短縮するシステムを開発した。ブロックチェーンの活用により保険会社と病院の双方が保険金請求データや補償の対象になる医療措置の情報にアクセスできるようになり、遅延やミスが減る。

ブロックチェーンの活用事例:イーサリスク

分散型の保険プロトコル「イーサリスク(Etherisc)」は22年、スマートコントラクトを活用して45分を超える遅延に対して保険金を支払う旅行保険を発売すると発表した。この保険「フライトディレイ(FlightDelay)」は約80社の航空会社の遅延や欠航を補償対象とし、仮想通貨で保険金を支払う。

ブロックチェーンを活用した保険業界への移行

ブロックチェーン技術はまだ黎明(れいめい)期だが、すでに保険業界全体に有効な活用事例や用途が多くある。アリアンツやスイス・リーなどの大手保険会社や小規模のブロックチェーンテックスタートアップは様々なシステムを活用している。

だが、ブロックチェーン技術への関心の高さにもかかわらず、保険業界への潜在的な影響力を実現するにはなお対処すべき多くの問題がある。

業界側では、保険会社はブロックチェーン技術の規格とプロセスを統一する必要がある。この技術は保険会社に提携やデータ共有を改善する手段をもたらすが、保険会社自体が相互提携に積極的にならなくてはならない。

消費者を悪用から守り、保険会社がリスクをとりすぎて経営破綻するのを防ぐため、保険業界は厳しく規制されている。ブロックチェーン技術の活用に弾みをつけるには、保険の法規制の枠組みを進化させ、明確な指針を提供する必要がある。

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