誕生して10年も経たないにもかかわらず、ネットを通じて世界中で売買され、日々ニュースを騒がせる存在になったビットコインとはいったい何なのか。

『キャッシュフリー経済』の著者で、通貨全般に造詣が深い野村資本市場研究所研究理事の淵田康之さんに、ビットコインの誕生秘話から通貨としての意義や特徴まで解説してもらった。

(聞き手:ライター 藤原達矢、日経ビジネスアソシエ編集部 蓬莱明子)

「国の思惑に左右されない通貨」の復活

<b>淵田康之(ふちた・やすゆき)氏</b><br> 野村資本市場研究所研究理事。1981年東京大学経済学部卒業後、野村総合研究所入社。同社資本市場研究部長を経て、2011年から現職。近著は『キャッシュフリー経済』(日本経済新聞出版社)
淵田康之(ふちた・やすゆき)氏
野村資本市場研究所研究理事。1981年東京大学経済学部卒業後、野村総合研究所入社。同社資本市場研究部長を経て、2011年から現職。近著は『キャッシュフリー経済』(日本経済新聞出版社)

ビットコインはどういう経緯で誕生したのでしょうか。

 実は、暗号技術を使い、国家に管理されない通貨の形を目指す議論自体は1980年代前半からありました。議論が活発化した直接のきっかけは、80年代末にインターネットが登場したことです。

 電子メールによって、郵便システムを使わずに個人同士が直接コミュニケーションを取れるようになったのと同様に、個人同士が直接お金をやり取りできる仕組みが作れないかと考えた有志たちが、ネット上のコミュニティーで意見を交換するようになりました。

 そして2007年夏、米国のサブプライムローン問題を発端としてグローバル金融危機が勃発。国家の手厚い監督下にあるはずの金融機関の失策により、世界中が不況に陥ったことで、有志たちが国家に不信感を抱き、国家に左右されない新しい通貨を求める動きを強めていきました。

 そもそも通貨は、国家という概念が生まれるより前からこの世に存在し、利用者たちによって自主的に運用されてきました。コミュニティーに集った人々は、国の思惑に左右されない通貨の形を復活させようと考えたのです。

 ただ、二重支払いをいかに防ぐかという技術上の課題が残り、なかなか実現には至りませんでした。解決したのは、2008年10月、コミュニティーに投稿された1本の論文。投稿したのは「サトシ・ナカモト」と名乗る人物でした。

「サトシ・ナカモト」はハンドルネームで、現在に至るまで個人は特定されていないのですが、論文で提案された内容はすぐに支持を得て、有志の技術者たちが実際にローンチできる仕組みを作り上げ、ビットコインが誕生しました。

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「理想の通貨」の実現ですね。法定通貨とはどう違うのですか。

 一番の違いは、誰の信用にも依存していないということでしょう。法定通貨は国家の信用を背景に発行されており、国家は法定通貨の発行量をコントロールできます。一方で、ビットコインは、国家はもちろん、どんな組織や個人のコントロールも受けません。発行量や新規発行のペースについても最初から定められ、運用されています。

 モノとしての「形」がないことも大きなポイントです。貨幣のように製造費用や輸送費用がかかりませんし、管理にかかる手間やコストも大幅に削減できます。

「正体不明の人物」の提案がこれほど支持された理由

それにしても、いかに素晴らしい提案だったとはいえ、正体不明の人物が提唱したものが支持され、世界中で利用されるようになったことが信じられません。

 それだけ切実に求められていたということでしょう。ビットコインが最初に世界の注目を集めたきっかけは、2013年3月、地中海に浮かぶ島国、キプロスで起きた「キプロス危機」でした。金融危機に陥ったキプロスに対し、欧州連合(EU)は支援する引き換えに銀行預金への課税を要求した。それを機に、人々が預金を引き出し、ネットで手軽に購入できるビットコインに資産を緊急避難させる動きが活発化したのです。

その当時のキプロス国民にとっては、ビットコインが法定通貨よりも安心できる存在だったのですね。ただ、日本では、円をビットコインに替えてまで持つ必要性をあまり感じません。通貨としてのメリットはどこにあるのですか。

 確かに、日本人が日本で普通に生活をするうえではメリットを感じにくいかもしれません。しかし、グローバルな視点で見ると、様々な利点があります。

 一番大きいのは、海外に送金する際の手数料の安さでしょう。法定通貨を海外に送金しようとすると、既存の銀行間ネットワークを介さなくてはならず、日数もかかるし手数料も高い。例えば、外国で働く人が、自国に住む家族に数万円の仕送りをするのに、数千円もの手数料がかかったりします。しかし、ビットコインなら、手数料は数十~数百円で済みます。

 ネットなどで手軽に手に入れられる点も魅力の1つです。海外には銀行が近くになかったり、高い口座維持手数料がかかったりするために、銀行に口座を持てない人が少なくありません。そういう人は、ネットにつながっていても、ネット上での買い物ができない。しかし、ビットコインならネットなどで手に入れ、そのまま買い物にも使えます。

 利用者のメリットというよりは、社会のメリットと言えるかもしれませんが、実はドル紙幣などと比べると、違法売買やマネーロンダリングといった犯罪行為に利用しにくいという点も見逃せないポイントです。

 ビットコインの取引はすべて履歴が残ります。犯罪に使われるのを防ぐ仕組みの整備は、まだまだこれからですが、少なくとも、銀行から現金を引き出してしまえば足跡がたどれなくなる法定通貨よりは透明性が高いと言えるのではないでしょうか。

すべては9ページのペーパーから始まった―― サトシ・ナカモト論文とは?
すべては9ページのペーパーから始まった―― サトシ・ナカモト論文とは?
「ビットコイン:第三者を介さない個人間取引を実現する電子キャッシュシステム」というタイトルで9ページにわたり、ビットコインを実現するための仕組みの全体像がまとめられている。執筆者のサトシ・ナカモトは基本的なシステムを自分で作ってから、ペーパーで説明したと推測されている。

「世界基軸通貨」になる可能性

ビットコイン誕生後、様々な仮想通貨が登場しています。ほかの仮想通貨がビットコインを上回る存在になる可能性はありますか。

 通貨は、多くの人が利用していて、交換が容易である(汎用性がある)ところに価値があります。最初に登場したビットコインは、すでに多くの人が利用している。人が人を呼び、利用者が増え続けるサイクルが確立しています。よほど利便性の高い仮想通貨が現れたり、ビットコインの信用が根本から揺らぐ問題でも発生したりしない限り、ビットコイン一強体制は続くのではないかと思います。

情報サイト、CoinMarketCapのデータを基に、日経ビジネス アソシエ編集部で作成。数字は2017年9月28日時点
情報サイト、CoinMarketCapのデータを基に、日経ビジネス アソシエ編集部で作成。数字は2017年9月28日時点
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では今後、ビットコインが法定通貨をも凌駕し、世界基軸通貨になる可能性はいかがでしょう。

 少なくとも円やドルといった安定した通貨をビットコインが凌駕するようなことはあり得ないと思います。国は納税や賃金の支払いなどにおいて、法定通貨を使うことを義務付けている。また、ビットコインの影響で法定通貨の価値が揺らぐ恐れがあると判断すれば、国家は利用を制限することでしょう。9月半ばにも中国がビットコインの取り締まりを強め、取引所の閉鎖が伝えられたことで価格が一時暴落しましたね。

結局、単なる新しい電子マネーということになりますか。

 いいえ。ビットコインの誕生が世界の金融界に与えた影響は計り知れません。特に、ビットコインの基盤技術として登場したブロックチェーンと呼ばれる技術は画期的で、様々な応用展開が期待されています。また、国家がデジタル通貨を発行しようという動きも出てきています。

 すでに具体的な検討を進めているのがスウェーデンで、順調にいけば2020年頃には実現するかもしれません。中国などでも具体化に向けて検討が本格化しています。これらの取り組みが成功すれば、他国でも現金のあり方を見直す動きが加速していくのではないでしょうか。

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