
世界中のスタートアップ企業が、新しいデジタル通貨を発行して、総額で数億ドルもの資金を調達している。この手法を支持する人もいれば、懐疑的な見方をする人もいる。
今年、「イニシャル・コイン・オファリング(ICO=Initial Coin Offering)」によって調達された資金は、5億ドルを超えるという。そう話すのは、ICOを支援するCryptoassets Design Groupのパートナー、リチャード・カステレイン(Richard Kastelein)氏だ。
この金額は、5年前にはICOという言葉さえ知られていなかったことを考えると、信じられないほどの額だ。
ICOの導入のスピードも驚くほどに速い。デジタル通貨「イーサリアム(Ethereum)」の予測市場Gnosisは今年4月、1200万ドル(約13億7000円)をわずか10分で調達した。Mozillaの創業者が設立したウェブブラウザのスタートアップBraveの場合はGnosisすらも平凡に思わせるほどで、先月、「Basic Attention Token」を売って3500万ドル(約39億9500万円)を30秒未満で調達した。
「ICOの市場自体が熱くなり始めたのは昨年末だ」と、ICOプラットフォームCofound.itのCEO、ヤン・イサコビッチ(Jan Isakovic)氏は言う。「今年4月、本当に火が付いた。これから、さらに燃え広がっていくだろう」
「我々が売っているのは、残り3分の1をまだ微調整している映画のチケットだ」
ICOによる資金調達のために、企業は新しいデジタル通貨を発行する。発行される通貨は、かつて存在したディズニー・ドルのように、エコシステム内での支払いに利用されたり、または自動車の燃料のように、ビジネスの一部のコストとして使われたりする。
「Cofound.itのトークン(企業が発行する独自デジタル通貨)は、プラットフォームへの参加を申し込むスタートアップによって使用される」とイサコビッチ氏は語る。同氏のビジネスは先月、ICOを通じて1480万ドル(約16億9000万円)を調達。現在、ICOで資金調達した企業と、事業拡大支援の専門家をつなぐプラットフォームを構築中だ。
「トークンは、プラットフォーム上で専門家に報酬を支払うために使われる。プロジェクトで連携したい場合、Cofound.itのトークンの一定額を第三者に預託する必要がある。内部通貨のようなものだ」
「クラウドセールス」とも呼ばれるICOで目を引くことは、ほとんどのケースで、初期段階のビジネスや未開発のマーケットプレイスを対象にトークンが売られていることだ。そのトークンを購入する投資家たちは、より多くの人がプラットフォームに集まり、投資したビジネスが成功を収め、トークンの価値が上がることに賭けている。
「いわば、我々は映画のチケットを売っているのだが、残り3分の1をまだ微調整している間に、映画館が観客で満員になっているような状態だ」とイサコビッチ氏は語る。
同氏がICOに魅了されたのは、小売スタートアップStoresenseを率いていたころ、資金を提供したベンチャーキャピタリスト(VC)らとうまくいかなかったからだという。
「従来のVCシステムでは、資金調達に6カ月から1年はかかっていた。それとは異なり、ICOでは全く時間がかからない。正反対だ」とイサコビッチ氏は話す。
「VCから資金を調達する場合、資金提供者は1人か、たぶん1チームだ。皆が『我々の持つコネクションで、あなたのスタートアップの成長を支援しよう』と言うが、実際にはそれはめったに実現しない。それに反して、トークンを使ったクラウドファンディングなら、自分の企業の成功を強く望む熱心な支援者を何千人も集められる。そうした人々は起業家にとって(イノベーター理論でいわれる)アーリーアダプターであり、エバンジェリストだ」
「ICOは凍った資本を解かして、多くのイノベーションを可能にしていく」
イーサリアム(Ethereum)のネットワークに乗る多くの企業と、ICOを準備することは容易である。イーサリアムは、ブロックチェーンをベースにした公共システムで、「スマート・コントラクト(契約書)の作成を可能にする。

「スマートコントラクトとは、ソフトウェアの一片、コードの一片だ。そのコントラクトには例えば、1億2500万のトークンを販売し、上限は5万6000イーサ(Ether)などの情報を組み込む。取引は上限に達するまで、または4週間継続する。そして、成約内容を計算して、トークンを送る。わずか2、3ページのプログラムで、イーサリアムはあとの全てをやってくれる」とイサコビッチ氏は言う。
イーサリアムの開発者らは2014年、プロジェクトコストを賄うために、初となるICOを行った。このネットワークの構築に貢献したジョセフ・ルービン(Joseph Lubin)氏は、ICOという考え方は、いわば凍った資本を解かして、多くのイノベーションを可能にしていくと話す。
「トークンの買い手は世界中に潜在する。例えば、50ドルを支払う余裕がある大学生は、ある壮大なプロジェクトに魅了されると、その50ドルをトークンに換えるだろう。そして、その資本がイノベーションを生み、成長を促すことは素晴らしい」と、ルービン氏はBusiness Insiderに語った。「もう1つの側面がある。大学の寮で新たなイノベーションを創ろうと、プロジェクトの草案に躍起になる学生たちは多くいる。そして、彼らは仮にベンチャーキャピタリストたちから見向きもされなくても、彼ら自身がベンチャーキャピタリストになれるのだ」
「アナリストに分析させたら、これは典型的なバブルだと言うだろう」
すべての者がICOに関して肯定的ではない。
「デジタル通貨に対して、多くが前のめりになりすぎている」と話すのは、フィンテック企業R3CEVを経営するデビッド・ラター(David Rutter)氏。「およそ200種類の仮想通貨が存在する。アナリストに分析させたら、これが典型的なバブルだと言うだろう。ビットコインでもうけた多くの人は、他の暗号通貨(仮想通貨)で再びもうけようとしている。そして今、そこから脱しようと考えているだろう」
ルービン氏は凍った資本を解かして、大学寮にいる未来の起業家にその資本を投じると説明するが、ラター氏は、愚かな金を薄っぺらいスタートアップに注ぎ込むものだと話す。

「多くはパワーポイントのみで書かれたプランに過ぎず、現実的に有望なビジネスプランではない」とラター氏は続ける。「もちろん、そのパワーポイントで書かれたプランが進んでいき、1000万ドル、1500万ドル、2000万ドルの資金をたった数時間でICOによって調達できるのかもしれない。そして、それが経済や世界、若き起業家たちに有益と考えるのなら、それで良いだろう。ただ、私はそうは思わない」
イサコビッチ氏は反論する。「パワーポイントだけの計画で100万ポンドか知らないが、相当の資金を調達した例はない。大型の資金調達を行った多くは、有能なチームで構成され、有望なプロダクトを開発している」
「確かに仮想通貨はその価値が上昇する局面にある。しかし、それがバブルであることはない」とイサコビッチ氏。ICOの盛り上がりの背景には、ビットコインやイーサリアムの高騰とICOで使われるコインの価値上昇があるだろうと、同氏は語る。
創業期の企業の株式を購入するのとは異なり、ICOにおける投資家たちは多くの取引所でコインの売買ができる。投資した企業の上場を待つ必要はない。この仕組みが投資家たちを引きつけ、コインの価値の上昇につながっている。
もちろん、コインの価値がなくなる可能性はある。
「新たな資金調達の開拓期」
ラター氏は、クラウドセールスにおける投資家保護施策の欠如についても懸念を抱く。デジタル通貨の発行はアメリカの証券法でカバーされない法的にグレーなエリアであり、デジタル通貨で資金を調達した企業を規制するルールは存在しないに等しい。
「証券法が存在するのには理由がある。投資家を保護し、実際に価値あるものを企業に提供させるという目的がある。現在のICOには、私なら決して参加しない。証券関連の規制にどう準拠しているのか、私には分からない」(なお、証券法に準拠するように構築されてきたICOも一部には存在する)
Cryptoassets Design Groupのカステレイン氏は、ハーバード・ビジネス・レビューに最近寄稿した記事の中で、ICOを「新たな資金調達方法の開拓期」と表現した。また、最近コペンハーゲンで開催されたファイナンス関連のカンファレンスで、多数の人々がICOに関してラター氏と同様の懸念を露わにしている。
イサコビッチ氏が言うには、実際のところ、投資家らは保護されている。スタートアップは、資金を調達してプロジェクトを成功させるには、投資家らと対話しなければならないからだという。
「我々の場合、我々の戦略は、投資家らとの非常に包括的な即時のコミュニケーションに全く依存していた。我々のロードマップ作成を支援した人々と、SlackやRedditで直接、絶え間なく議論していた。我々を支援してくれた人々もそう認識している。そもそも、我々は彼らとの絆を築いたわけだが、我々が意見を聞いてそれに合わせるつもりがあることを彼らの側でも確認したのだ」
ICOは依然としてスタートアップと投資家の両方から大きな人気を集めている。7日(現地時間)、ヨーロッパ初のICOカンファレンスがロンドンで開催された。20カ国以上から200人超が参加したとみられている。
7月第2週にBusiness Insiderに送られてきた1通のメールによると、現在進行中か近日中に予定されているICOは、5件を下らない。ICOを行う企業の中には、特許調査の分散型データベースLociや、「オンライン産業にフェアなギャンブルをもたらす」ことを目指すDAO.Casinoが含まれる。
今のところ、資金を調達している企業のほとんどは、テック企業とブロックチェーン関連企業だ。だがイサコビッチ氏はこう話す。「今後、この方法(ICO)を多くのスタートアップが利用するようになるだろう。そのためには、メカニズムの問題よりも、潜在的投資家を納得させる必要がある。目下、支援者のほとんどは、アーリーアダプターであるか、もしくはイノベーターである。彼らはソフトウエアとブロックチェーンに関心があるので、今のところそうしたものがプロジェクトとして資金を得ている」
「だが私が思うに、この資金調達方法がいっそう普及するにつれて、この空間に参入するプロジェクトはいっそう多様になるだろう。まだその段階ではないが、1年ほどでそうなるかもしれない」
(翻訳:原口昇平)