仮想通貨取引「第2幕」へ コインチェック事件乗り越え
価格高騰で個人投資家を熱狂の渦に巻き込んだ仮想通貨。その後に起きたコインチェック事件は仮想通貨の売買を担う交換業者のずさんな管理体制を浮き彫りにした。投資家保護が求められるなか、インターネット証券やIT(情報技術)大手が新たな担い手になろうとしている。仮想通貨市場はさらに多くの利用者を獲得できるのか、正念場を迎えている。
転換期に差し掛かっているのは、仮想通貨の交換業者だ。ネット証券大手のマネックスグループはコインチェック(東京・渋谷)を買収した。4月に会見したマネックスGの松本大社長は「仮想通貨の価値は今後も伸びる。セキュリティー面などで支援し、さらに大きな市場にしたい」と語った。本業のネット証券はライバルに差を付けられており、仮想通貨の参入で巻き返しを図る。
2017年4月に仮想通貨交換業の登録制が導入されたが、管理体制がずさんだったコインチェックは「みなし業者」にとどまる。マネックス傘下となり、今後2カ月内の正式な登録を目指す。
仮想通貨交換業は新興ベンチャーが手がけるケースが大半だった。だがここにきて大手のIT企業やネット証券の参入が相次いでいる。ヤフーは子会社のZコーポレーション(東京・千代田)を通じ、交換業者のビットアルゴ取引所東京への出資を決めた。18年秋にも仮想通貨の取引サービスを始める。SBIも傘下の仮想通貨会社が取り扱いを目指している。
呼び水になっているのは利益率の高さだ。仮想通貨の大手交換会社は「取引所」と「販売所」の2種類を運営するケースが多い。交換業者が自ら仮想通貨をいったん保有した上で売りさばく「販売所」の場合は、利ざやが最大10%にも達するとされる。
コインチェックの18年3月期業績(概算値)は営業利益が前の期比約75倍の537億円に拡大。営業利益率は空前の86%に達し、仮想通貨ブームがいかに絶大な利益をもたらしたかを浮き彫りにした。この高収益に着目して、登録を目指す企業数は100社超にも上る。仮想通貨を巡る狂騒曲はまだ終わりそうにない。
これまでの熱狂ぶりは数字にも表れている。仮想通貨の値上がり益を狙い、日本では2018年3月時点で少なくとも延べ350万人が仮想通貨取引に参加した。ビットコインなど主要な5つの仮想通貨の取引額は17年度が合計で69兆円と、16年度比で約20倍に拡大した。
「通貨としての利用が前提になっておらず、単に価格が上がるから買うという過剰投機が起きていた」――。日本仮想通貨交換業協会の会長に就任したマネーパートナーズの奥山泰全社長はこれまでの仮想通貨市場をこう表現する。
ところが1月にコインチェックから「NEM(ネム)」が不正流出し、仮想通貨取引への懸念が広がった。世界的な規制強化の動きも重なり、仮想通貨の価格は急落した。情報会社コインマーケットキャップによると、世界の仮想通貨全体の時価総額は直近で約4000億ドル(44兆円)と年初のピークから半減した。
「値動きが激しすぎて今はビットコインで物を買う気になれない」と都内の飲食店に勤める50歳代の男性は話す。ビットコインでの支払いが可能な店舗はビックカメラやIDOMの高級中古車販売店など国内で5万店舗を超えるが、「通貨」としての利用はごく一部にとどまる。
だが、大和総研の矢作大祐研究員は「今後は通貨としての機能を取り戻す」と指摘する。矢作氏が注目するのは、仮想通貨に参入を表明するインターネット企業が相次いでいることだ。仮想通貨交換業者への出資を通じて参入するヤフーのほか、LINEやメルカリ(東京・港)も交換業者の登録準備を進めている。
こうしたネット企業は顧客にビットコインなど仮想通貨の売買の場を提供して手数料を得るだけでなく、「独自の仮想通貨を発行するなどし、自社サービス内での決済への利用を視野に入れているとみられる」(大和総研の矢作氏)。発行する仮想通貨を円に対して緩やかに変動する仕組みにするなど工夫は必要だが、既存サービスの利用者が多いだけに、仮想通貨が決済手段として一気に広がる可能性がある。
価格の急騰と急落を経て、仮想通貨の過剰投機の局面は終わりを迎えつつある。今後はいかにして、決済などに利用できる「実体あるもの」にしていくかが普及のカギになりそうだ。
もう一つ、仮想通貨の普及に欠かせない要素がある。投資家や利用者が安心して仮想通貨を使えるようにする仕組みづくりだ。
そのカギを握る金融庁は仮想通貨市場の育成方針をいったん取り下げ、利用者保護にかじを切る。コインチェックで起きた巨額流出事件をきっかけに、国内の仮想通貨交換業者全32社の内部管理体制を厳しく検査している。健全な取引環境を整えようと、法改正も視野に制度見直しに着手した。世界も規制強化へ動き出し、監視の包囲網を張る。
金融庁は2017年4月に改正資金決済法を施行し、世界に先駆けて交換業者に登録制を導入した。資産の分別管理や外部監査の受け入れ、資金洗浄(マネーロンダリング)対策などを義務付けた。改正法施行前から営業し、登録申請中であれば「みなし業者」として認める経過措置もとった。
コインチェックの事件が起きるまで「交換業者の実態把握はほぼ野放しだった」(財務省OB)。金融庁は事件以降、みなし業者全16社への立ち入り検査に着手。ずさんな経営が次々と明らかになり、4月下旬までに10社に行政処分を出した。7社は自主的に交換業からの撤退を決めた。4月以降は登録業者にも順次、立ち入り検査を進める。「徹底してウミを出し切る」。金融庁幹部はこう強調する。
各国も規制を強めようと模索する。中国は仮想通貨交換業の店舗閉鎖に踏み切った。韓国は仮想通貨技術を使った資金調達(ICO=イニシャル・コイン・オファリング)を禁じた。インドは仮想通貨の取引を禁止する方針を表明。欧州連合は利用者保護を優先する法規制を検討し、米国も規制の枠組みを考える。
国境を瞬時にまたぐ仮想通貨の規制には国際協調が欠かせない。日本は各国と情報交換を密にして、サイバー犯罪への対策を主導する考えだ。ただ、過度な規制はビジネスの機会を潰しかねない。仮想通貨とどう対峙するか、難しいかじ取りを迫られている。