バイナンス提訴で暗号資産業界に広がる懸念と、浮き彫りになる「大きな問題」の中身

米証券取引委員会(SEC)がバイナンスを提訴したが、そこで指摘された内容は氷山の一角にすぎないかもしれない。そしてバイナンス以外の取引所にも大きな懸念が広がっている。
Binance CEO
バイナンス創業者で最高経営責任者(CEO)のジャオ・チャンポン(趙長鵬)。Photograph: Piaras Ó Mídheach/Getty Images

米証券取引委員会(SEC)が、世界最大の暗号資産(暗号通貨、仮想通貨)取引所であるバイナンスを調査してきたことは、すでによく知られている。バイナンスは本社も正式な所在地もないが、毎日120億ドル(約1兆7,000億円)もの暗号資産の取引を処理している企業だ。

そんなバイナンスを、SECが6月5日に提訴した。訴状には証券取引法違反とされる項目が13件にわたって明記されている。なかには2022年11月に派手に経営破綻して暗号資産業界全体に混乱をもたらした暗号資産取引所のFTXのことを思い出さずにはいられない事項も含まれる。

SECはさまざまな点を提訴の理由に挙げているが、そのひとつがバイナンスと同社創業者で最高経営責任者(CEO)のジャオ・チャンポン(趙長鵬)が、ジャオが保有する別の企業であるSigma Chainに「顧客の資産を思いのままに転送できる」状態であったという主張だ。SECはSigma Chainが「(バイナンスの)取引量を多く見せかける目的での操作的な取引」を実施していると非難している。

さらにSECはバイナンスとジャオが、ジャオが保有するさらに別の企業であるMerit Peak Limitedと数十億ドル(数千億円)もの顧客の資産を共同運用していたことを隠していたとも主張している。FTXの場合には、顧客の資産は共同運用を通して関連会社のAlameda Researchに流れていたとされている。その目的は取引活動のほか、債務返済の資金にすることなどだったとみられている。

「ジャオおよびバイナンスが詐欺行為や利益相反、情報の秘匿、計算尽くの脱法行為などを広範かつ複雑に実行していたと、わたしたちは確信している」と、SEC委員長のゲイリー・ゲンスラーは、訴状に添付された声明で主張している。「人々はこれらの違法なプラットフォームを用いて、またはこれらの違法なプラットフォーム上で、苦労して得た資産を少しでも投資することについて慎重に考えるべきだ」

バイナンスの広報担当者は、バイナンスはSECによる告発に「失望している」とメールで声明を出しており、米国で事業を展開する暗号資産企業に対する十分な規則を策定していないとSECに反論している。いまとなっては、おなじみの反論だろう。また、バイナンスのすべてのプラットフォームにおいて、顧客の資産はすべて「安全に管理されている」という。

SECによる提訴を受け、ジャオは直後にTwitterに「4」と書き込んでいる。ジャオは自身の会社に疑惑が生じた際には根拠なき“FUD(fear=恐怖、uncertainty=不確実性、doubt=疑念)”であるとして反論するのだが、その際にこの数字をシンボルとして使っているのだ。

これに対して今回の提訴は劇的なものにも思われるが、業界関係者はほとんどショックを受けていない。「暗号資産業界の人なら、この提訴のどの事項にも驚きません」と、バイナンスと競合する取引プラットフォームであるSwan BitcoinのCEOを務めるコーリー・クリップステンは言う。

問題は氷山の一角にすぎない?

バイナンスは17年にジャオが創業してから、安い手数料のほか、代替的な暗号資産や先進的な投資商品に重点を置くことで急速に成長してきた。一方で規制当局との関係は、長年にわたってぎくしゃくしている。

米国の法律では、暗号資産デリバティブの販売は禁止されている。暗号資産デリバティブとは、より利益を見込める一方でリスクもある暗号資産を用いた投資商品のことだ。このためバイナンスは、「Binance.US」という制限のあるサービスを別に運営している。

ところがSECは、バイナンスは故意に地域制限を回避することで米国のユーザーが全世界向けのプラットフォームで取引できるようにしており、ふたつのプラットフォームは実質的にひとつのプラットフォームとして運営されていたほか、それぞれの独立性を保つ対策もなかったと主張している。別の規制当局である米商品先物取引委員会(CFTC)も、過去にバイナンスを同じ内容で提訴していた。

さらにSECは、バイナンスは投資家に対して「仮装売買」などの操作的取引に対する防御のためにリスクコントロール対策を講じているとしたが、これも誤解を招く表現だったと主張している。仮装売買とは、暗号資産を少数の口座間で循環させるように売却させ、需要を誇張して高く見せたり、あわよくば価格をつり上げたりするというものだ。今回の訴状によると、Binance.USでは仮装売買が頻繁にあったという。

バイナンスに対する疑惑は「とても深刻なもの」であると、証券弁護士のアーロン・カプランは指摘する。もしこうした疑惑が証明されれば、「数十億ドル(数千億円)もの顧客資産を取り扱う企業の運営に必要な内部でのリスク管理や内部統制が完全に欠落していたことが示される」と、カプランは言う。カプランによると、おそらくバイナンスは圧力を受けて、米国内で事業停止に追い込まれるとみられている。

一部の専門家は、バイナンスの最上層の経営陣も無傷では済まない可能性があると考えている。SECで18年にわたって弁護士を務めた経験があるジョン・スタークは、今回の訴状の内容は自身がSECで働いていたことにとりまとめたどの訴状よりも長く広範だが、それでも「氷山の一角にすぎない」可能性があるという。

今回の「手厳しい」ともいえる訴状の内容は、今後は可能であれば経営陣に対して刑事訴訟を起こすための地ならしになるものだと、スタークは付け加える。「SECの訴状で違法行為や不正行為の疑惑が指摘されていれば、もちろん刑事事件として検察官が介入してくる可能性が浮上します」ともスタークは言う。

「これらの企業は、事前に許可を求めるより事後に“許し”を求めたほうがいい、というアプローチで大金を儲けました。それで刑事訴訟に発展したとしても、わたしは驚きません」と、スタークは語る。「それに、このような状況下では内部の関係者はとてもナーバスになり、保身のために裁く側と協力し始めます。内部通告者が列をなして現れるでしょうね」

暗号資産業界は厳しい立場に

今回の提訴を受けて、バイナンス以外の取引所でも懸念が広がっているかもしれない。SECは3月、ナスダックに上場しているコインベースに対して提訴する計画があると通告していた。さらにSECは、バイナンスによる「SOL」「ADA」「MATIC」などのトークンの販売は未登録の証券の提供に該当すると非難している。コインベースも、これらのトークンを扱っている。コインベースにコメントを求めたが、すぐには返答はなかった。

今回のSECによる提訴について証券弁護士のカプランは、暗号資産のエコシステムが“やりたい放題”にできる時代が終わり、証券取引法の下で規制される時代が到来したことを告げるものであると指摘する。この転換は「業界の成熟化」に向けたプロセスであり必要なものだというのだ。

「ポストFTXのパラダイムにおいては、暗号資産業界が好き勝手なことをするなど、もはや不可能です」と、カプランは言う。「かつて(SEC委員長の)ゲンスラーは、暗号資産取引所が証券取引法に基づいて登録する期限が迫りつつあると語っていました。でも、今回の提訴が証明しているように、もう期限は切れたのです。暗号資産業界は今後、厳しい立場に立たされるでしょう」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による暗号資産(暗号通貨、仮想通貨)の関連記事はこちら


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