ICO沸騰、期待と危うさ 制度整わぬまま4000億円
仮想通貨技術を使った資金調達(ICO=イニシャル・コイン・オファリング)が日本のスタートアップ企業に広がっている。新規株式公開(IPO)や銀行融資と違い、実績がなくても短期間に資金を得られる。一方、2017年に入って急拡大した資金調達手法だけに、法制度の整備が追いついておらず、投資家にとってリスクは高い。現状と課題を追った。
「IPOよりも圧倒的に早く資金を調達できる」。システム開発などのaedi works.(エディワークス、東京・中央)の竹中星矢社長はICOのメリットをこう強調する。竹中氏は18年1月にも新会社を設立し、春をメドにICOを実施する。
新会社の最高経営責任者(CEO)には、人工知能(AI)に詳しい東京大学の大沢昇平特任助教が就く。数十億円の調達を計画する。調達した資金をもとにAI開発プロジェクトを進める。
ICOは「トークン」と呼ばれるデジタル権利書を発行し、買い手を募る資金調達手法。仕組みは株式と似ており、発行企業はトークンを仮想通貨取引所に「上場」することを目指す。投資家はビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨で購入する。
IPOは事前準備から証券取引所の審査・承認までに、1年以上かかるケースが多い。ICOに複雑な手順はなく、インターネットで簡単に投資を呼びかけられるため、早ければ数カ月で資金を調達できる。トークンの価格は企業の将来性などによって変動し、換金することもできる。
竹中氏の新会社はAIの動作を「情報取得」「演算」といった段階に分け、世界中の技術者が分散型台帳技術「ブロックチェーン」にプログラムを書き込めるようにする。技術者は得意分野を選んで参加できるため、高性能のAIの開発につながると期待される。
トークン発行企業は通常、購入を促すために新商品・サービスを提供するなどのインセンティブを用意する。株式でいう「株主優待」のようなものだ。竹中氏もトークン保有者がAI開発に参加しやすくなる特典をつけるという。
ICOの特徴はスピードだけではない。銀行から融資、ベンチャーキャピタル(VC)から出資を受けるには、一定の資産や販売実績などが必要になることが多い。ICOは「サービスを開発している段階でも実施できる」(竹中氏)。
プロジェクトが成功しそうだと考える投資家が増えるとトークンの価格は上がり、投資家は売却による利益を得られる。プロジェクトやインセンティブの内容を記載した「ホワイトペーパー(事業計画書)」を公開し、商品・サービスが売れるという期待を投資家に持ってもらえれば、構想・試作段階でも資金調達が可能という。
利点の多い資金調達手法として起業家の関心は高いことから、「ICOのコツ」を伝授するサービスまで登場している。割り勘アプリ「ペイモ」を提供しているエニーペイ(東京・港)は9月、ICOのコンサルティング事業を始めた。
同社は金融とIT(情報技術)を融合したフィンテックのサービスを提供しており、仮想通貨取引所や専門弁護士とのネットワークを持つ。トークンの設計やホワイトペーパーの作成方法などを助言する。
米仮想通貨情報サイト運営のコインデスクによると、ICOを利用した資金調達は17年4月以降に急増した。1月は232万ドル(約2億6000万円)だったが、11月は7億4000万ドルに達した。累計では4000億円を超えた。欧米で先行して広がり、「日本でもICOを検討している企業は多い」(エニーペイICO事業推進部の山田悠太郎氏)。
すでにICOで100億円以上を調達した企業も出てきた。仮想通貨取引所「Zaif」を運営するテックビューロ(大阪市)は約109億円を集めた。調達した資金はICO支援サービス「COMSA」のシステム拡充などに利用する。朝山貴生社長は「日本がICO先進国になる可能性もある」と話す。
投資家もICOに注目している。VCのBダッシュベンチャーズ(東京・港)は18年初にも、ICO専門ファンドを設立する。日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(東京・世田谷)の村口和孝氏は「制度を確立するにはICOへ投資し、実績を積みあげる必要がある」と指摘する。
ただ、ICOは新しい資金調達手法だけに法制度が整っていないほか、リスクの高い投資であることに注意しなければならない。まず、プロジェクトが失敗すれば、株式と同じようにトークンの価格は下がり、投資家は損失を被る。
さらにトークン発行企業が破綻しても、投資家は株式と違って議決権を持っておらず、残余財産を受けとれない。海外では約束した商品・サービスを提供せず、資金をだましとる事件などが起きている。米証券取引委員会(SEC)は不動産やダイヤモンドを扱う企業などのICOを詐欺として告発している。
発行企業にもリスクはある。仮想通貨は匿名性が高いため、ICOを通じて国際的なマネーロンダリング(資金洗浄)に使われる可能性もある。各国のICOに対する評価は割れており、中国や韓国は全面禁止すると発表。一方、スイスは規制を緩め、ICOを容認している。
日本では4月、改正資金決済法が施行された。仮想通貨取引所に登録制を導入し、仮想通貨を安全に取引できる環境を整えた。ただ、改正法にはICOの詳細を規定する条文は盛りこまれていない。金融庁は10月、利用者や事業者に注意喚起を促す文書を公表したが、急拡大するICOに法制度が追いついていない。
ICOに詳しい森・浜田松本法律事務所の増島雅和弁護士は「ICOは情報開示のルールが存在しない。法令上、提供される情報の量と正確性が担保されていない」と指摘する。一方、金融機関などの企業はICO普及を見据えて動きだしている。三菱UFJフィナンシャル・グループを含む20の企業・団体は11月、ICOをビジネスにどう生かせるかを検討し、制度面の課題などを調べる研究会を立ちあげた。
ビットコインは8日、初めて1万7000ドルを突破した。年初の1000ドル程度から約17倍も上昇した。スタートアップ企業にとってICOは手軽に資金を調達できる手段のうえ、値上がりの続く仮想通貨を得られるチャンスと映っているのかもしれない。
ICOによる資金調達が増えれば、起業や事業活動が活発になる可能性もある。ただ、投資家が発行企業の情報をより多く入手して投資判断できる環境を整えなければ、日本のICO市場の持続的な成長は実現しない。
(企業報道部 毛芝雄己、吉田楓)
[日経産業新聞12月15日付]
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