仮想通貨でもマネーロンダリング対策はできる
イスラエルの地方裁判所はこのほど、ビットコインやイーサリアムなど仮想通貨の取引を主に手掛ける企業に金融サービスを提供する義務は銀行にはないとする判決を下した。中央銀行やイスラエル証券庁、マネーロンダリング(資金洗浄)禁止機関などの主要当局がこうした企業を最小限にとどめる枠組みを示せていないのに、銀行が金融プラットフォームの提供でリスクを負う必要はないというのが判断の理由だった。
世界の金融当局、仮想通貨の「疑似匿名性」に懸念
イスラエルをはじめ世界各国の当局が留意している仮想通貨の主なリスクの一つは、「疑似匿名性」だ。規制当局はこのデジタルトークン(電子コイン)の送金手段について、報告義務が緩く既存のマネーロンダリング対策やテロ組織への融資規制の適用が極めて難しい「ブラックボックス」だとみなしている。だが、仮想通貨に組み込まれたブロックチェーン技術の特性は、マネーロンダリング対策を阻むどころか、既存のメカニズムを超える成果を上げる力を秘めている。
仮想通貨業界とマネーロンダリング対策の指針の綻びは広がりつつある。これにはビットコインが構造的にハッカーや犯罪者に好まれやすいというやや的外れな評判など、いくつかの要因がある。現行のマネーロンダリング対策は、既存の中央集権型の金融システムを念頭に設計されているため、そのままでは固有の匿名性に基づく金融システムに対処できない。現行の対策はむしろ、全ての金融機関に法律で報告を義務付ける「顧客確認(KYC)」プロセスの監視や活用に頼りきっている。
現行のマネーロンダリングの監視メカニズムでは、全ての取引の法的主体を特定できる。法定不換紙幣(政府が発行したお金)の追跡データには(1)銀行口座の開設など金融システムの入り口、(2)口座間の送金や銀行間の国際決済ネットワークを運営する国際銀行間通信協会(SWIFT)を使った送金など金融システム内での取引――の2つがある。こうしたシステムは金融活動を監視し、取引のマネーロンダリングのリスクを評価し、関連通知や報告で追跡調査を進める。犯罪で得た資金が悪用されていることが分かれば、関係人物を容易に特定できる。
仮想通貨にも取り締まりに必要な要素を盛り込める
これに対し、仮想通貨は取引でID情報を使わないため、現行のマネーロンダリングの監視や取り締まり能力が大幅に損なわれるとの批判がある。だが、顧客識別情報や取引記録、さらには取り締まり機能など、規制や取り締まりに必要な要素を仮想通貨システムに備えることは可能だ。全ては視点の問題だ。
第1に、仮想通貨は電子財布「ウォレット」を通じて、取引の最初と最後の利用者を特定できる。トークンは銀行口座の代わりに、ウォレットに保管されるからだ。
ウォレットには持ち主しかアクセスできず、持ち主は自分のウォレットのIDコードを取引相手に伝えてトークンをやりとりする。コード自体がカギの役割を果たすため、名前などのIDは要らない。このため、取引自体は匿名にみえるが、今や大半の国ではウォレットを新規開設するには身元確認が必要だ(ほんの一例を挙げれば、仮想通貨取引所を運営する米コインベースの免責事項には、身元確認の一環として顧客に関連する銀行口座の口座情報をチェックする場合があると記載されている。さらに、2017年の「世界の仮想通貨ベンチマーキング調査」では、国の通貨から仮想通貨に換金された全てのウォレットに対し、こうしたチェックを実施するよう主張している)。このため、ウォレットを持っていれば、使っていなくても匿名性は失われる。
だが、適切な顧客確認を受けずにウォレットを開設できる場所も依然として存在する。そのせいで仮想通貨システムに「汚れた金」が流入している。「汚れた金」や、「コインジョイン」「スマーフィング」と呼ばれる取引手法は金融取引の主体の特定を困難にするため、解決策を講じる必要がある。
世界全体で身元確認を電子ウォレットの発行要件に定めれば、この問題を解決できる可能性がある。そうすれば、要件を満たさないウォレットへのトークン送金を禁止できるからだ。様々な取引プラットフォームを使える法定不換システムとは異なり、仮想通貨には入り口と出口が1種類しかないため、身元追跡能力を高められる。
この種の解決策には、業界の中心プレーヤーの同意や補完的な規制が必要になるだろう。世界各地で新旧問わずウォレットの所有者に身元確認を求める動きが急増しているのは、こうした標準化が仮想通貨業界の適切な成長に不可欠なことを示唆している。
全ての取引が監視され、履歴が残る
さらに、ブロックチェーン技術を使えば、仮想通貨は法定不換通貨よりもマネーロンダリングのリスクを抑えられる。ブロックチェーンは誰でも参加できるオンラインの台帳で、全ての取引は監視され、検証され、完了した取引の履歴として記録される。
全ての取引はただちに分散台帳の参加者と暗号マイナー(採掘者、ブロックチェーンを運営している個人や団体のコンピューターを指す)に通知される。しかも、各国政府がかなりの対策費を投じている偽造通貨とは異なり、仮想通貨は端から端までマイナーに検証される特性があるため、偽造はほとんど不可能だ。出金ウォレットや入金ウォレットなどあらゆる取引段階の検証や、通貨の種類や金額に関する情報に不足があれば、取引はただちに自動でブロックされる。その意味では、デジタル通貨は既存の法定不換通貨よりもマネーロンダリングを規制しやすいといえる。
仮想通貨がマネーロンダリング規制に適している理由は、ブロックチェーンの構造だけにとどまらない。取り締まり機能を担うマイナーも不可欠な存在だ。ネットワークの検証が発表されると、マイナーは「計算をチェック」し、規定数以上のマイナーが取引を検証した場合にだけブロックが台帳に加えられる。同じように、取引を身元確認済みのウォレットに限定するようプロトコルを改定することも可能だ。そうすれば、全ての取引でウォレットの所有者をたどれるようになる。さらに、入り口と出口だけを監視するのではなく、マネーロンダリングのリスク分析や警告、リポート作成機能を暗号システムに一本化することもできるだろう。
コスト上昇につながるが、仮想通貨の前進には必要
仮想通貨への注目が高まり、取引に参加する個人も増えているため、マネーロンダリング対策は極めて重要になっている。ブロックチェーン技術の特性を生かせば、こうした問題を一気に解決とはいかなくても、問題に対処できるプラットフォームを暗号システムの中枢に構築できる。こうした動きは取引コストの上昇や、匿名性を損なうなどの代償を伴うだろう。だが、これは仮想通貨を前進させ、現在の通貨の様相を一変させるために支払う価値がある代償だ。
世界のマネーロンダリング対策費は推定で年100億ドルに達する。世界各国の当局は金融機関や市民を守ろうとするあまり、移行に伴う不確実性をはるかに超えるリターンが見込めるテクノロジーの発展を阻害しないよう、慎重に動くだろう。
By Roy Keidar =イスラエルの法律事務所イガル・アーノンの特別顧問、Netanella Treistman=同アソシエート
(最新テクノロジーを扱う米国のオンラインメディア「ベンチャービート」から転載)