コラム:仮想通貨で資金調達、ICO急拡大の衝撃=村田雅志氏

コラム:仮想通貨で資金調達、ICO急拡大の衝撃=村田雅志氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は著者提供。
村田雅志 ブラウン・ブラザーズ・ハリマン 通貨ストラテジスト
[東京 14日] - 仮想通貨を利用した資金調達手法であるICO(Initial Coin Offering)が注目を集めている。ICOとは、資金を調達したい企業などが「トークン」と呼ばれる新しい仮想通貨を独自に発行し、投資家が保有するビットコインやイーサリアムといった広く普及している仮想通貨と交換することだ。
企業はトークンと交換して得た仮想通貨を、ドルや円といった通常の通貨と交換することで資金を調達できる。
企業が発行するトークンには、さまざまな種類がある。ビットコインのように支払い手段として流通することを企図した通貨型、トークンを発行した企業(トークン発行企業)が提供するサービスや製品を受け取る権利となる購入券型、トークン発行企業への寄付にあたる寄付型、トークン発行企業から配当や利子を受け取る権利となる利益分配権型などがある。
また、トークンは、どんな種類であっても、仮想通貨取引所や他投資家と取引することでビットコインなどの仮想通貨やドルや円などの通常通貨に交換できる想定となっている。
ICOは、従来型金融サービスに比べ、資金調達をする企業側にとって非常に使い勝手が良い。インターネット上でホワイトペーパーと呼ばれる事業計画書を提示すれば、原則、世界中の投資家を相手に資金調達が可能で、IPO(Initial Public Offering)のように証券会社や証券取引所の審査を経る必要もない。利益分配権型を除くトークンを発行すれば、トークン発行企業は投資家に金銭の形で利益を渡す必要もない。ICOは株式ではないので、トークンを受け取った投資家が企業の経営に介入する恐れもない。
<神経をとがらせる当局>
企業側の数多くのメリットを背景に、ICO市場は急速に拡大している。仮想通貨の有力情報サイトとして知られるCoinDeskの調べによると、ICOによる資金調達総額は今年1─3月期の3.3億ドルから4─6月期には8.0億ドルへと拡大し、起業直後(アーリーステージ)の企業を対象としたエンジェル投資家やベンチャーキャピタルによる投資額(2.4億ドル)を上回った。
ICOにおけるトークンは、企業が発行するという点で株式や社債の類似物であり、トークンを不特定多数の投資家に渡すことによって(最終的には)資金を調達するという点では確かにIPOに似ているとは言える。また、インターネットというネットワークを通じ、個人を含めた世界中の投資家から資金を調達するという点ではクラウドファンディングに似ているとも言えよう。
ただ、ICOがIPOやクラウドファンディングといった従来型金融サービスと大きく異なるのは、企業と投資家とをつなぐ媒介が通常通貨ではなく仮想通貨であるという点だ。
IPOにせよクラウドファンディングにせよ、従来型金融サービスの媒介には通常通貨が使われるため、決済では銀行を中心とした金融機関の仲介を必要とし、取引は金融当局の規制監督下に置かれる。一方、ICOの場合、トークン発行企業も投資家も仮想通貨を交換するだけなので、金融機関の仲介を必要とせず、金融当局による規制監督の整備は遅れている。
このため各国金融当局はICOに対し規制監督や注意喚起に動き始めている。米国証券取引委員会は7月、ICOによるトークンは有価証券に該当する可能性があるとし、トークン発行企業とICOサービスを提供する企業に対し連邦証券法が適用されることを確認した。カナダ証券管理局とシンガポール金融管理局も、ICOにおけるトークンの一部は有価証券であり、規制される可能性があることを認めた。
中国人民銀行は9月4日、ICOを違法な金融事業活動であると位置付け、中国でのICOを禁止した。英金融行為監督機構は同月12日、ICOが極めてリスクが高い投機的な投資であると指摘し、ICOが詐欺に悪用されるリスクがあるとして、投資する場合には投資金額が全て損失となる覚悟をするよう投資家に警告した。
各国金融当局がICOへの危機感を隠そうとしない背景には、ICOにおける投資家の立場が従来型金融サービスに比べ非常に脆弱で、ICOが非合法組織による資金調達を可能にする点にある。ICOにおける投資家の判断は、発行企業が作成・提示するホワイトペーパーによるところが大きく、発行企業の悪意に基づく詐欺事件はすでに数多く発生しているという。
有識者と呼ばれる方々は、こうしたICOの負の側面を根拠に、投資家保護の必要性やICOに対する強力な規制を主張したり、ICOの将来性に対し否定的な見方を示したりするのかもしれない。
<ビットコインの教訓>
しかしICOの仕組み上、発行企業の悪意を規制などで完全に遮断することは不可能に近く、金融当局として当面できることは、不正行為を防ぐべく個人投資家を中心にICOの危険性を根気よく啓蒙・普及していくことくらいだ。
金融当局の危機感がさらに強まり、各国当局がICOを撲滅させようと努力する可能性もゼロではない。ただ、たとえ世界の主要国当局が一致団結したとしても、ICOがこの世から消滅するとは考えにくい。
当局の思惑がどんなものであれ、企業側からみればICOの多大なメリットがなくなるわけではない。投資家側でも、たとえ立場が脆弱であっても、ICOにて発行されたトークンに投機上の魅力がなくなるわけではない。世界的にみれば、銀行口座や証券口座を使うことなく、インターネットを通じ少額から手軽に投資できるというICOのメリットを重視する投資家も多いだろう。
核兵器の拡散防止・縮小を目的に世界のほとんどの国が核拡散防止条約(NPT)を批准したが、その後、パキスタンや北朝鮮が核実験を実施し、核兵器の保有を既成事実化したことからもわかるように、いったん生まれた技術が消え去ることはなく、世界中に広がり、誰かが技術を利用する動きを止めることはできない。
ICOの動きを人為的に止めることが難しいのは、ビットコインの歴史をみれば容易に理解できる。ビットコインの認知度が高まり始めた2012年当時、価値の裏付けがないことや、金融当局の監視外にあることを根拠にビットコインの将来性を否定する見方があったが、ビットコインの存在感が高まり、世界各国に普及したことで、こうした見方は否定された。
ICOもビットコインと同様の展開をたどるとみられ、今後は金融当局の規制動向の影響を受けながらも、企業側、投資家側の双方のメリットを背景に存在感を高めると考えられる。
<銀行融資の貸出金利に低下圧力>
ICOの普及に伴い、金融業界や金融政策のあり方も変わるだろう。アーリーステージ企業はICOを通じて従来よりも手軽かつ早期に資金を調達することが可能になり、アーリーステージ企業に資金を供給してきたベンチャーキャピタル(VC)や未公開株(PE)ファンドも対応を迫られる。
VCやPEファンドは、単なる資金提供者にとどまらず、経営ノウハウ、取引先の紹介といった資金提供以外の面でアーリーステージ企業をサポートする機能を強化せざるを得ない。彼らは、ICOの投資家として存在感を高める可能性もあるほか、ICOを有力なエグジット先として活用することも考えられる。
ICOは銀行にも影響を及ぼすとみられる。ICOでの資金調達はトークン発行企業のプレゼン能力による部分が多く、伝統的な基準で信用力の低い企業であっても十分な資金を早期に調達することが可能である。このためICOが普及すればするほど、煩雑な手続きを必要とする銀行融資のニーズは低下し、銀行融資の貸出金利に対する低下圧力は強まることになる。
貸出金利の低下圧力が強まれば、国債や社債市場の利回りにも低下圧力がかかり、最終的には金融政策運営にも影響が及ぶだろう。ブラジルやロシアのようにインフレ圧力が高い国でICOが普及すれば、金融当局は政策金利をこれまでよりも高い水準に誘導する必要が出てくる。
一方、日本のようにディスインフレ(ないしはデフレ)圧力が強い国では、ICOの普及が景気を刺激する可能性はあるが、不況期には金利低下余地が小さくなっており、マイナス金利の導入や量的緩和など非伝統的な金融緩和への依存度が高まることになる。
*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。近著に「人民元切り下げ:次のバブルが迫る」(東洋経済新報社)
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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