日経ビジネスは11月20日号の特集「現金消滅」で、世界的な潮流である仮想通貨の台頭や電子マネーの普及、それらがもたらす個人や企業、社会の未来について探った。それは現金志向が根強いとされる日本でも確実に浸透している。象徴する動きの一つが仮想通貨の代表格である「ビットコイン」の広がりだ。11月上旬時点で日本円によるビットコインの取引額は世界全体の約6割を占める。一部のマニアだけではなく裾野は大きく拡大した。その主な目的は投資だろう。急激な相場上昇が話題になったことで投資対象として注目する個人が増えているのだ。オンライン連動企画の第1回では、実際にビットコインに投資している人に、その理由や動機を聞いてみた。

生命保険も解約してビットコインに

 今年9月に結婚した新婚の荒川町子さん(29、仮名)。籍は入れたが結婚式はまだしていない。できるかどうかはビットコインの相場次第だという。

夫婦でビットコインに投資する新婚の荒川さん。期待通り相場が上昇すれば結婚式を挙げる予定だ
夫婦でビットコインに投資する新婚の荒川さん。期待通り相場が上昇すれば結婚式を挙げる予定だ

 今年の6月頃、荒川さんが勤めるIT企業の取引先に仮想通貨事業を行っている会社があり、ビットコインを知った。これといった趣味がなくお金を使わない夫と話し、「放っておいても増えない預金よりはマシなのでは」という軽い気持ちでビットコイン投資を始めた。

 ハマったのは夫だった。それ以降、夫は仮想通貨について猛烈に勉強を開始、パソコンの前にひたすら張り付くようになった。「まぁ趣味が見つかってよかったかな」と思っていた。

 ただ、それは予想以上だった。

 気づけば生活に必要なお金以外、約600万円全ての預金をビットコイン投資に充てるようになった。基本的に右肩上がりが続いたビットコイン相場。持っているだけで含み益が出ていたが、今年8月にビットコインの分裂騒動が発生した。相場は大荒れとなり、利幅取りを狙った売買が裏目に出て含み益が8割減ってしまった。

 失敗を取り返すために夫が目を付けたのが裁定取引と呼ばれるものだ。同じビットコインでも取引所によって価格は微妙に差がある。複数の取引所に口座を開設し、相場の安い取引所でビットコインを購入して、高い取引所の口座に送金。日本円に戻せば価格差分の利益が出る。この裁定取引で稼ごうという腹だ。

 理屈の上では着実に利益が出るといっても、実際には作業をしている間にビットコイン自体の相場が動いて狙い通りになるとは限らない。他の口座に送金している数分間に価格が急落していることも珍しくない。また、取引所による価格差もあまり大きくないので、より多くの利益を出すには大きな元手が必要だった。少しでも元手を増やそうと荒川さん夫婦が相談した結果、入っていた生命保険を解約。戻ってきた20万円ほどをビットコイン投資に振り向けた。

 ビットコインの動向は夫婦の生活に直結するようになった。実は結婚してわずか一週間後に、地方への異動を打診されたことをきっかけに大手メーカーに勤めていた夫が退職。強気のビットコイン相場を目の当たりにして見て、「ビットコインで生きていこうかな」と言い出した。

親には言っていない

 「ちょっと将来が不安になってきた。結婚を許してくれた親にビットコインで生活しようとしていることは言っていない、というより言えない」と荒川さん。それでも夫に「(ビットコイン投資を)やっぱりやめなよ」と言えないのは、自分自身も仮想通貨の値上がりに期待しているからだ。

 かつて資産の運用対象として名前が挙がったのは、不動産や株式、債券、金といったものが中心だった。そこに加わったのが、急ピッチの相場上昇が話題になる、ビットコインを筆頭とする仮想通貨だ。

 今年に入って仮想通貨に投資し始めた斉藤一樹さん(36)もその1人だ。

 15年間ドラッグストア業界でサラリーマン生活を送ってきた。もともと節約志向が強く、1500万円以上の貯金があった。だが、ある時、飲み会代などがかさんでわずか2カ月間で60万円ほど使ってしまった。思わぬ浪費を反省すると同時に、老後に備えて資産運用を考えるようになった。

 貯金を元手に人生初の投資を始めることにした。目を付けたのは、SNSを通じてつながった知人から教わったビットコインだ。わずかの手数料で海外に送金できるといった技術に魅せられ、未来のお金になると確信したという。

 今年1月にビットコインを100万円分購入。その他、「イーサ」や「イーサクラシック」「リップル」といった別の仮想通貨も立て続けに購入。その後の売買は1度しかしていない。資産規模は明かさないが原資の10倍ほどに膨れあがった。

 「今年は仮想通貨元年。来年以降も市場規模が大きくなることは見えていますから」。斉藤さんは長期的な相場上昇に自信を見せる。少なくとも東京オリンピック・パラリンピックのある20年までは普及拡大が続くと見ており、長期保有する構えだ。

マウントゴックス事件で100万円失う

 最近の「バブル」に冷ややかな眼差しを向けつつ仮想通貨に資産を振り向ける投資家もいる。

 立野新治さん(34)がビットコインへの投資を始めたのは2014年の2月。値上がりを期待して100万円分を購入した。このタイミングが悪かった。翌月には当時世界最大級の取引所であった「マウントゴックス」でビットコインの消失事件が起こったからだ。

全資産の5割が仮想通貨となった立野さん
全資産の5割が仮想通貨となった立野さん

 SNSに流れていた情報を見てすぐに取引所でビットコインを円に替えるところまではできた。しかしそこから出金処理が進まない。結局、投資した100万円を失うことになった。

 多くのメディアで報道されたこの事件、問題はビットコイン自体にあったのではなく、取引所の問題だったとされる。それでも当時はリスクの高さを痛感し、2年ほど仮想通貨から離れた。

 離れていた間の値上がりを見て、チャンスを逃したと反省。昨年の夏ごろに再投資した。ビットコイン関連の仕事に携わる友人に勧められ、ビットコインの先物取引にお金を投じたところ、取引画面の使い方がよくわからないうちに相場が想定と逆に動き、わずか10分で収支がマイナスになってしまった。

期待はしていないが無視もできない

 次に投資した仮想通貨は知り合いの紹介で知った「リップル」。とにかく待てど暮らせど相場は1円未満で鳴かず飛ばず。「また詐欺にあった」と思っていた。そんななか今年の4月、価格が6円ほどまで上昇したところで売却。うまく売り抜けたとほくそ笑んでいたが、その後も相場は上がり続け、翌月には40円を超えた。「仮想通貨のポテンシャルを全く見抜けていなかった」と悔やんだ。

 かつてビットコインで痛い目に遭いながらも立野さんが仮想通貨に資産を振り向けるのは、こうした可能性があるからだ。バブルだとの指摘がありながらも相場が上昇し続ける仮想通貨。過度な期待はできないが、かといって機会損失も避けたい。無視はできない存在になっている。

 仮想通貨に詳しい知人の相場見通しなどを参考に売買を重ね、資産の5割近くを占めるまでになったという立野さん。ただ今後については決して楽観的ではない。「仮想通貨自体が社会に取り入れられるか否かが、検証されている段階だろう」と冷静にとらえている。

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