米リップル社を巡る裁判の略式判決を読み解く ~ 個人向けに販売されるXRPは、なぜ「有価証券」ではないのか ~

SBI金融経済研究所 主任研究員

中山 靖司

漸く出た略式判決

 2023年7月13日、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、米リップル社が取り扱う暗号資産(仮想通貨)「XRP」の扱いを巡ってSECが同社を提訴していた件で略式判決[i]を下した。そのエッセンスは、機関投資家向けに販売されるXRPは「未登録有価証券」である一方、個人向けに暗号資産取引所でプログラム販売[ii]されるXRPは「有価証券ではない」と判断を下した点にある。これに対しSECは8月9日、中間控訴[iii]の承認を求めて連邦地裁に書簡を送った。現時点で中間控訴が認められるかは不透明であるが、いずれにせよSECが上告して争う姿勢を見せたことから、判決がこれで確定したとは言い難い状況となった。それでも、SECが起訴してから2年にも及ぶ裁判が一応の結論を迎えたことは事実であり、今後結審を迎える他の裁判にも少なからず影響を与えることになると考えられる。そこで本稿では、判決文をもとに裁判所でどのような審議が行われたのかを読み解くこととする[iv]

様々なスキームに対応できる柔軟なHoweyテスト

 今回の判決は、事実関係についてはリップル社とSECの間の認識に争いはなかったため、両者からの動議を受け、事実審理を伴わない略式裁判によって行われた。被告リップル社は、裁判の準備書面において有価証券か否かの判断をHoweyテストによってのみ行うことに異議を唱え、新たに厳しい要件を加えた「必須要素(essential ingredients)」テスト[ⅴ]を提唱していたことが判決文から読み取れる。しかしながら、裁判所は、Howeyテストは「固定的な原則ではなく柔軟な原則を具現化するもの」であり、「利益を約束して他人の資金を利用しようとするものが考案する無数の可変的なスキームに対応できることを意図」しているため、最高裁が義務付けてもいない追加的な要件を課す理由はないとして、リップル社の異議と提唱を却下している。判決文は、契約、取引、スキームが投資契約かどうかを分析する際にはHoweyテストの平易な文言に照らし、形式を無視して実質を重視し、「経済的現実」と「状況の総合性」に重点を置いて判断すべきであるとしている。

裁判所によるHoweyテストの分析結果

 裁判所は、リップル社が2013年から2020年にかけて行ったXRPの販売を3つのカテゴリー:(1)機関投資家向け販売、(2)暗号資産取引所におけるプログラム販売、(3)その他の分配[ⅵ]に分け、それぞれがHoweyテストの各項目、①金銭の投資(invests his money)、②共同事業への投資(in a common enterprise)、③他人の努力からの利益の期待(is led to expect profits solely from the efforts of the promoter or a third party)の全てを立証しているか評価することによって行われた。

 判決文によれば、(1)機関投資家向け販売については、Howeyテストの3要件[ⅶ]がすべて立証されるとして、投資契約に該当すると判断した一方、(2)暗号資産取引所におけるプログラム販売については、上記の③「他人の努力からの利益の期待」を立証できないとして、(3)その他の分配については、上記の①「金銭の投資」を立証できないとして、投資契約には該当しないとの判断を示している(図表1、図表2)。

(図表1)Howeyテストの結果(投資契約のオファーや販売に当たるか?)

(図表1)Howeyテストの結果(投資契約のオファーや販売に当たるか?)

筆者作表

(図表2)Howeyテストの分析内容

(図表2)Howeyテストの分析内容

筆者作表

 こうした裁判所の判決については、暗号資産取引所での販売が有価証券であると立証されなかった点を捉え、概ねリップル社の勝利であるとして歓迎する暗号資産取引所関係者は多い。一方で、今回の判決に疑問を唱える向きもないわけではない。一次販売で機関投資家に販売された場合は証券だが、暗号資産取引所で匿名性を持って販売された場合等は証券ではないとの見解は、規制の一貫性という観点からすると不自然に映り、控訴審で見直しがあると予想する関係者もいる。例えば、XRPの主要プロモーターは常にリップル社であり(販売者ではない)、暗号資産取引所のプログラム販売でXRPの購入者が自分達の支払いが誰に渡るのか知らなくても関係ない(「他人(プロモーターであるリップル社)の努力」が支払いを受けた場合に限られるものではない)、としている。暗号資産取引所における購入者が投機的利益を期待していることは認められるとしても、多くの場合、外部環境等を反映した需給動向の変化による価格上昇期待によるものであり、「他人(リップル社)の努力による利益の期待」があったと直ちにいえるものではないと考えられる。

予期されていた判決

 今回の略式判決は、一部SECの訴えを認める一方、一部は却下するものであった。分散型コンテンツ共有プラットフォームLBRYに対するSECの訴訟において、ニューハンプシャー州連邦地方裁判所が下した判決と類似したところがあり、同時進行していた両裁判は相互に影響を及ぼしあっていた可能性がある。2022年11月7日の略式判決では、LBRYが「プレマイニング」で保持していたLBCトークンの一次販売は未登録の投資契約に該当すると裁定された。その後の2023年1月30日の控訴審では、流通市場におけるLBCトークンの販売は証券の提供に該当しないとの追加的な判断が示され、SECは和解を選択している。すなわちこの時点で、一次販売が未登録の投資有価証券に該当するとしても、これが流通市場における売買を制限するものではない(有価証券の売買行為であるとはみなさない)ことをSECも容認したことになる。そういう意味では、今回のリップル裁判の判決はSECにとっても想定の範囲内とみることもできる。もっとも、7月11日に下されたニューハンプシャー州の最終判決[ⅷ]では、LBCトークンの一次販売は有価証券であることを認めつつも、直接論点となっていない二次販売についての判断を避ける形となっており、結果的にリップル裁判への影響を考慮したと思われるような形となっている。

「商品」か「有価証券」かの択一ではない暗号資産

 今回、裁判所は、元SECのヒンマン氏による「イーサリアム(ETH)はネットワーク誕生時から『十分に分散化』されていたため、本来は証券として分類すべきではない」との著名化した考え方をXRPの流通市場での販売には適用しなかった。筆者による推測となるが、裁判所としては、「十分な分散化」との考え方は議論が煮詰まっているものではなく、現時点では判断基準も明確とは言えないため、これを採用することは混乱を招き適切ではないとの判断があった可能性がある。

 また、改めて浮き彫りにされた論点として、特定の暗号資産の固有名詞を挙げて「商品」か「有価証券」かを論じることはあまり意味がないということが挙げられる。証券法における投資契約とは、契約、取引、スキームを指すものであるが、その対象が必ずしも証券であるとは限らず、裁判所は、原資産のオファーと販売を取り巻く経済的現実と状況の総合性を分析して判断するとしている。様々な有形無形の資産が投資契約の対象となりうるとの判例があるが、投資対象が何であるかという論点と、投資契約なのか対象財サービス等の単なる売買契約であるのかは区別して考えるべきものである。例えば、金、銀、砂糖等は「それ自体」購買可能な商品であるが、投資契約として販売されることもある。同様に、仮にある暗号資産が商品または通貨としての特徴を有していたとしても、投資契約として提供または販売される可能性があり、その際は証券法に従わないといけないことになる。

 いずれにせよ、今回の判決が確定した場合は、多くの他の暗号資産においても、機関投資家向けの販売/資金調達は有価証券である一方、暗号資産取引所でのオーダーブック等を通じたプログラム販売は投資契約には当たらないと判断される可能性がある。一般ユーザーへの暗号資産の販売が投資契約ではないとされることで、SECによる提訴で劣勢に追いやられていた暗号資産取引所が息を吹き返すことが考えられる。一方で、一部は証券法の適用除外となることが明確化されたことにより、いよいよ暗号資産に関する新たな法規制整備を行うよう米連邦議会に対する圧力が高まることも予想される(日本とは異なり、暗号資産に関する連邦レベルでの規制はまだ存在していない)。近い将来、グローバルな動向に沿った形で法規制整備が進展し、暗号資産に関する混乱が落ち着くことが期待される。


[i] Case 1:20-cv-10832-AT-SN Document 874 Filed 07/13/23 (https://www.nysd.uscourts.gov/sites/default/files/2023-07/SEC vs Ripple 7-13-23.pdf
[ii] 一定のルールに従った取引を行うため、プラットフォームを介して、あらかじめ設定したコンピュータ・プログラムに基づいて自動で行われるシステム売買のこと。
[iii] 一審関連の審理としては、リップル社の現CEOと共同創業者であるGarlinghouseやLarsenに対し、機関投資家に対するXRPの販売の責任を問う陪審員裁判が残っている(2024年4~6月期に行われる予定)。本来、控訴は、一審で行うべき審理を全て終えてから行われるものであるが、一審の審理が完全に終わる前に行われる場合は中間控訴と呼ばれる。
[iv] 本裁判はリップル社、現CEOおよび共同創業者の個人2名に対するものであるが、本稿ではリップル社に対する判決のみに焦点を当てる。
[ⅴ] リップル社は、すべての投資契約には、Howeyテストに加えて3つの「必須要素」:①投資に関する投資家の権利を確立するプロモーターと投資家の間の契約、②投資家の利益のために特定の行動を取るという販売後の義務をプロモーターに課すこと、③投資家の資金を使用してリターンを生み出すプロモーターの努力から得られる利益を共有する権利を投資家に付与すること、が含まれていなければならないと主張した。
[ⅵ]財務諸表に「現金以外の対価」として記載されているものであり、従業員への報酬としてのXRPの分配や、サードパーティへのXRP提供が該当する。後者は、XRPとXRP Ledgerの新しいアプリケーションを開発する「Xpringイニシアチブ」として、リップル社よりサードバーティに提供されるものである。
[ⅶ] Howeyテストは、「他人の努力」と「利益の期待」を別のテスト項目として4要件とする場合もあるが、本判決文では「他人の努力からの利益の期待」と一つにまとめて分析しているため3要件となっている。
[ⅷ] MEMORANDUM AND ORDER(23NH082.pdf)(https://www.nhd.uscourts.gov/sites/default/files/Opinions/2023/23NH082.pdf