2018.03.05

国税は、実はこうして「仮想通貨長者」を監視している

逃げられると思ったら大間違いだった

2017年分の確定申告期限が3月15日に迫っている。今年の注目はなんといっても、仮想通貨だ。思えば元旦早々、「ビットコイン長者、国税がリストアップ着手 税逃れ対策」というニュースが流れ、正月気分が吹き飛んだ「億り人」もいるかもしれない。元国税局査察官で国税局査察部24時の著者・上田二郎氏が、この報道を流させた国税の狙いや具体的な調査手法を、仮想通貨の確定申告を怠るリスクと合わせて、こっそり明かしてくれた。

国税組織の自己矛盾

口が堅いことで有名な国税当局が、仮想通貨長者に「警戒音」を発している。

私の知る限り、国税当局が確定申告前にこれほど強いシグナルを発した記憶はない。

しかも、最大の効果を狙ってか、2017年分の利益が確定した元旦に、このように報じさせたのだ。

「ビットコイン」など仮想通貨の急激な値上がりを受け、国税当局は多額の売却益を得た投資家らの調査を始めた。数千万~数億円の利益を得た投資家らをリストアップ。2018年の確定申告に向け、取引記録や資産状況をデータベースにまとめ、税逃れを防ぐ考えだ。(2018年1月1日付朝日新聞記事)

そこで本稿では、なぜこのような記事がこのタイミングで出たのかを探っていくことにしよう――。

そもそも、国税当局は、脱税を調べる調査機関である。

がゆえに、その内部には強制調査権限を持つマルサ(査察部)を筆頭に、税務調査をするための複数の部隊が存在する。調査部門の成績は、どれだけ追徴税額を集めてきたことでしか評価できないため、一般企業の営業と同様に、棒グラフで管理されている。

つまり、先のような「強い警戒音」を発して脱税者が減れば、一本釣りを狙う調査部門は成績を上げる機会を失うことになる。

すでにターゲットを絞り込み、今年の確定申告を待って調査しようと狙っていた調査官も数多くいると思われ、狙っていたビットコイン長者が正しい申告をしてしまえば、それまでの苦労が水の泡になる。

これは国税組織の自己矛盾の一つと言える。正しい申告を呼び掛ける部署と正しくない者を追う部署では、「警戒音」に対する評価がまったく違ってくる。そのため、実際、調査部門の中にはこのたびの報道を苦々しく思っている調査官も少なからずいる。

ところが、確定申告の「最前線」で働く調査官に探りを入れると、こんな悲鳴が返ってきた。

「トップ(佐川宣寿国税庁長官)の森友問題に対する納税者の不信感が強く、現場に苦情が殺到してビットコインどころではないんです。『お前のところのトップは書類を破棄したで済んだ。領収書はないけどいいんだろ』といったような理不尽な苦情に、心が折れそうになりますよ」(調査官)

「億り人」による煽り

この時期、国税がまずやるべきことは、限られた調査日数を、より悪質な脱税者に投入することに他ならない。

つまり、申告納税制度の担保である調査を、仮想通貨長者だけに投入することはできないのだ。善良な納税者に正しい申告を促し、悪質な脱税者の調査日数を確保することこそが、最優先となる。

かつて、パソコン一つあれば自宅にいながら取引できるFXでは、儲けた者たちが大騒ぎをすることなくひっそりと隠れていたため、ターゲットを見つけ出せずに対応が遅れた時期があった。

このFXに切り込んだのはマルサだ。

相続財産を、タックス・ヘイブン(租税回避地)に設立した慈善団体に寄付したと見せかけて相続税を逃れ、さらに、その資金で海外のFX事業者を使って多額の運用益を得ている者がいた。それを、相続税の調査過程にあった資料調査課(国税局の調査部門の一つ。任意調査で大口の脱税者を狙う部署)が探り当てて、マルサに通報したのである。

マルサがFX事業者に調査に入り、そこに新たな脱税者がいれば、決して見逃すことはない。このようにして次々に脱税者を一本釣りしていった結果、2009年に法定調書(適正な課税を確保するために税務署へ提出を義務付けている資料)提出の法改正に漕ぎつけたのだが、初物のFXに着手してから、実に3年の月日を要した(「初物のFX」の内偵調査は、拙著『国税局査察部24時』で詳述している)。

FXで儲けた人がひっそりと隠れていたに対して、仮想通貨の場合は、「億り人」なる人々が次々に登場して相場を煽った(そのため、国税は早い段階から対応することができた)。

普通、大儲けした者はその事実を黙っているものだが、なぜ表に出てきたのだろう?

仮想通貨の匿名性を過信したのか、それとも相場を操縦する目的で「億り人」を演出したのか――本当のところは誰にも分からない。